観察者たち
恭也がアロジュートに初めて会ったちょうどその頃、恭也を異世界へと送り込んだ神の使いは仕事の手を休めて恭也の動向を観察していた。
恭也が送り込まれた世界にどれだけの影響を与えているか知りたいだけなら、青年が直接恭也を観察する必要は無かった。
殺した人間の数、与えられた能力の成長度合い、送り込まれた世界の住人からの認知度などあらかじめ決められた項目に従い、神の使いが各世界に送り込んだ者の世界の発展への貢献度は自動で数値化されるからだ。
しかし自分が送り込んだ者が期待していた以上に生き延びてがんばっていることに驚き、青年は直接恭也の動向を見ていた。
そんな青年に同僚二人が話しかけてきた。
見た目の年齢は青年と大差無い女と少年の内、女が青年に話しかけた。
「あんたが送り込んだ人間、うまくやってるみたいね」
「ええ、魔神も三体まで部下にして、その上他に送り込まれた者たちとの協力体制も取っている様です。ここまでは順調ですが、あなたたちが送り込んだ彼に勝てるかというと厳しいでしょうね」
今青年の横にいる二人はディアンを担当した神の使いたちだった。
「ま、あいつに単独で勝てる奴なんて存在しないでしょうね。あいつが来て結構時間経っちゃってるし」
ディアンが来てから二年以内に恭也が来ていれば、ディアンが戦力を整える前に恭也はディアンと戦うことができた。
ディアンがこちらに来てからの二年間、ディアンは降り立った場所近辺の国々との戦争に明け暮れて勢力拡大どころではなかったからだ。
しかし同じ世界に四番目に送り込まれたディアンと二十番目に送り込まれた恭也では準備期間という点で大きな差があった。
しかもディアンの担当者たちのちょっとした手違いでディアンは個としては最強と言っていい存在になっていた。
魔神数人を部下にしているという点では恭也が有利だったが、悪魔の軍勢を作り上げている今のディアンの前ではそれを含めても精々互角といったところだった。
「強い劣等感を抱えてたので力さえ与えれば周りのために動くと思ったんですけど……」
女の後ろにいた少年が小さな声で自分が担当した者の変貌ぶりを嘆いた。
「別に送り込まれた先の住民殺すのはいいんだけど、それを活かしてくれないと困るのよね」
少年の発言に同意する様に女はディアンの無意味な殺戮を嘆いた。
神の使いたちにとって自分たちが送り込んだ者も異世界人を送り込まれた世界の住民もいくら死のうと構わない存在だ。
仮に自分たちが異世界人を送り込んだ先で異世界人数人が発端となり大規模な戦争が起こり数百万人の犠牲者が出ても、それでその世界の技術が発展すれば神と神の使いにとっては大成功だからだ。
しかしディアンは送り込まれた先でただ殺戮を繰り返すだけで全く世界の発展に寄与しなかった。
これにはディアンを担当した二人も頭を抱えた。
しかし神の使いが目星をつけた者を別の世界に送り込む以外で各世界に干渉するのは神が定めた規則に反し、例え邪魔だと判断しても神の使いは一度別の世界に送り込まれた者に干渉できなかった。
そのためディアンの非生産的な殺戮や破壊に頭を抱えながらも、彼女たちはディアンの所業を見ていることしかできなかった。
そんな中で魔神三人を従えて自分同様に異世界に送り込まれた存在二人と協力関係を結んだ者がいると聞き、女と少女は恭也に興味を持っていた。
しかし二人には一つ懸念があった。
「あんたの送り込んだ奴、敵を殺すの嫌がってるそうね?」
「ええ、これまで何度も敵を殺してはいますが、最終的には全員生き返らせていますね」
「困りましたね。あのディアンとかいう男は殺してもらわないと困るんですけど」
女の質問に対する青年の回答を聞き、少年は困った顔で身勝手な発言をした。
「しかし私が送り込んだ少年は敵を殺さないだけで容赦はしないので、封印なり何なりすると思いますよ?」
「無理無理、あいつ封印するなんてそれに特化した能力持ってても厳しいわ。あんたが送り込んだ奴の能力じゃ十秒封印できるかも怪しいわよ」
女も自分が送り込んだディアンは死んだ方があの世界のためだと思っている。
しかし自分が選び送り込んだ相手が別の者が選んだ相手に負けるのはそれはそれで悔しいため、女はどこか誇らし気にディアンの能力の優秀さを口にした。
「確かに彼の能力は強力ですからね。あの少年が今後どの様な能力に目覚めても封印どころか殺すのさえ難しいでしょうね」
「でもそろそろ誰かが殺さないとあの男どんどん部下を増やしちゃいますよ?」
自分が送り込んだ者がディアンに勝てないということを青年があっさり認めたため、少年は一層不安そうにした。
そんな少年に青年は自分の考えを伝えた。
「いいじゃありませんか。もし私の送り込んだ少年が負けたとしても、あのディアンという男は寿命のある身です。数十年もすれば死ぬのですからそれを待てばいいだけです」
ディアンが不老に近い種族なら青年も頭を抱えただろうが、神の使いが送り込んだ存在が数十年一つの世界を支配するなど別に珍しい事でもなかった。
「あんたにとってはそうでしょうけど、私たちにとってはあの男は目障りだからさっさと死んで欲しいのよね」
ディアンを担当した神の使いである女と少年にとって世界の発展に寄与せず暴れるだけのディアンを選んだことは完全に失敗だった。
しかもディアンの異世界送りについてはちょっとした手違いがあり、それもあって女と少年にとってディアンは一刻も早く死んでほしい存在だった。
