戦争勃発
天使と水の魔神を直接見た翌日、恭也はタトコナ王国の首都、ゼワールに到着した。
ゼワールに到着した恭也はいつもの様に王城に出向き、門番に明日出直すと伝えてから街へと向かった。
そして翌日の朝、衛兵に案内されて玉座の間に案内された恭也だったが、恭也はウォース大陸に来てからオルフート、トーカ王国、ヘクステラ王国相手に立て続けに事を構えていた。
そのため恭也はまだ会ってもいないタトコナ王国の王と彼に従う兵士たちに対していつでもかかってこいという気持ちを抱いて玉座の間に入った。
しかしそんな恭也の思いとは裏腹にタトコナ王国国王、ベルガード・マキシス・タトコナは恭也からディアンとディアンが送り込んでいる悪魔の説明を受けた後で穏やかな口調で恭也の提案を受け入れた。
「早速全ての街に能殿から聞いた情報を伝えましょう。能様が名前を言えば全ての街で兵たちの協力を得られるよう手配します」
「いや、そこまでしてもらわなくても。悪魔も残り二体ですし……」
予想外に話がすんなり進み困惑する恭也を前にベルガードはさらに驚くべき発言をした。
「しかし悪魔を無事に倒せたとしても、その後で能様はギルドという組織を普及させるつもりなのでは?もちろん実際に始める前には話し合いが必要でしょうが、今後のこと考えると今の内に準備はしておくべきだと思います」
「どうしてギルドのことまで……」
「我が国にもそれなりの諜報網はあります。別の大陸とはいえあれだけの活躍をした能様のことは耳に入っていますよ」
ウォース大陸にある国の内、ダーファ大陸に直接間諜を送り込んでいる国はオルフートだけだったが、周辺国家から財力だけが取り柄と侮られているタトコナ王国はその財力を活用してオルフートとトーカ王国の情報と技術を秘密裏に入手していた。
以前のオルフートの様に大量の魔力を用意できないため数は二十程度にとどまっていたが、タトコナ王国はすでに保有魔力千の悪魔も所持していた。
情報に関しては隣国のトーカ王国のものはもちろんその隣のオルフートのものすら三日以内には王の手元に届く手筈が整っており、実際に他国とタトコナ王国が戦争となればタトコナ王国は互角以上に渡り合えるだろう。
もっとも実際に戦火を交える戦争なんて馬鹿のやることというのがタトコナ王国の国風だったため、こういったタトコナ王国の真価は周辺の国には知られていなかった。
異世界人である恭也に対してもタトコナ王国としては互いに利益を得られる関係を築きたいと思っていたのでこういった対応になったのだが、いきなり戦いとならなかったことで恭也は逆に戸惑っていた。
(どうしよう?話し合いで終わるに越したことはないけど、ここまで丁寧に出られると調子狂うな)
(いいじゃねぇか、とりあえず話合わしとけば。あっちが裏切ったとして俺たちが負けるわけねぇんだから)
(それもそうか)
恭也が自分の倍以上生きている一国の王相手に腹の探り合いなどしても、無駄に気疲れするだけだ。
そう考えた恭也はヘクステラ王国でしたのと同様の要求をした。
「もしこの国でゼキア連邦の国民たちを奴隷扱いしているなら今すぐに止めて下さい。これはヘクステラでも言ったんですけど、もし二週間以内に改善されないようだったら僕への宣戦布告とみなします」
「……分かりました。といっても我が国でゼキア連邦の国民を奴隷扱いしているのは国境沿いの街ぐらいだと思いますが。二週間経っても国の命令に従わない場合は能様が連行すると伝えて構いませんか?」
「あなたたちがいいなら構いませんけど、いいんですか?」
自分がダーファ大陸でしたことを知っていた上に先程からあまりに下手に出過ぎのベルガードの態度に恭也は不信感を抱き始めていた。
そんな恭也の気持ちを感じ取ったベルガードはこれまでより踏み込んだ発言をした。
「勘違いしないでいただきたいのですが、我々は別に能様に服従するつもりはありません。しかしこちらから事を荒立てるつもりも無いので、今回は能様と敵対するよりはゼキアの住民との関係を見直す方が利益があると判断したまでです」
「そう言ってもらえるとこっちもやりやすいです。僕としてもお互いに得できる関係を築ければと思っているので、これからよろしくお願いします」
そう言った恭也は数日以内に連絡用にホムラの眷属を連れて来るとベルガードに伝え、王城を去る際に今後のことを考えて見送りに来た兵士にウル製の剣を一本渡した。
「これは一体?」
