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模擬戦

 ザウゼンとその部下の大臣たち、そして恭也とミーシアが宿から少し歩いたところにある広場に移動すると、宿にいた兵士たちもぞろぞろとついてきた。彼らはザウゼンたちの後ろに控え、数メートルの距離を取り対峙する恭也とミーシアを見ていた。


「さてと、それじゃ始めましょうか」

「はい。お言葉に甘えて殺すつもりでやります。アタエ様も本気で来てください」


 ミーシアはそう言うと剣を抜き、それに合わせて恭也も足元から剣を拾う。他にも槍や斧などの武器が五十本は地面に転がっていた。

 これは戦う前に兵士たちから『物質転移』で『借りた』ものだ。この戦いの前に恭也はネースで手に入れた首輪を破壊しており、それを補うためのものだった。


 もちろん武器をいきなり奪われた兵士たちは慌てたが、恭也が後で返すと言いザウゼンが構わないと言うと引き下がった。

 戦いは十分の一本勝負で恭也側には特に敗北条件は無い。


 しかしミーシアには十秒間動きを止めたら負けという条件が課されている。

これはミーシアを殺すわけにもいかないという恭也からの提案によるものだ。

 ザウゼンの横で砂時計がひっくり返されたのが戦いの始まりの合図となった。


 戦いが始まってすぐに、ミーシアは中級悪魔を二体召還すると自身は上空へと逃げた。

 ずるいと思った恭也だったが、この状況なら誰でもそうするだろうと思い口にはしなかった。

 二体の中級悪魔が同時に恭也に近づいてきた。


 恭也は向かって右側の中級悪魔に狙いを定めると思い切り剣で切りつけた。恭也の剣が中級悪魔の胴体に届く前に中級悪魔の拳が恭也の胴体にめり込んだ。

 しかし恭也の『物理攻撃無効』はダメージを受けないだけでなく吹き飛ばされることも防ぐため、恭也は中級悪魔の攻撃には一切注意を払わずに攻撃に集中した。

 木材をカッターナイフで切りつけた程度の傷しかつかなかったが、それでも恭也は何度も剣を振るった。


 ちなみにもう一体の中級悪魔は、恭也が頭上に転移させた武器の雨を防ぐので精いっぱいの様子だった。

 この武器の雨は武器の落下と転移を何度も繰り返した結果で、これを使ったと同時に戦っているミーシアはもちろん、ザウゼンと周囲の部下たちも頭上を警戒し始めた。


「武器一つ一つの威力は大したことがありません!気にせずにその男を攻撃しなさい!」


 召還主のミーシアの命を受け、武器の雨に降り注がれていた中級悪魔が降り注ぐ武器に全身を切り刻まれながら恭也に近づいてきた。

 その結果武器の雨が降り注ぐ中、恭也と中級悪魔二体が接近戦をする結果となった。


 また中級悪魔に指示を出されては面倒なので、ミーシアの頭上に武器を十本程転移させながら恭也は悪魔たちと戦った。

 以前戦った中級悪魔は戦いの途中で接近戦と魔法を織り交ぜるという戦法を取ってきたのだが、今回ミーシアが召還した中級悪魔はそういったことはしてこなかった。


 これは召還された中級悪魔は野生の悪魔と違い思考能力を持たず、主に命令されない限りは戦術らしいものは使わないことが理由だ。

 また中級悪魔の放った魔法が外れた場合、ザウゼンたちに被害が及ぶ位置で恭也が戦っていたのも大きかった。

 戦いは膠着状態に入っていた。


「このままでは十分持ちこたえられてしまいますね」


 恭也が転移させた武器を警戒して適当に飛び回りながら恭也と中級悪魔の戦いを見ていたミーシアは焦りを覚え始めていた。

 ミーシアとしても恭也の死んでも蘇るという能力は警戒しており、それに関しては間髪入れず殺し続けるという形で対応するつもりだった。


 しかしそもそも殺せないという状況は想定していなかった。

 ザウゼンからは恭也の手の内を探るのが目的なのでミーシアが殺されることだけは避けるようにと言われていた。

 しかし恭也を一度も殺せないというのはミーシアの誇りが許さなかった。


 誰からも白い目で見られ、殺されそうになったことも数えきれないという幼少時代を送った。

 そんなミーシアを拾ってくれたのがザウゼンで、ザウゼンはミーシアに名前と居場所をくれた。

 もちろん異世界人の血を引いているミーシアが欲しかったという側面もあっただろうが、それだけなら自分の側近たちの反対を押し切ってまでミーシアを騎士団の幹部に推してはくれなかったはずだ。


