天使襲来
オルフートに向かっていたトーカ王国の軍を止めた翌日の朝、恭也は予定通りトーカ王国の王城を訪れていた。
上空から王城に侵入した恭也は開いていた窓から王城に侵入すると、すぐに『隔離空間』を発動して王城の出入りを不可能にした。
その後恭也は城内にいた人間全員を洗脳し、王と大臣、そして将軍たちを玉座の間に集めた。
「あなた確かこの前僕と話しましたよね?」
集められたトーカ王国首脳部の面々の中に見知った顔を発見し、玉座に座った恭也は序列四位の将軍、ヒューミットに視線を向けた。
「僕あの時そっちが目に余る様なことしたらこっちも好きにやらせてもらうって言いましたよね?だから僕も好きにさせてもらいますね」
そう言って恭也は『格納庫』から取り出した『ディーナの杖』と『タキオンの籠手』を無造作に床に放り投げた。
オルフートに行軍中の自国の軍を率いている将軍が持っているはずの魔導具を恭也が所有していたのを見て、この場に集められた全員が現状を正しく理解した。
「また同じ様なことされても困るんで、オルフートとの国境沿いにある街、ディルス、イーサン、エブタは僕がもらいますね」
「な、何を言っている?」
当然の様に恭也が告げた内容にこれまで床に目を伏せていた将軍の一人が声を荒げた。
しかし恭也はその将軍の視線を受けて不思議そうな顔をした。
「あっさり負けたから実感が無いんですか?みなさん僕との戦争に負けたんですよ?むしろ街三つと将軍の身柄ぐらいで済ませるんですからかなり穏便に済ませたつもりなんですけど」
「ふざけるな!」
恭也の発言を聞き将軍の一人が立ち上がったが、次の瞬間には恭也の『情報伝播』によりその将軍は床を転げ回る結果となった。
「ふざけるなってこっちのセリフですよ。侵略戦争なんて少しでも良心があれば絶対しないでしょ。邪魔した僕が言えた義理じゃないですけど、あなたたちが始めた戦争のせいで親が死んでその敵討ちをしようとしてる人とかいるんですよ?僕この世界に来てあなたたちみたいな人たくさん見てきましたけど、よく自分たちは被害者みたいな顔できますね?」
そう言って不快気な顔で恭也が立ち上がると国王を始めとするトーカ王国の面々は恐怖から頭を下げた。
「将軍って確か二十人いるんでしたよね?その人たちは全員僕が作る刑務所に連れて行きます。懲役は二十年ってところで、財産は全部没収で」
「そんな!いくら何でも横暴だ!」
恭也が告げた罰の内容に声を荒げたヒューミットに恭也はある質問をした。
「そうですね。僕素人なんでこういった場合の相場を勘違いしてるかも知れません。戦争に負けた国の国王とか将軍って普通はどうされるんですか?できるだけそれに従ってみなさんに罰を与えたいと思います」
恭也にこう言われてヒューミットは何も言い返せなかった。
もちろん恭也もおそらく国際条約など無いであろうこの世界で敗戦国の国王や将軍がどの様な扱いを受けるかはおおよそ予想がついていた。
そのためこう質問されたら将軍たちは反論できないだろうと考えて恭也は先程の質問をした。
この場にいる将軍たちが黙り込んだ後で恭也はトーカ王国国王、エミル・オース・トーカに話しかけた。
「あなたに特に罰を与えないのはオルフートとの交渉で僕はオルフートの味方をするつもりだからです。これはオルフートにも伝えるつもりなのでかなり無茶なこと言われると思いますけどがんばって下さい」
もちろんオルフートがあまりに無茶なことを言うようなら恭也は止めるつもりだったが、それをトーカ王国側に伝える気は恭也には無かった。
その後恭也はこの場にいた将軍五人を連行し、残りの将軍も今日中に自身の手で捕まえることにした。
「僕にまた街をあげたくなったらいつでも戦争して下さい。刑務所の部屋も空けて待ってますから」
そう言うと恭也は将軍たちを伴い玉座の間を後にした。
恭也がトーカ王国の王城を襲撃した二日後の昼下がり、エーオンの郊外には恭也の手により捕まった将軍たち十八人の姿があった。
将軍たちは全員が『アルスマグナ』製の手錠で二人一組で拘束されており、逃げるどころかまともに歩くのさえ一苦労だった。
彼らの財産は屋敷も含めて全て恭也が押収し、将軍たちが所有していた土地は管理が面倒だったので全てトーカ王国に買い取らせた。
当然ながらすさまじい額になり、恭也もさすがに一括で払うようには言えなかった。
