再開
「今回は私の頼みを聞き入れてくれたこと感謝する。我が国が誇る戦士、ミーシアと互角に戦えたそなたならさらわれた我が国やクノンの民を助け出すことも可能だろう。これはそれに役立ててくれ」
ザウゼンがそう言った直後、ザウゼンの横に控えていた男がオルゴール程の大きさの箱を手にして恭也に近づいてきた。
それを受け取った恭也は中に入っていた指輪を左手の人差し指にはめると、ザウゼンの許可を取りその場で悪魔を召還した。
地面に魔法陣が描かれ、そこからミーシアが召還したのと全く同じ見た目の中級悪魔が召還された。
中級悪魔が召還されると同時に自分の中に悪魔との見えないつながりが生まれたことを恭也は感じた。
しかし恭也の興味は召還された中級悪魔よりも中級悪魔が出てきた魔法陣に向いていた。
召還した中級悪魔に消えるように命じると、恭也は再び中級悪魔を召還した。
先程と同じように召還が行われ、魔法陣はすぐに消えた。
「あれ?思ったより消えるの早いな」
悪魔召還時の魔法陣がすぐに消えたことをぼやきつつ、恭也は手元に近くに落ちていた剣を転移させた。
その後再び悪魔を召還した恭也は今度は魔法陣が消える前に魔法陣に武器をぶつけることに成功した。
「ん、消えない。まあ、そう簡単にはいかないか」
「何がしたいんですか?」
指輪をはめたと思ったら悪魔の召還と送還を繰り返し、あげくは魔法陣に武器を投げつける。
恭也の近くにいたミーシアには恭也のしたいことがさっぱり理解できなかった。
「魔法陣が出ている間に物を放り込んだら消えるかどうかが知りたかったんです。魔界とかにつながってるのかなと思って」
「魔界というのはよく分かりませんが、その魔法陣についての研究自体はすでに行われています。魔法の開発は専門ではありませんが、その魔法陣自体を何かに転用するのは難しいというのが今の通説だと聞いています」
「…そうですか」
「魔界とかいう場所に行きたいのですか?」
ミーシアの説明を聞き残念そうにする恭也にミーシアはその意図を尋ねた。
「別に魔界に行きたいわけじゃなくて、別の世界に行くことができるなら僕の元いた世界にも戻れるかもと思ったんです」
「なるほど。先程の説明で神の使いと名乗る存在にこの世界に送り込まれたと言っていましたね。違う世界への移動は人の手には余るのではないですか?」
ミーシアとしては異世界人がこの世界からいなくなるというなら反対する理由は無かったが、各国の研究者が長年研究してまともな結果が出せていないのだ。
規格外の能力を持っているとはいえ、ただの少年がそう簡単に彼らの努力の上をいけるはずがないとミーシアは考えた。
「そうですね。でも僕の能力ならその内都合のいい能力がゲットできるかも知れませんし、気長にやっていきます。後魔法のことでいくつか聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「私に答えられることでしたら」
「それに関しては専門家を用意させよう。ミーシアもそなたの質問全てには答えられないだろうからな」
恭也とミーシアの横からザウゼンが話しかけてきた。
「ありがとうございます」
「その代わりそなたもそなたの世界について教えて欲しい。異世界人と話せる機会などそうあるものではない。学者たちも喜ぶだろう」
「分かりました」
特に反対しなくてはいけない提案でもなかったため、恭也はザウゼンの提案を受けた。
そのまま話は進み、恭也はオキウスでの滞在を三日延長することにした。
本当は一日で手早くすませてネース王国に向かいたかったのだが、さすがに恭也のためにそう何度も時間と人手を割くことはできないと言われれば恭也も数日まとめて彼らとの対談を行うことに納得するしかなかった。
とりあえず宿で待っているように言われ、恭也は手配された宿へと戻った。
恭也の姿が見えなくなってから、ザウゼンとミーシアは今回の模擬戦の内容について意見交換を行った。
「実際戦って見てどうだった?」
「あそこまでの耐久力とは思いませんでした。あれだけの耐久力を持っていて、その上殺しても蘇るとなると、前回の異世界人の様に不意を突いて殺すのは難しいかもしれませんね」
「そうか。まあ私としては事を荒立てるつもりは無い。能力の内容のせいか生来の性格なのかは分からないが、それ程危険な人物にも見えなかったしな」
異世界人は確かに脅威だが、その分協力関係を結べれば心強い。
ザウゼンは恭也と話し、手応えを感じていた。
「しかし彼の言っていたことが本当なら彼は無限に強くなれます。その結果性格が変わる危険性はあるかと」
