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氷漬けの天使

 こうした考えをホムラは持っていたため、わざわざ自分から恭也にとって同格の存在を増やそうとするノムキナの行動を奇妙に思った。

 そんなホムラを前にノムキナはしばらく考えてから口を開いた。


「本音を言えば恭也さんのお嫁さんが増えるのは嫌です。でも恭也さんって多分女の人が好きですよね?」

「ええ、それはノムキナ様とお付き合いされてるから間違い無いですわね」


 しばらく考え込んだと思ったら当たり前のことを言い出したノムキナにホムラは何を今さらと思ったが、ホムラは微妙にノムキナの発言の真意をつかめていなかった。

 それに気づいたノムキナは自分の説明を補足した。


「そういうことじゃなくて、何と言うか恭也さんって多分普通の男の人よりその、女の子への興味が強いというか、普段はそれを抑えているというか……」

「性欲が強いということですの?」

「はい。まあ、はっきり言っちゃうと……」


 何とか自分の考えを遠回しに伝えようとしたノムキナだったが、ホムラに率直に表現されて戸惑いながらも同意した。

 ホムラの発言を聞いたノムキナの反応を見て、しばらく考えてからホムラは口を開いた。


「それはノムキナ様の考え過ぎだと思いますわよ?」

「どうしてですか?」


 自分以外にも恭也の恋人を増やそうなどという考えをノムキナも簡単に口にしたわけではない。

こうしてホムラに相談するまでにはさんざん悩んだ。

 それにも関わらず自分のここ最近の悩みの前提を否定され、ノムキナは戸惑った。


「ノムキナ様にとっては不快な話になると思いますけれど、以前ウルさんと私がマスターのお相手を務めようとしたことがありますの。もちろんマスターとノムキナ様がお付き合いをされる前の話ですわ。でもその時マスターはウルさんと私、両方の提案を断りましたの。ですからマスターの性欲は人並みだと思いますわよ?」


 あまり性欲、性欲と連呼しないで欲しいと思いながらも、ノムキナはホムラに今回の様な考えに至るようになった最大の理由を告げた。


「ホムラさんたちが女の人の姿なのって恭也さんがそう決めたからなんですよね?」

「ええ、私たちはマスターの思い描いた姿で具現化していますわ」

「それをウルさんから聞いた後で私みなさんに嫉妬しちゃって、恭也さんにどうしてみんなを女の子の姿にしたんですかって聞いてみたんです」


 自分が知らなかった情報を聞かされたホムラは眷属の向こうでわずかながら表情を変え、そんなことを知る由も無いノムキナは話を続けた。


「私にそう聞かれた恭也さんは、慌てた様子で恭也さんのいた世界では精霊みたいな戦う存在を一から作る時は女の子の姿にするのが一般的だったって言ってたんです。でもこれ嘘ですよね?」

「ええ、マスターのいた世界には精霊や悪魔は存在せず、魔法なども無かったと聞いていますからマスターのその発言は嘘ですわね」

「嘘をつくってことは恭也さん自分のそういう部分隠したいと思ってるってことですよね?それにジュナさんやミーシアさんから聞いた話では偉い人が何人かと結婚することって珍しくないそうですし、そう考えると結婚してるのが私一人だと恭也さんが恥をかくんじゃないかと思って……」


 ノムキナのこの発言を受けてホムラはしばらく考え込んだ。

 基本的に人間を主とその他としか認識していない魔神にとって、主の配偶者とは主の所有物といった認識だ。


 これは自分たち魔神も含めて主の所有物と考えている魔神特有の考えで、そのためウルやランはもちろんホムラも恭也が誰と結婚しようが口を出すつもりは無かった。

 それは恭也が決めることだからだ。


 しかし言われてみればそこらの王が複数の女を妻にしているのに、恭也に妻が一人しかいないというのは外聞が悪いかも知れない。

 ノムキナに指摘されるまでそのことに考えが至らなかったことにホムラは恥じ入り、それと同時にやはり人間の視点から意見を出してくれるノムキナの存在は必要不可欠だと再認識した。

 しかしホムラには一つ懸念があった。


「しかしマスターはノムキナ様以外の方と結婚することに反対するかも知れませんわよ?確かマスターのいた世界では身分に関わらず一夫多妻は一般的ではなかったはずですもの」