とりあえず土地代については毎月分割で払うということで話をつけ、将軍たちの家族には二ヶ月分の生活費だけ与えて解放した。
「みなさんをイーサンに連れて行く準備してくるんでちょっと待ってて下さい」
そう言うと恭也はホムラのもとに転移した。
自分からもらうと言っておいて何だが、恭也に街の管理などできない。
そのため恭也は今回トーカ王国から奪った街三つの管理をホムラに丸投げするつもりだった。
そして今回は三つの街全てで強い抵抗が予想されるため、いざという時に身を守れるホムラ本人がウォース大陸に来る必要があった。
ちょうどティノリス皇国のハデクとシウガーズでの死体捜索も終わっていたので、前もって眷属越しに確認した時にホムラからも問題無いという返事をもらっていた。
しかしウルたち魔神としては一つ気がかりなことがあった。
次の死体捜索はウルが担当することになっていたのだが、眷属ではなくホムラ本人が新しく街の管理をするとなると恭也に同行できる魔神がランだけになってしまう。
これはランだから問題ということではなく、恭也に同行できる魔神が一人だけということがウルたちにとっては気がかりだった。
しかし当の恭也はそこまで問題にしていなかった。
今回のトーカ王国での顛末をオルフートに知らせたら、そのままラインド大陸に行き風と光の魔神を仲間にするつもりだったからだ。
数日で両方仲間にするのは無理でも片方だけなら短期間でも不可能ではないだろうと恭也は考えていた。
ウルたちは新しく風か光どちらかの魔神を仲間にするまで死体の捜索は中断するように恭也を説得した。
しかし死体捜索が始まってからすでにかなりの日数が経っているため隠していた死体を人知れず始末している人間は確実にいるはずなので、死体捜索を中断するのはあり得ないと恭也が譲らなかった。
そのためウルたちの方が折れ、恭也たちは一時的にしろ危ない橋を渡る羽目になった。
一応の話がついた後、恭也はウルに『死体探査』を渡すとホムラと融合して再びウォース大陸に転移した。
恭也はエーオン郊外に転移すると、そこで恭也を待っていた将軍たちを木箱に入れて新型の輸送用悪魔に乗せた。
その後恭也は将軍たちへの見張りも兼ねて悪魔には乗らなかった。
恭也は『格納庫』から取り出した鉄板に乗り、それをランの魔法で操作して将軍たちを乗せた悪魔の後ろからついていった。
恭也がトーカ王国西部の三つの街を支配したという事実の宣伝のために恭也たちは姿を消すことなく街道沿いを飛んだ。
そのため行く先々で目撃者が騒いでいたが、実際に悪魔が襲撃してきたわけではないのだから問題無いだろう。
その後二日かけて恭也たちはトーカ王国の最西端の街、イーサンに着き、そこで恭也はホムラとランとの融合を解いた。
「じゃあ、これ王様からもらった街を譲るっていう書類。オルフートの王様とトーカとの話し合いについて話したらすぐに戻って来るつもりだけど、その間できるだけ穏便によろしくね」
恭也がトーカ王国の王、エミルに用意させた街の移譲に関する書類を受け取ったホムラは、いつも通りの落ち着いた様子で口を開いた。
「はい。マスターの意に反する様なことはいたしませんわ。ただし二度警告を聞かなかった相手への攻撃は許可して下さいまし」
「ホムラの大きい眷属見て逆らう勇気ある人いないと思うけど、口で言って駄目ならその時はしかたないよ。オルフートとトーカの実際の話し合いはこの街でしてもらおうと思ってるからそのつもりでいて」
「了解しましたわ。どうかお気をつけて。ランさん、マスターのこと頼みましたわよ?」
「……任せて」
その後恭也は身動きが取れなくなっていたトーカ王国の軍を解放するために、国境へと向かった。
その道中ランが恭也に質問をしてきた。
(……どうしてごしゅじんさまは軍を解散させなかったの?ごしゅじんさまが軍を解散するように言えばあいつらは逆らえなかったはず)
ランは軍を恭也の仕事を何度も邪魔している集団と認識していた。
そのため一度敵と判断したら容赦しない恭也が軍を放置しているのがランには不思議でしょうがなかった。
(軍隊、確かに色々邪魔はされてるけど、さすがに解散しろとは言えないよ。僕も何十年先のことまでは面倒見れないし)
(……どういうこと)
(いや、僕もその内寿命で死ぬだろうし)
恭也が死ぬと聞きランはしばらく言葉を失ったが、やがて再び恭也に質問をした。
(……ごしゅじんさま死んじゃうの?)