「それは私も考えたが、自殺では駄目というのが本当ならあれ以上強くはなれまい。『サイアード』を数発食らって平気な顔をしていたのだぞ。あれを殺せる者など同じ異世界人か精々魔神ぐらいのものだろう」
現在この大陸で生存が確認されている異世界人はティノリス皇国を数年に渡り支配している一人だけだ。
魔神については魔神がそれぞれ一体ずつティノリス皇国とネース王国に封印されている。
魔神は倒した相手に従う存在と言い伝えられており、過去にはそれぞれの国が軍をあげて討伐を試みたらしい。
しかしいずれも失敗に終わり、ここ二百年程は封印のある場所はそれぞれの国の管理下で立ち入り禁止となっていた。
他の大陸の情報はほとんど入ってこないが、南にある大陸に封印されていた魔神は、直近の全てを消滅させる異世界人を殺したとザウゼンは聞いていた。
この情報はあの少年にも伝えさせるつもりなので、魔神にはあの少年も近づかないだろう。
警戒していた異世界人が想像より話のできる相手だったこともあり、ザウゼンの意識はネース王国の人さらいに協力していた者たちへの対応へと向けられた。
ミーシアとの模擬戦の四日後、恭也は予定通りオキウスを発ちネース王国へと向かった。
中級悪魔を召還できるようになったため、奴隷救出の際の戦闘はかなり楽になるはずだ。
国境の近くの街から順に手当たり次第に奴隷たちを解放していく予定で、足取りも軽く恭也は、ネース王国のカイナを抜けてアズーバを目指した。
恭也がカイナを出発した数時間後、アズーバをサキナトから任されている幹部トラルクはカイナに潜ませていた部下からの知らせで恭也がネース王国に戻ってきたことを知った。
馬をとばしての連絡なので徒歩で移動している恭也よりはるかに早くアズーバに届いたこの知らせを受け、トラルクはすぐに部下を呼び、対恭也用の作戦の進捗状況を確認した。
「トラルク様の指示通り例の魔導具を各地から集めて、ここを含むカイナから近い街の奴隷たちに配っています。奴隷を買った方々にも協力を頼み、当初の予定通りの数をすでに配布ずみです」
「そうか、これであの異世界人がどんな能力を持っていようが奴隷共を皆殺しにできるな。その時の異世界人の顔を見れないのが残念だ」
嗜虐的な笑みを浮かべるトラルクに部下は説明を続ける。
「しかし闇属性の指輪の方は開発されたばかりのものですので、他の魔導具も合わせると用意に金貨二十枚以上かかりました」
「分かっている。だがあの異世界人を殺せない以上、必要経費と割り切るしかないだろう。セザキアの連中が殺してくれれば助かったんだがな」
異世界人とセザキア王国との衝突に関しては、トラルクはかなり期待していた。
しかし実際は異世界人はセザキア王国と対立するどころか王に謁見した上に、数日に渡り首都オキウスに滞在したらしい。
この間の恭也の行動が全くつかめていないことから、サキナトの幹部のトラルクたちの不安は増していた。
助け出された奴隷たちからの情報で、セザキア王国内のサキナトへの協力者が一割程捕まった。
特にサキナトに協力していた貴族二人が地位剥奪の上処刑されたのが痛かった。
これによりセザキア王国上層部の情報が手に入れにくくなったのだ。
今はセザキア王国側の警戒も強くなっているため、失った協力者の後釜探しは当面しないことになった。
金銭面だけでなく奴隷や情報の調達すらあの異世界人のせいで滞るようになっており、トラルクだけでなくサキナトの幹部全員が異世界人には迷惑していた。
「しかし大丈夫なのでしょうか?」
「ん?何がだ?」
「あの異世界人の目的が奴隷解放でなく我々への報復に変わった場合、我々の戦力では対抗できないのでは…」
これに関してはトラルクも一度考えたことなので、トラルクは怒るでも笑い飛ばすでもなく部下の考えを否定した。
「確かに今回の異世界人は厄介だ。殺しても蘇る上にその度に新しい能力を増やしていくんだからな。だが考えてもみろ。今まで報告にあった能力の中に攻撃向けの能力は無い。第一今まで俺たちと戦って誰一人殺していない甘ちゃんだぞ。国全土は無理でも俺たちがいる支部ぐらいは余裕で守れる」
異世界人が馬車を襲ったサキナトのメンバーの魔導具を能力で奪わなかったことから、サキナト側は恭也の『物質転移』の弱点に気がついていた。
そのため他の魔導具並の術式を彫った対恭也用の首輪を作り、各支部に二十個ずつ配備していた。
いくら異世界人が強くても所詮は一人だ。能力を把握した上で組織的に対応すればどうとでもなる。
トラルクを含むサキナトの幹部たちはそう考えていた。