視察
恭也がヘクステラ王国とゼキア連邦の国境沿いでヘクステラ王国の拠点を巡っていた頃、ソパスではティノリス皇国女王のフーリンによる視察が行われていた。
多くの兵士に守られた複数の馬車が領主である恭也の屋敷の前に止まり、先頭の馬車から従者二人に先導されてフーリンが降りて来た。
「陛下、今日はお忙しい中お越し下さりありがとうございます」
緊張した面持ちでフーリンにあいさつしたノムキナにフーリンは会釈だけすると、そのまま屋敷へと向かった。
フーリンは用意されていた部屋の上座に案内され、その後ホムラの眷属を従えたノムキナが席に着き視察前の会談が始まった。
型通りのあいさつが終わるとフーリンがソパスの統治やギルドの運営について質問を行い、それにノムキナが答える形で問答は進んだ。
フーリンからの質問はそのほとんどが事前にホムラが用意した想定問答集通りだったため、ノムキナはあらかじめ覚えていた通りに答えればよかった。
そもそも今回ティノリス皇国側は正式な文官は連れて来ていないので、今回の視察はそれ程堅苦しいものではなかった。
しかし途中からフーリンの質問にノムキナ本人に関するものが多くなりノムキナは困惑した。
「ノムキナ様はティノリスの出身ではないと聞きましたけれど、どういった経緯でソパスのギルドの支部長になったのですか?」
想定に無かった質問をされた場合、それが答えてはいけない質問だった時は姿を現しているホムラの眷属とは別に透明になってノムキナの近くに控えていたホムラの眷属がノムキナの肩を触ることになっていた。
今回の質問は答えても問題無いらしいので、ノムキナは恭也との関係を包み隠さずにフーリンに伝えた。
「私はネースに奴隷としてさらわれていたところを恭也さんに助けられて、その後しばらくして付き合うことになりました。恭也さんはギルドの支部長に信頼できる人をと考えていたので、私が支部長をすることになりました」
「……それ程重要な役職を何の経験も無い人間に任せたのですか?」
「はい。仕事自体はホムラさんが助けてくれるので、経験が一切無い私でも何とかやれています。それにもう聞いているかも知れませんけど、ネースのギルドではギルドを悪用する人たちも出たのでまずは恋人である私に任せようと考えたんだと思います」
ノムキナのこの回答を聞き、フーリンはしばらく考え込んだ。
フーリンのこの反応を見たノムキナは以前ミーシアと話している時と同じ感覚に襲われ、フーリン同様考え込んだ。
その後双方の代表が考え込み沈黙が漂う中、先に口を開いたのはフーリンの方だった。
「恭也様は各国で人を助けていると聞いていますが、これからもギルドの支部長は恭也様の知り合いに任せる予定なのですか?」
「いえ、ティノリス以外の国ではそれぞれの国の人に任せています。ただティノリスの場合は恭也さんと色々あったので……」
最後の方は言葉を濁したノムキナにフーリンはある確認をした。
「現在ピッカに新しいギルドの支部を作る準備が進んでいるそうですが、もしノリスにギルドの支部を作ることになったら支部長はこちらで決めていいのですか?」
「はい。もしティノリスの全ての街にギルドを作ることになったら支部長はそれぞれの街の人に頼むつもりですし、その内ソパスの支部長も別の人に任せるつもりです」
フーリンの質問に答えたノムキナは、あることを確認するためにフーリンに質問をした。
「今ホムラさんが行っている死体の捜索ですけど、他の街に影響はありませんか?」
「ノリスもそうですけどハデクに近い街では騒ぎにはなっているようですね。すみません。私はあまり詳しくは知らないんです……」
「いえ、大丈夫です。陛下の耳に入る程の騒ぎにはなっていないということなので安心しましたから」
自分の国の国民が今も迷惑をかけている上にそれに対して慰めの声をかけられ、相手が年上とはいえフーリンは情けない気持ちになった。
「お気遣いいただきありがとうございます。もちろんノリスの調査が行われる時はこちらとしては全面的に協力したいと思っています」
