戦闘準備
ランと話していたためしばらく無言になっていた恭也にアロジュートは怒るでもなく質問してきた。
「はい。あなたの力を借りられるっていうなら心強いです。よろしくお願いしますって言いたいところですけど、多分僕のこと試すっていうのは話して終わりじゃないですよね?」
「ええ、そうよ。一つ確認なんだけど、さっきの口振りだとあんたも奴隷さらってた連中と会ったことあるのよね?あんたはそいつらどうしたの?」
「その組織なら後ろにいた国ごと潰して、魔導具とかお金とかせしめて助け出した奴隷の人たちを国に送り返す時渡しました。ついでに言っとくと他の国でも戦争を止めたり僕たち以外の異世界人が送り込んだ上級悪魔を倒したりと色々人助けをしてきました」
その後恭也はアロジュートにディアンについて口頭で説明し、恭也の説明をアロジュートは興味深そうに聞いていた。
「なるほど。そんな異世界人が動き出してるとなるといい時期にあんたに会えたわね。この辺りの国でやってた様なこと他の大陸でもやってたって言うなら、性格は合格よ。でもどんなに立派な事言っても力が無かったらそれまでよね?」
やっぱりそうきたかと思いながら恭也は口を開いた。
「戦ってあなたに勝てってことですか?」
「ええ、魔神を二体従えてるみたいだし実力は十分だと思うけど、でも実際にこの目で確かめたいし」
この世界に来てからほとんどの問題を力押しで解決してきたため、恭也はアロジュートの発言内容を否定できなかった。
そのため恭也としては異世界人の協力を取り付けるためなら戦うの自体は構わなかったが、それでも勝率を上げるための交渉はしておきたかった。
「実は今日これから怪我をした人たちを治しに北の大陸に行く予定になってたんです。あなたと戦うのは構いませんけど、あなたと戦ったら魔力かなり減ってしまうと思うんです。だから戦うのはそれが終わってからにしてもらえませんか?」
「ええ、別にそれぐらいなら構わないわよ」
「でもそうなると僕の転移一日一回しか使えないので、今日中に戦うのは無理なんですよね」
「ああ、なるほど」
恭也が後出しで情報を出したことに嫌な顔一つせず、アロジュートはしばらく考え込んでから口を開いた。
「いきなり来たあたしも悪かったし、別にそんなに急がなくていいわ。戦うのは五日後にしましょう」
「そんなに待ってもらえるとは思いませんでした。ありがとうございます」
「いいわよ。あたしも別にあんたの人助け邪魔したいわけじゃないし」
恭也はアロジュートと交渉して戦いを三日後にしようと思っていたので、アロジュートの方から戦いを五日後にしようと提案してきたことに内心喜んでいた。
「じゃあ、戦うのは僕がオルフートやトーカの軍と戦った辺りにしませんか?街の近くで僕たちが戦うと街の人たちに迷惑でしょうし」
あの辺りなら仮に恭也とアロジュートが地形が変わるような戦いをしてもオルフートやトーカ王国への被害は最小限に留められる。
そう考えて恭也はアロジュートに戦いの場を街から離すことを提案した。
「僕のこと見張ってたなら場所は分かりますよね?」
「ええ、気兼ね無く戦えるように近くの街にはあたしの天使を使って当日そこには近づかないように知らせとくわ。だから心配しないで怪我人の治療に専念しなさい」
「分かりました。じゃあ、五日後に」
そう言うと恭也はホムラのもとに転移した。
(…ごしゅじんさま、怪我人治しに行く予定なんてあった?私何も聞いてない)
アロジュートと別れてイーサンに着くなり、ランが恭也に質問をしてきた。
それに対する恭也の答えは簡潔だった。
(そんな予定無いよ。だってあれ嘘だもん)
(……どういうこと?)