(こればっかりはね。まだこっちに来て一年も経ってないけど、多分僕不死はともかく不老ではないだろうし)
恭也も軍隊なんて解散すればすっきりするとは思うが、そうすると何万という人間が職を失ってしまう。
それに数十年後恭也が死んだ後で再び軍を編成するのも手間だろう。
極端な話恭也がディアンとの戦いで死ぬ可能性もある以上、各国の軍の行動はともかく存在そのものに口を出す気は恭也には無かった。
その後も恭也がその内死ぬという事実に落ち込んでいるランを励ましながら恭也は国境へと向かった。
その後足止めを食らっていたトーカ王国の軍がいる場所に到着した恭也は、捕らわれていた兵士全員を解放して将軍二人はホムラの眷属にイーサンに連行させた。
残されたトーカ王国の兵士たちは、恭也がエーオンにいた者も含めて将軍全員を捕まえたと聞き驚いていた。
しかし恭也が『情報伝播』で将軍たちが捕まる際の映像を見せると兵士たちは顔を青くし、その後大人しくエーオンへと帰って行った。
トーカ王国の軍を解放した恭也は、その後すぐにオルフートの首都、ザマイルに転移して王城を訪ねた。
歓迎されているとは言い難い雰囲気だったが、恭也は一応オルフートの国王、ヘイゲスに会うことができた。
「貴様、何様のつもりだ!一週間後に顔を出すと言いながら二週間以上顔を出さないとは!」
恭也と会うなりヘイゲスは恭也に怒号を飛ばしてきた。
ヘイゲスに怒鳴られてようやく恭也は前回ヘイゲスに会った時の自分の発言を思い出し、素直に謝った。
「すいません。色々あってすっかり忘れてました」
「貴様……」
国王であるヘイゲスはこれ程無礼な扱いを受けたことが無かったため、恭也に謝られて言葉を失った。
これに関しては完全に恭也の落ち度だったので、恭也はひたすら謝った後で『格納庫』からホムラの眷属を取り出した。
「これがあればいつでも僕と連絡を取れます。もちろん無理にとは言いませんけど、北の大陸では全ての国の王様たちがこれを持ってますし、トーカとの交渉については僕はオルフートに味方するつもりです。これを手元に置いてた方が便利だと思いますよ?」
「……ふん。これはもらっておいてやる」
ヘイゲスに『不朽刻印』がついている以上、ヘイゲスのこの態度が虚勢なのは明らかだった。
しかしそれを指摘して話がこじれても困るので、ホムラの眷属による最低限の監視ができるようになったこともあり恭也はヘイゲスに使用していた『不朽刻印』を解除した。
その後恭也はエイカはどうしているかをヘイゲスに尋ねた。
父親の敵を取ろうとしていたところを恭也に邪魔されて悔しそうにしていたエイカのことを恭也は気にしていたからだ。
しかし恭也の質問を受けたヘイゲスの口からは予想外の答えが返ってきた。
「あの女なら将軍位を剥奪して軍を追放した。敗戦の責任を取らせてな」
「え?僕に負けたからってくびにしたんですか?」
「そうだ。あの女は貴様のせいで全てを失った。自分がどれだけ迷惑な存在かようやく理解したか?」
そう言って癇に障る笑みを浮かべたヘイゲスにランがいら立っていたが、恭也はそれどころではなかった。
エイカの敵討ちを邪魔したことを恭也が気にしていたのは事実だが、恭也は別にそのこと自体を後悔はしていなかった。
戦争なんて虫唾が走るという自分の考えが間違っているとは恭也は思っておらず、自分がこの世界の人間にとって迷惑なんてことはとっくの昔に分かっていたからだ。
恭也が驚いたのは恭也に勝てなかったからという理由でヘイゲスがエイカをくびにしたという事実の方だった。
恭也が言うのも何だが、恭也に勝てないから将軍失格というのならこの世界の人間に将軍など務まらなくなってしまう。
もっともこれまで強力な能力をいくつも見せてきた恭也にこれだけ尊大な態度を取れるのだから、おそらくこのヘイゲスという王は思慮が相当足りないのだろう。
この時点で恭也もラン同様ヘイゲスの態度に腹を据えかねていたが、さすがに態度が不快だという理由だけで危害を加えるわけにはいかなかった。
これ以上ヘイゲスと話していると胃が痛くなりそうだったので、恭也はヘイゲスにシュリミナをこれ以上襲うようなら恭也への宣戦布告と見なすと伝えて王城を去ることにした。
ヘイゲスと関わるのは最低限にとどめておこう。
そう考えて恭也が部屋を出ようとした時だった。
部屋の扉が乱暴に開かれ、一人の兵士が部屋に飛び込んで来た。
「何だ、騒々しい!」
不快気に兵士に視線を向けたヘイゲスに兵士は急いで現状を報告した。
「タトコナにいた者と思われる異世界人が軍勢を率いて城を包囲!今のところ攻撃の意思は見られませんが、すぐに避難を!」
兵士の報告を聞き、ヘイゲスは舌打ちをした。
そんな中恭也は近くの窓を開けて空を見上げ、数十人の天使を率いる天使を発見した。
その天使の後ろには主と全く同じ姿をした水の魔神もいた。
ちょうど恭也が窓を開けた時、恭也と天使の目が合った。
「おっ、思ったより早く見つかったわね。あたしは能天使のアロジュート!あんたが私の主にふさわしいか試しに来たわ!」
よりによってランしかいない時に異世界人の襲撃を受けるとはついていない。
しかしアロジュートと名乗った天使の目的が恭也である以上逃げるわけにもいかなかった。
ディアンの送り込んだ上級悪魔を倒しに来ただけなのにどうしてこう次から次に問題が起きるのか。
深いため息をつきながら恭也はとりあえず事態を収めるために鉄板を取り出して上空にいるアロジュートに近づいた。