「はい。その時はよろしくお願いします。数日前に恭也さんが帰って来た時に二人で話したんですけど、その時も恭也さんは少しでも早く被害者たちを助けたいと言っていましたので私も支部長としてはもちろん恋人としても一日でも早く解決したいと思っています」
ノムキナにこう言われたフーリンはティノリス皇国側の不始末を謝罪してきたが、先程の謝罪の時よりもフーリンの表情が曇っているようにノムキナには見えた。
そうしたフーリンの様子を見て、ノムキナは自分の感じたことに確信を持った。
このことについてはしばらく一人で考えた後でホムラとも相談しないといけない。
そう考えたノムキナは、とりあえず予定通りフーリンにソパスを案内することにした。
今日これからフーリンはソパスの街を視察し、その後ギルドの見学をした後で刑務所で母親のオルガナと会う予定だった。
二人の間で話題も出尽くしたため、ノムキナとフーリンはそれぞれホムラの眷属と従者を伴い街へと向かった。
ノムキナもソパスの内情はそれなりに知っているが、土地勘はあまり無い。
そのため役人の一人を案内につけてノムキナたちは街の中を歩き出した。
今日フーリンがソパスを訪れることは数日前からソパスの住民たちに伝えてあったが、特に交通制限などはしていない。
普段通りのソパスを見たいというフーリンの要望にノムキナが応えたということもあったが、ノリスからソパスまでの道中はともかくソパスにいる間は来賓の警備は透明になり控えているホムラの眷属により万全だったからだ。
そのため表面上は特別な警備はしておらず、住民たちにはフーリンたちに近づいた者は問答無用で身柄を拘束するとだけ伝えてあった。
「あれは悪魔ですか?」
驚いた様子で空を見上げるフーリンにつられる形で他の者も空を見上げ、その後ノムキナがフーリンが見た飛行物体の説明をした。
「あれは元四天将のヘーキッサさんが所長をしている研究所で創られた悪魔で、今は実験も兼ねてソパスとギズア族の居住区や近くの村の間で荷物の運送を行っているんです」
「もうそこまで研究が進んでいるんですか……」
当然の様に悪魔を日常生活で使役していると言われ、フーリンはもちろん後ろに控えていた従者二人も言葉を失っていた。
「はい。私も報告書を読んでいるだけなので詳しいことは分かりませんけど、もう少ししたら研究所や街以外でも使えるようにする予定らしいです」
当初は人型の悪魔を開発していたのだが、大量の荷物の運搬やウルと融合していない恭也が戦闘で使うことを考慮して体長五メートル程のエイのような形になった。
この悪魔は単純な大きさなら中級悪魔を優に超えるが、あくまで荷物の運搬・移動用なので戦闘力は皆無に等しい。
もちろん突撃すれば人間数人ならたやすく吹き飛ばせる程度の力はあるが、二千の魔力を消費して二時間使役できるこの悪魔を対人戦闘に使うのは魔力の無駄遣いと言えた。
既に安定性という意味では問題は無く、問題と言えば単独で二千の魔力を用意できる人物かまだ数が少ない上に巨大な専用魔導具のどちらかが召還に必要なことぐらいだった。
他にもホムラの眷属の協力を得て狩りを行っているギルドや市民の教育に力を入れているソパスの試みを視察し、フーリンはため息をついた。
恭也が領主をしている時点でソパスが軍事力という点で優れていることはフーリンも予想していたが、人材育成や周囲との流通にまで力を入れているとは思っていなかった。
またフーリンがこれまで何度か見たことがあったホムラの眷属とは違う赤く巨大な存在が荷物を手に街中を闊歩しているのを見て、あんな存在が街中にいれば治安がよくなるのも当然だとフーリンは納得した。
ソパスは治安はもちろん恭也の指示で医療体制も充実しており、ティノリス皇国に限って言えば恭也の能力の行使を抜きにしても一番住みよい街だろう。
実際周囲の街からの移住希望者が多く、ソパスの方で移住希望者を制限しているとフーリンは聞いていた。