「魔神の力で作った闇属性の魔導具です。大抵の物はこれで斬り裂けると思います。さすがに王様の前で武器出すのはまずいかなと思って今渡しました」
「な、なるほど。これからどうするおつもりですか?」
魔神製の魔導具の存在はもちろん恭也が何も無い空間から突然剣を取り出したことにも兵士は驚いていたが、恭也は特に気にせずに自分の今後の予定を兵士に話した。
「とりあえずオルフートに行くつもりです。トーカともう戦争をしないようにしないといけないので」
そう言うと恭也はオルフートのシュリミナがいる宿に転移した。
恭也が転移した後、恭也を見送った兵士は早速手にした魔導具を上司に届けようとした。
その時だった。
「聞きたいことがあります」
異世界人の少年が姿を消し、その後自分の周囲には誰もいなかったはずなのに突然誰かの声が聞こえたため兵士は大変驚いた。
思わず手にした剣を構えた兵士の眼にある者の姿が映り、兵士はすぐにその正体に気づいた。
「どうしてお前がここに?」
動揺する兵士の質問には答えず、兵士の前に浮くその存在は翼をはためかせながらもう一度口を開いた。
「オルフートとはどこですか?」
自分が転移した後、タトコナ王国の王城前で異変が起きていたなど知る由も無く、恭也は予定通りシュリミナと彼女の知り合いの家族がいる宿へと向かった。
「かなり待たせてしまってすいませんでした。何もありませんでしたか?」
恭也が最後にシュリミナと会ってから二十日近く経っていたため、さすがにシュリミナがここにいることはオルフートにも知られているだろう。
自分の能力が発動しなかったことからシュリミナの身に危険が無かったことは恭也にも分かっていたが、それでも街の人間がこの宿を遠巻きに見ている光景を先程見たばかりの恭也としては確認せずにはいられなかった。
「二回襲われましたけど、人質さえいなければ私もこの世界の人には負けません。特に問題無かったです」
「そうですか。でも襲われたこと自体問題ですね。ちょうど今からこの国の王様に会いに行くところだったので二度としないように言っておきますね」
「はい。お願いします」
「この前話した悪魔の内二体は倒したんで、もうすぐ時間が作れると思います。それまでは窮屈でしょうけどここで我慢してて下さい」
そう言うと恭也はシュリミナに当面の生活費を渡してから王城へと向かった。
王に逃げられても面倒なので案内を頼まずに恭也がオルフートの国王、ヘイゲスの居室に向かおうとしたところ、王城は大変な騒ぎだった。
何か事件が起こったのは確実だったので、恭也は近くにいた兵士を捕まえて騒ぎの原因を尋ねた。
「トーカが軍を二つに分けて我が国に進軍中との連絡が入った。連絡が入ったのが昨日なので、早ければトーカの軍は今日にも我が国の領土内に入るだろう」
「……………」
オルフートとトーカ王国の仲を取り持とうと思いオルフートに来た矢先にこの話を聞き、恭也の心は一気に冷めた。
この時の恭也はかなりひどい顔をしていたのだろう。
恭也の顔を見た兵士は恐怖から青ざめた顔をしていた。
「トーカの軍は僕が何とかします。間違ってもオルフートから軍なんて出さないで下さいね」
恭也はそれだけ言うと、兵士の返事を待たずにオルフートとトーカ王国の国境に転移した。
オルフートとトーカ王国の国境に転移した後、恭也がしばらく国境沿いに飛んでいるとオルフートに向けて進軍しているトーカ王国の軍らしき集団を発見した。
恭也は急いでその集団のもとに飛んで行き、前列の兵士たちに『情報伝播』ですぐに引き返すように告げた。
「もう一ヶ所にも行かないといけないんで、五分だけ待ちます。五分経っても帰る素振りが無かったら、実力行使に出ます」
恭也がトーカ王国の軍にこう告げて一分も経たない内にトーカ王国の軍から一体の竜が現れて恭也に襲い掛かった。
正確な数は分からなかったが、今回恭也が敵にしている兵士の数は少なく見積もっても千や二千ではなかった。
実際今回トーカ王国が動員した兵士の数は二万人にも上り、それぞれ一万人ずつに分かれてオルフートを目指していた。
一万人の兵士で構成されたトーカ王国の軍を見て、恭也もトーカ王国の軍が恭也に言われたぐらいで撤退はしないだろうと思っていた。
そのため自分が攻撃されたことには特に驚かず、『格納庫』から『アルスマグナ』で作った剣十本を取り出した。
そして恭也は自分目掛けて飛んで来る竜に向けてその剣を撃ち出した。
ランの魔法で制御された十本の剣の内二本がそれぞれ竜の左右の翼を紙の様に斬り落とし、竜は瞬く間に飛行能力を失った。