「私の送り込んだ少年は魔神だけでなく自分同様送り込まれた存在の力も束ねようとしています。あなたたちの期待に応えられるかは分かりませんが、もう少し様子を見てみましょう」
終始身勝手な発言をしながら彼らは恭也たちの動向に視線を向けた。
「アロジュートさんでしたっけ?僕があなたの主にふさわしいかどうかを確認に来たって言ってましたけど、魔神だけじゃなくて天使まで連れてずいぶん物騒ですね。このまま城を攻め落とそうとしていると勘違いされてもしかたないですよ」
これまで恭也はいくつかの王城を力ずくで攻略してきたため、恭也のこの発言はこれまでの恭也の行動を知っている者が聞けば冷たい視線を向けられてもしかたがなかった。
しかし恭也と初対面のアロジュートが相手ではその心配は無く、恭也の指摘を受けてアロジュートは天使を消滅させて魔神と融合した。
「勘違いしないで。別にこの城や国をどうこうする気は無いわ。さっきの天使たちはあんたを探すために召還してただけよ。天使たちにあんたを尾行させてたんだけどあんたが転移しちゃったからこの国にいるってことしか分からなくて、それで天使たちにあんたを探させるつもりだったのよ。あたしの目的はあくまでもあんた。だからこの国のことは心配しなくていいわよ」
アロジュートの発言を聞くにつれ、恭也の中には別の心配が沸き上がってきた。
どうやらガーニスの時と同じ様な流れになりそうだとため息をつきつつ、恭也はそれとは別に気になったことを確認した。
「天使で尾行ってどういうことですか?あなたの仲間の魔神と別れた後、僕自分が尾行されてないか確認しましたけど、誰もいませんでしたよ?」
恭也のこの発言にアロジュートは笑みを浮かべた。
「残念だったわね。あたしたち天使は魔神みたいに体を解けるの。探知魔法でも使わないとまず気づけないわ」
当たり前の様に探知魔法などと口にするアロジュートに恭也は閉口したが、同時に納得もしていた。
『魔法看破』が各異世界人の自前の能力には効果が無いことはガーニスの時に経験していたからだ。
異世界人の数自体が少ないためこれで困ることはほとんど無く、そのため恭也はこの事実をすっかり忘れていた。
姿を消した存在に尾行させることはホムラの眷属で恭也自身が何度もやってきたことなので、恭也は文句は言えずに話を進めた。
「僕を試すってことは何もしないで仲間になってくれるってわけじゃないですよね?」
「話が早くて助かるわ。あたし自分で考えるのってあんまり好きじゃないのよね。だからあたしの主にふさわしい相手を探してたんだけど、奴隷商人だったり人質取られたぐらいで大人しくなる女だったりとろくなのがいなくて困ってたの。この大陸の国は戦争とか他種族への迫害とかしてる連中ばっかりで、そんな連中に仕えるのは天使の誇りが許さないし」
誇りどうこう言うなら自主的に動いたらいいのにと恭也は思ったため、以前ネース王国で聞いた話を確認することにした。
「確かあなた以前はネースにいて一度捕まったんですよね?」
「ネース?ああ、北の大陸の。話を聞くためにわざと捕まったんだけど、少し一緒にいるだけでどういう人間かは分かったから全員殺したわ。逃げ出すだけなら簡単だったし」
サキナトの人間をアロジュートが殺したと聞き恭也は不快に思ったが、ティノリス皇国での騒ぎを収める際に自分が来る前のことには口を出さないと決めていたため何も言わなかった。
「そのまま奴隷さらってる組織を潰そうとは思わなかったんですか?」
「十人、二十人殺して終わりっていうならやってもよかったけど、結構大きい組織みたいだったから止めといたわ。さっきも言ったけどあたしあんまり自分であれこれ考えるの好きじゃないのよ」
ここまでのアロジュートの発言を聞き、恭也はアロジュートを仲間にする気をほとんど失っていた。
ネース王国やこの大陸で起こっていた様々な事件を見て、怖いならともかく面倒だからという理由で干渉しなかったアロジュートとうまくやっていける自信が無かったからだ。
しかしここで恭也の気持ちを感じ取ったランが恭也に話しかけてきた。
(……ごしゅじんさま、この女強いんでしょ?)
(魔神の力抜きで戦ったら確実に僕が負けると思うよ)
(……だったら仲間にした方がいい)
(でもここまで無気力な人仲間にしてうまくやっていく自信が……)
ランに促されても恭也はアロジュートを仲間にすることに乗り気になれなかった。
そうした恭也の気持ちを感じ取ったランは、しばらく考えてから少し踏み込んだ話をした。
(……怒らないで聞いて欲しい)
(う、うん。何?)
ランから緊張と恐怖が伝わってくるのを感じて恭也は身構え、そんな恭也にランは自分の考えを伝えた。
(……私たちは好き嫌いはあってもあくまで主に従う存在。だからもしディアンという男と契約していたら私たちは街や人間を襲っていたと思う)
(……なるほど、このアロジュートとかいう人も似た様なものだから仲間にした方がいいってこと?)
(……うん。もしどこかの国に付かれたら面倒だから、仲間にできるならしておいた方がいいと思う)
ランに説得され、恭也はしばらく考え込んだ。
サキナトだけでなく戦争や他種族への差別をしている国に味方しなかったことから考え、アロジュートとの性格は善か悪かで言ったら善になるだろう。
へたにどこかの国の野心家の民間人などに味方されるよりは自分の仲間にしておいた方がいいかも知れない。
そう考え直した恭也はアロジュートに視線を向けた。