 思い出してみれば恭也はロップを始め何人かの女を前にした時に動揺し、娼館の近くを通った時もホムラたちの存在を気にしていた。

 そのためホムラはノムキナの意見に反対する気は無かったが、あくまでも恭也の意見が最優先だった。

 そう考えていたホムラにノムキナは自分の考えを伝えた。


「もちろんこの話を恭也さんにしたら、最初は恭也さんも驚くと思います。でも恭也さん人の命がかかってない時は結構押しに弱いので、こっちで話を進めれば最終的には喜んでくれると思いますよ?それに恭也さん放っておくと空いた時間は全部人助けに使いかねないので、人助け以外のことは私たちから動かないと恭也さん一生人助けだけして終わっちゃいそうですし」

「分かりましたわ。特に反対する理由もありませんもの」


 ノムキナにとって魔神たちのまとめ役であるホムラの同意を得ることができ、ノムキナはほっとした。


「ありがとうございます。恭也さんはウォース大陸で水の精霊魔法を使う人に苦戦したって言ってましたし、これから先もっと大変な思いをすると思うんです。もちろんホムラさんたちがいれば大丈夫だとは思いますけど、それでも恭也さんの近くに信頼できる人がもっといればと思って……。だから今回のことはきっと実現したいと思います」

「あら、それは初耳ですわね」


 恭也がエイカについてノムキナに話したのはあくまでエイカの境遇が恭也にとって印象深かったからだ。

 話の流れでノムキナには恭也が氷漬けにされたことも話したが、それ自体は恭也にとって別に脅威でも何でもなかったので恭也はこの件はホムラには話さなかった。


 そのためホムラは小手調べ程度とはいえ恭也の能力に耐えて反撃できる精霊魔法の使い手の話をこの場で初めて聞き、エイカに少しばかり興味を持った。

 しかしこの件はこれ以上話題にする程のことではなかったので、ホムラはノムキナとの話を進めた。


「まずはフーリン様とミーシア様の気持ちを確認しなくてはなりませんわね」

「はい。フーリンさんにはここを離れる時に手紙を渡すつもりで、ミーシアさんには明日にでも聞いてみます。二人が賛成してくれても、恭也さんがディアンとかいう人と決着をつけるまで具体的な話は無理でしょうけど……」

「そうですわね。ノムキナ様は不快に思うかも知れませんけれど、今マスターをディアンという男に関すること以外でわずらわせたくはありませんわ」

「いえ、当然のことだと思います。恭也さんに何かあったら元も子もないですから。とりあえずこの件は私たち三人だけで進めて、ある程度まとまったらホムラさんに伝えるってことでいいですか?」

「ええ、構いませんわ」


 ホムラも人間の感情の機微までは分からないので、恭也の妻に関することをノムキナに一任できるならそれに越したことはなかった。

 こうしてノムキナにこの件を任せたホムラは、確かに恭也を裏切らないと分かっている存在が恭也の身近に増えるのは有益だなとあくまで利益という点からノムキナの提案について考えていた。


 そしてフーリンがソパスの視察を行った翌日の朝、ノリスへ帰るフーリンたちを見送るためにノムキナは役人数人を伴い恭也の屋敷の前にいた。


「陛下、これを読んでいただけますか?私や陛下はもちろん、ティノリスやソパスにとっても重要なことが書かれています。すぐには決められないかも知れませんけど、気持ちの整理がついたらいつでも連絡を下さい」


 別れ際にノムキナから手紙を差し出されたフーリンは、不思議そうな顔をしながらも手紙を受け取り馬車に乗った。

 その後ノリスへ向けて出発したフーリンたちを見送ったノムキナは、屋敷に帰ると早速仕事の打ち合わせも兼ねてミーシアに連絡を取った。


 自分がソパスを離れている間にそんな話が進んでいるとは露知らず、猿型の悪魔との戦いの後『ミスリア』の影響が消えたのを確認してから恭也はゼキア連邦とタトコナ王国の国境を越えてタトコナ王国に入っていた。


 恭也はタトコナ王国の南側から入国したのだが、ゼキア連邦との国境沿いの街、カーツで聞いた話によるとここからならタトコナ王国の首都、ゼワールより氷漬けになっている異世界人がいる場所の方が近いらしい。