しかしすぐに竜の翼を斬り落とした二本の剣が粉になり竜の体を支えたため竜が落下することはなかった。
その後さらに二本分の粉で上からも体を抑えられた竜は、その後抵抗らしい抵抗もできないまま六本の剣に体中を切り刻まれて消滅した。
竜自体がそれなりに大きかったので恭也が竜を倒すのにかかった時間は瞬く間にとはいかなかった。
それでも自分たちの国に伝わる魔導具によって召還された竜がなす術も無く倒される様を見て、トーカ王国の兵士たちの士気は一気に下がった。
そんな中あらかじめ『魔法看破』で竜を召還した『ディーナの杖』の所有者を発見していた恭也は、迷うことなくこの場にいるトーカ王国軍の指揮を取っている序列二位の将軍、シュメールのもとに辿り着いた。
「あなたが聞いてるかは分かりませんけど、そっちがその気なら僕も好きにさせてもらうってこの前会った人に言ってあるんでもう容赦しませんからね?」
「うるさい!お前たちやれ!」
いきなり自分の眼の前に異世界人が現れたことに驚きながらも、シュメールは周囲の部下たちに恭也を攻撃するように命じた。
しかしそれより早く恭也がウルとランの融合技、『タルタロス』を発動したためトーカ王国の兵士の攻撃は中断された。
「な、何だこれは?」
「ど、どこだよ、ここ?」
「何も見えないぞ!」
突然自分たちが何も見えない暗闇に連れ込まれたことに動揺するトーカ王国の兵士たちの叫びを聞きながら恭也は『情報伝播』を発動した。
『タルタロス』は地下に空間を作り出して相手を引きずり込む技で、『埋葬』とは消費する魔力がけた違いなので相手が土属性の魔法の素質を持った人間でも抵抗できない。
作り出す空間の広さは込めた魔力次第で、今回の一万人にも及ぶトーカ王国の兵士たちを引きずり込むために恭也は二万もの魔力を消費した。
実験も兼ねて『タルタロス』を使ってみたのだが、やはりいくらでも対処できる兵士相手に使うような技ではなかったなと恭也は反省した。
本来この技は上級悪魔や魔神はおろか異世界人ですら脱出は困難という地下の牢獄を作り出す能力で、発動に大量の土の精霊を消費するため一度『タルタロス』を使った場所では最低三日間は間を置かないといけないという以外にはこれといった使用制限も無い。
相手を問答無用かつ無傷で無力化できるという点では恭也の評価は高かったが、消費魔力が作った空間の広さ次第で上限が無いという点は悩ましいところだった。
また地下に空間を作る能力なので、この空間内では恭也すら何も見えないというのも問題だった。
恭也は『情報伝播』で『タルタロス』の簡単な説明を兵士たちにすると、その後照明用の魔導具を『格納庫』から取り出してシュメールのもとに向かった。
「とりあえずこれはもらっておきますね」
シュメールのもとに辿り着いた恭也は、有無を言わさずシュメールの持っていた『ディーナの杖』を奪い取って『格納庫』にしまった。
「今からもう一ヶ所の軍のところにも行って、それからエーオンの王城も攻め落とします。みなさんへの罰は落ち着いたらってことで。そう何日もかからないと思うのでここで退屈な時間過ごしてて下さい」
「ふざけるな!」
シュメールが怒りの声をあげながら恭也に火球を叩き込んだが、恭也はびくともしなかった。
「気がすみましたか?後二、三発撃ってもいいですよ。どうせ効きませんし」
自分の魔法をまともに受けて表情一つ変えない恭也を見て、シュメールは思わず後ずさってしまった。
そんなシュメールの様子を見て、シュメールに攻撃の意思が無いと判断した恭也は一人『タルタロス』を抜け出した。
その後二時間かけてもう一ヶ所にいたトーカ王国の軍を見つけた恭也は、今度はランの魔法で深さ二十メートルの穴を作り、そこに兵士たちを閉じ込めた。
一万人の兵士たちが入れる穴を作るとなるとかなりの魔力が必要で、結局恭也は魔力を六千程消費した。
その後恭也は指揮官が持っていた魔導具、『タキオンの籠手』を回収すると、すでに日が沈みかけていたので残りの作業は明日に回すことにした。
トーカ王国の軍が二つとも恭也に負けたことを遠くで待機していた連絡要員がトーカ王国側に伝えようとしても、明日の朝一番でトーカ王国の王城に転移するつもりの恭也より早くその情報がトーカ王国の首都、エーオンに到着することはない。
そのため慌てる必要は無いと考えた恭也は、今夜の宿を求めてトーカ王国側の最寄りの街へと向かった。