恭也の意図が理解できずに戸惑っているランに説明をしたいところだったが、別れたその日の内に恭也が自分のもとに戻って来たことに驚いているホムラを放置するわけにもいかなかった。
そのため恭也はランとの融合を解き、その後ホムラに現状を説明した。
「なるほど、あっちから接触してくるとは思いませんでしたわね」
「うん。これは僕がうかつだった。目の能力過信してたよ」
「私が言うのも何ですけれど、透明になれる眷属に尾行されたらどうしようもありませんわ。それよりアロジュートとかいう異世界人に嘘をついた理由を聞かせて下さいまし」
異世界人との戦いに備えて自分を呼びに来たというわけでもなさそうな恭也を前にホムラもラン同様恭也の意図を理解できずにいた。
「今からラインド大陸に行って、魔神をどっちか一体仲間にしようと思う。さすがに仲間の魔神の数が同じだと主人の差で僕が負けちゃうと思うし」
「そんなことをおっしゃらないで下さいまし。マスターの能力の多様さは他の異世界人などとは比較になりませんわ」
自分を卑下する恭也の発言に反論したホムラの意見には恭也も反論する気は無かったが、これは単純に向き不向きの問題だった。
「ホムラがそう言ってくれるのはうれしいし、実際僕もガーニスさんやアロジュートさんの能力じゃ今みたいな人助けはできなかったと思うから、僕の能力がだめって言う気は無いよ?でも小細工無しの真っ向勝負だとどうしてもね」
恭也のこの意見にはホムラも反論できず、魔神を新たに部下にするという恭也の考えを止める理由も無かったのでホムラは話を進めることにした。
「マスターが新しい魔神を部下にする時間を稼ぐために嘘をついたというのは分かりましたけれど、五日で見つかるかは分かりませんわよ?」
「ラインド大陸って全然人いないの?」
ディアンがその気になれば大陸中の街や国を滅ぼすだけなら時間をかければ可能だろう。
しかし文字通り人間を一人残らず殺すとなると人を殺すのが楽しい(この時点で恭也には理解不能だが)ディアンでも面倒なのではないだろうか。
そう考えた恭也にホムラは眷属からの情報を伝えた。
「街はともかく村程度の集落ならいくつか見つけましたわ。遠くから見た限りでは監視も暴力も受けている様子は無かったですわ。もちろんアロジュートとかいう異世界人の様に何らかの能力で監視している可能性はありますけれど」
予想していた事とはいえ、ラインド大陸に生存者がいると聞き恭也は安堵した。
「人がいるならその人たちに聞けば分かるでしょ。魔神は好きにしていいってディアンさんから許可もらってるから僕がラインド大陸に行ってもあっちも怒らないだろうし」
「そううまくいくかは分かりませんけれど、マスターが新しく魔神を配下に加えること自体は歓迎ですわ。仮に五日以内に魔神を仲間にできなくても私かウルさんが戦えば済む話ですもの」
「まあ、それは本当に最悪の場合だけどね」
時間との勝負の死体の捜索を行っているウルはもちろん、まだ本格的な作業を始めてもいないホムラの時間を奪うことは恭也としては避けたかった。
「とりあえず融合して眷属の見てる光景見せてよ」
そう言うと恭也はホムラとランと融合し、眷属越しにラインド大陸の光景を目にした。
大量の悪魔が行き交うということもなく、遠目にすら街の存在を確認できないということと人通りが無いということ以外は他の大陸と大差無さそうだ。
これならラインド大陸に行ってすぐに問題に巻き込まれることも無いだろう。
そう判断した恭也は自分とランに二十万の魔力が残る形でホムラと分離した。
「じゃあ、ラインド大陸行って来るね。ついでに眷属置いてきたいから二体もらえる?」
「かしこまりましたわ」
恭也の指示に従いホムラが召還した眷属を恭也は格納庫にしまった。
「多分大丈夫だとは思うけど、もし魔神どっちも仲間にできなかった時はホムラの力借りるつもりだからその時はよろしくね」
「はい。お任せ下さいまし」
「ま、吉報を待っててよ」
そう言うと恭也は先程ホムラの眷属越しに見た光景を頼りにラインド大陸に転移した。
無事ラインド大陸に着いた恭也は、先程ホムラと融合した際に得た情報を頼りに近くの集落へと向かった。
その道中ランが恭也に話しかけてきた。
(ごしゅじんさま、あの異世界人に会ってすぐにこの大陸に来ようと思ってあんな嘘ついたの?)