 そのため恭也はまず氷漬けの異世界人を見に行くことにした。

 カーツから道沿いに飛ぶこと数時間、恭也は海沿いの街、ブイオンに到着した。

 恭也がブイオンに到着したのは昼過ぎだったので、恭也は今日中に異世界人をこの目で見ておくことにした。


 今回は本当に異世界人を見るだけで、戦闘はもちろん交渉などもするつもりは恭也には一切無かった。

そのため恭也は物見高い一般人の振りをしながら街で聞いた氷漬けの異世界人がいるという場所へと向かった。


 特に看板などが立っているわけではなかったが、近づくにつれて周囲の温度が下がるのを肌に感じたため恭也は迷わず目的地へとたどり着けた。

 恭也が目的地にたどり着くと、その場には聞いていた通り氷漬けになっていた異世界人と全身が青い天使の姿があった。


 その天使の色から天使が水の魔神であることは恭也にも察しがついたが、何故か水の魔神の姿は氷漬けになっている異世界人と全く同じだった。

 氷漬けになっている天使はどうやら女性のようで、純白の鎧に身を包み氷の中で眠る様に目を閉じていた。


 これまで出会った異世界人が巨人や鬼だったので、別に今回の異世界人が天使だったことには恭也は驚かなかった。

 しかし魔神と氷漬けになっている異世界人の姿が全く同じなことを恭也は不思議に思った。

 そのため恭也は『魔法看破』を使ったのだが、氷漬けの天使も水の魔神も恭也の能力を受け付けなかった。


(どうやってるかは分からないけど、多分あの水の魔神、自分の主の能力を使ってるんだと思う。水の魔神の固有能力なのかな?)


 もちろんガーニスがギズア族にしていた様にあの天使が仲間の魔神に能力の一部を与えているだけの可能性もあったため、恭也のこの発言はただの憶測に過ぎなかった。

 しかし恭也のこの発言は的を得ており、水の魔神は固有能力『主の姿と能力の模倣』で自分の主の能力を行使していた。

 現時点ではこの事実を恭也たちは知る術は無かったが、天使と水の魔神が主従関係と知ってウルとランは驚いた様子だった。


(あいつ、自分の主を凍らせてるのか?)

(……あり得ない)


 恭也の推測を聞いたウルとランは、自分の主を氷漬けにした上にその能力まで使っている水の魔神の行いに衝撃を受けているようだった。

 しかし恭也は二人と違いそれ程驚いてはいなかった。


(別にあの天使が氷漬けにされてるからって、水の魔神が天使を裏切ったとは限らないよ)

(……どういうこと?)


(多分あの天使、大分前に聞いた物を消す能力を持ってる異世界人だと思う。あの天使の能力を知ろうと思ってもガーニスさんの時みたいに僕の能力が弾かれちゃうから多分間違いないと思う)


 恭也の眼の能力が弾かれてしまったのでこれも恭也の推測になってしまうが、おそらくあの天使の能力はガーニスの盾同様自分への敵対行為を自動で消し去るのだろう。

 つまりあの天使が氷漬けになっているのは天使自身の意思によるものの可能性が高い。


 いずれにしろ恭也が見ても何の情報も得られないのなら長居は無用だった。

 水の魔神が封印されていないということはあの天使は死んではおらず、単に冬眠しているような状態なのだろう。

 恭也もこの世界に来てから散々な目に遭ったので、あの天使が全てが嫌になり自分を氷漬けにしたというなら無理矢理起こすつもりは無かった。


 もうこの場に用は無いと判断した恭也は、すぐにこの場を離れようとした。

 しかし水の魔神が突然動き出したかと思うと、迷うことなく恭也目指して飛んできた。

 転移すれば逃げられただろうが、相手に自分が異世界人だとばれてはいないはずだと考えた恭也はとりあえず水の魔神と話すことにした。


「何をしに来たのですか?」

「すいません。トーカから来たんですけど、異世界人が氷漬けになっていると聞いて見に来ただけです。すいません。すぐ消えます」


 そう言うと恭也は、動揺した振りをしながら水の魔神の返事も待たずにその場から急ぎ離れた。

 最近はウルの羽での移動に慣れていたため、久しぶりに全力で走った恭也は息を荒げながらも『魔法看破』で尾行されていないかを確認した。


 仮にあの天使や水の魔神が能力で姿を消していても、『魔法看破』なら能力を使っている何者かが潜んでいるということを知ることができる。

 そのため『魔法看破』で周囲に異常が無いことを知った恭也は、ようやく安心することができた。


(そんなに慌てて逃げなくてもよかっただろ)

(でも魔神に話しかけられたら、普通はあれぐらい慌てるんじゃない?)

(……さすがに大げさだったと思う)


 魔神たちを盗み見ていたところを見つかり慌てて逃げる一般人という先程の演技は、我ながら完璧だと恭也は考えていた。

 しかしウルとランにそろって駄目出しされ、恭也はわずかながら傷ついた。

 とはいえいつまでもここにいてもしかたがないので、恭也はウルの羽を生やして魔導具で姿を消すとその場を飛び立った。

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