ギルドの支部の設置さえ受け入れれば、ソパス程迅速とはいかないまでも今日フーリンが見た数々の技術や制度を他の街も利用できるようになる。
ギルドの支部を受け入れる意思を示す領主が多いのも納得で、ティノリス皇国の大臣たちを束ねているミゼクが緩やかに侵略されている様なものだと嘆いている姿をフーリンは何度か見ていた。
もっとも住民たちに新たな考えや技術を与える恭也の施策は、住民たちがその結果反旗を翻しても問題無く制圧できるだけの恭也の力が前提のものだともミゼクは口にしていた。
ソパス各所の視察を終えたフーリンはノムキナの案内で刑務所に向かい、母親のオルガナとの面会を行った。
といっても恭也が作った刑務所は囚人たちを土の壁で閉じ込めているだけなので面会用の部屋など無い。
そのためオルガナが外に出てくる形で面会は行われ、それをノムキナはホムラの眷属と共に離れて見ていた。
そんな中眷属越しにホムラがノムキナに話しかけてきた。
「ノムキナ様、どうして先程私が行っている死体の捜索が他の街に影響を与えているかをわざわざフーリン様に聞きましたの?他の街ですでに死体を処分しようとする人間が出ていることは報告していましたわよね?」
「はい。別にフーリンさんがそのことを知っているかが知りたかったわけじゃなくて、フーリンさんの反応が見たかったんです」
「どういうことですの?」
要領を得ないノムキナの発言を聞き、ホムラは珍しく不思議そうにしていた。
「少し長くなるので詳しい話は後でします。私もホムラさんの意見を聞きたいと思ってましたから」
ノムキナにこう言われてはホムラとしてはこの場は引き下がるしかなく、そのまま二人はフーリンたちの話が終わるのを待った。
その後フーリンたちを今夜の宿へと案内した後、ノムキナはホムラの眷属と共にノムキナの部屋へと向かった。
「早速ですけれど、先程の話を詳しく教えて下さいまし」
ノムキナの意見は今ではホムラも参考にしており、案件によっては早急に対応する必要があった。そのためホムラは少し焦り気味でノムキナに話を急かしたのだが、そんなホムラの態度に特に気分を害した様子も見せずにノムキナは話を始めた。
「最近ギルドの件でミーシアさんと話すことが多くて、少しは仕事以外のことも話す様になったんですけど多分ミーシアさんって恭也さんのこと好きだと思うんです」
「……はあ」
ノムキナの発言について様々な可能性を考えていたホムラだったが、全く予想もしていなかった話題を出されてホムラは思わず気の無い返事をしてしまった。
そんなホムラを前にノムキナは話を続けた。
「最近ずっと恭也さんのために何かしたいと考えてたんですけど、さっきのフーリンさんの態度を見て決めました。もちろんミーシアさんとフーリンさんの気持ちを確認してからになりますけど、私たち三人で恭也さんのお嫁さんになりたいと思います」
「ミーシア様はともかく、フーリン様もですの?」
「はい。さっき話した感じだと多分間違い無いと思います。もちろん後でちゃんと確認はしますけど」
ノムキナの考えを聞き、ようやく落ち着いたホムラは初めに頭に浮んだ疑問をノムキナにぶつけた。
「ノムキナ様はそれでよろしいんですの?」
ホムラとしては別に恭也の恋人、もっと言えば妻が何人増えようと構わない。
しかしホムラはウルやランがいることで恭也にとっての自分の重要度が低くなっていることを感じており、特に単独行動を取ることが多い最近は小さくない疎外感を味わっていた。
もちろん恭也がホムラをぞんざいに扱っているというわけではなく、重要度が下がったといってもあくまでも相対的な話だ。
自分以外の魔神が仲間にいることで主である恭也ができることの幅は確実に広がった。
また恭也と離れているとはいえ昼夜問わず恭也の命令を遂行していることには達成感もあり、ホムラも別に今の状況に不満があるわけではない。
しかし常に恭也と一緒にいたいというのもホムラの偽りない気持ちだった。