(いや、すぐってわけじゃないよ。アロジュートさんがどういう性格かも分からなかったし。でも話してて割といい人っぽかったからこれならいけるかもと思って嘘ついてみた)
(……ごしゅじんさま、頭いい)
(相手の善意に付け込んだだけだけどね)
純粋な称賛の気持ちをランから向けられ、恭也は軽い罪悪感に襲われながら謙遜の言葉を口にした。
実際今回恭也の思惑通りに事が運んだのはアロジュートが比較的話の通じる相手だったからだ。相手がディアンの様な性格だったらこうすんなりとはいかなかっただろう。
その場合恭也はウルとホムラを呼び出してあの場でアロジュートと決着をつけることになり、、そうなったら二人が担当している仕事に大きな支障が出ただろうからそうならずに本当に助かった。
恭也が移動を始めて二時間程経った頃、姿を消して飛行していた恭也の右手に村らしきものが見えてきた。
村から少し離れたところに降り立った恭也は、その後すぐに村に行き魔神の封印されている場所についての情報を集めた。
「すいません。ちょっといいですか?」
恭也としては今まで各地で行ってきた聞き込みと同じ感覚で目についた人物に話しかけたのだが、ディアンにより多くの街が滅ぼされたラインド大陸に住む者は外部の人間と交流する機会を持たない。
そのため明らかに村の者でない恭也に話しかけられ、恭也に話しかけられた村人は恭也に鋭い視線を向けてきた。
「どこから来たのか知らないが、この村によそ者住ませる余裕は無い。騒ぎになる前に逃げた方が身のためだぞ」
そう言って立ち去ろうとした村人を恭也は呼び止めた。
「ちょっと待って下さい!聞きたいことがあるんです!」
「何だ?」
面倒そうに振り向いた村人に恭也は魔神の封印されている場所を尋ねた。
「どうしてそんなことを聞く?あんた一体……」
恭也を警戒していることを隠そうともしない村人に対し、恭也は少し悩んだものの自分が異世界人であることを明かした。
これでまた逃げられたら面倒だなと恭也が思っていると村人は即座に恭也に向かって土下座してきた。
「申し訳ありません!あなた様の正体も知らずに無礼な口をきいてしまいました!どうか命だけはお助けを!」
村人の態度が豹変したことに驚いた恭也だったが、考えてみればこの村の住民はディアンに住んでいた街を滅ぼされた人々の可能性が高い。
仮にそうでなくてもディアンの所業は見聞きしているはずで、そうした経験を持つ村人からすれば突然目の前に異世界人を名乗る少年が現れたなど恐怖以外の何物でもないだろう。
村人が突然態度を変えた理由に思い至った恭也は、怯えた様子で顔を伏せる村人にできるだけ穏やかな声で話しかけた。
「そんなに怖がらないで下さい。質問にさえ答えてくれたらすぐにいなくなりますから」
「は、はい!分かりました!な、何なりと!」
顔こそ上げたものの今も土下座の姿勢のままの村人に恭也はとりあえず立ち上がるように言ったのだが、村人はとんでもないと恭也の指示に従わなかった。
このまま話してもお互い疲れるだけだと恭也は判断し、手短に話を終わらせることにした。
「魔神が封印されてる場所を教えて下さい。一ヶ所でいいです」
「魔神が封印されている場所ですか?それなら知っていますけど、前にディアン様が魔神を倒そうとして失敗していると聞いています。行っても無駄だと思いますが……」
「僕はすでに三体の魔神を仲間にしてるんで多分大丈夫だと思います。とりあえず場所だけ教えて下さい」
そう言って恭也がランを召還すると、見た目が幼いとはいえ明らかに人間ではない存在のランを見て男は再び頭を下げた。
「ここから三日程南に行った場所に魔神が封印されていると聞いています!どうか命だけはお助けを!」
「ああ、はい。大丈夫です。すぐ消えるんで」
本当はディアンについてや他に人の住んでいる場所は無いのかなど聞きたいことがたくさんあったが、ここまで下手に出る相手と話すと恭也としても精神的に疲れてしまう。
そのため恭也は『格納庫』から鉄板を取り出すと、それに乗り急いで南へと向かった。