 今までザウゼンから受けた恩を返すためにこの忌まわしい体を使う。

 それだけを考えてミーシアは生きてきた。

 これ以上ザウゼンの前で醜態を晒すわけにはいかない。


 そう考えたミーシアはミーシア専用の魔導具『サイアード』を発動した。

 この剣型の魔導具『サイアード』は風の刃を発生させる魔導具で、振り方により強力な一本の風の刃か二百本の小型の刃を打ち出すことができる。


 一発撃つだけで中級悪魔召還と同じだけの魔力を消費するのでそう何度もは撃てないが、あの隙だらけの異世界人を斬り裂くだけなら十分だ。

 中級悪魔とは戦闘用の魔導具を装備した兵士数人がかりでようやく勝てる相手だ。


 それなのにあの忌々しい異世界人は、それら二体を相手にただの剣で戦うという非常識ぶりを見せつけていた。

 しかも互角に戦っているように見えるが、中級悪魔の片方はもうすぐ左腕が斬り落とされそうだった。


 その一方で異世界人の方は無傷で服すら破けていない。

 このまま放っておいても間違いなくあの異世界人が死ぬことはないだろう。

 そう考えたミーシアは、『サイアード』を使うべき瞬間を見計らった。


 先程から異世界人は時々牽制とばかりにミーシアの頭上に武器を出現させると、その後しばらくはミーシアから注意を外して中級悪魔たちとの戦いに集中していた。

 つまり武器が頭上に現れた直後が攻撃の最大の好機。

 そう考えたミーシアは今か今かと武器が現れるのを待った。


 そして異世界人が中級悪魔の左腕を斬り落とした次の瞬間、もはやただの作業といった感じで、

異世界人がミーシアの頭上に武器を出現させた。

 すでに何度も行っていることなので多少はおざなりになるのもしかたがなかった。


 しかしそのおざなりな攻撃により、ミーシアはすでに顔や翼だけでなく体にも傷を負っていた。

 異世界人の転移させる武器は何の前触れも無く現れるため、常時警戒する以外対処法が無いミーシアは常に緊張を強いられていた。


 それでも完全には回避できずにミーシアは傷を増やしていったが、その攻撃を行っている当の異世界人は明らかにミーシアを警戒していなかった。

 この扱いに大恩あるザウゼンに報いるべく日々訓練に励んできたミーシアの誇りはぼろぼろだった。


 そしてついにミーシアの中でくすぶっていた感情が解き放たれた。

 ミーシアが『サイアード』を大きく振ると十メートル程の風の刃が放たれ、武器の転移の直後で完全にミーシアから注意を外していた憎らしい異世界人の背中に直撃した。


 本来個人を相手に使うような技ではないので、攻撃の大半が無駄になってしまった。

 しかしミーシアの『サイアード』なら異世界人にも傷を負わせることが、うまくいけば殺せるかもしれない。


 そう考えていたミーシアだったが、異世界人と中級悪魔を上空から見下ろすミーシアの目に信じられない光景が飛び込んできた。

 間違いなく『サイアード』の直撃を食らった異世界人が無傷で立っていたのだ。


「そんな馬鹿な…。蘇るどころか殺せもしないなんて…」

 予想外の事態にミーシアは愕然とした。


 ミーシアはセザキアの首都、オキウスで恭也を捕えようとした衛兵たちから事前に話を聞いていた。

 彼らの話によると、恭也は首輪の効果を彼らに説明するために死んで見せたらしい。

 その際一度異世界人の体が消え、再び現れたと聞いている。

 しかし今回は異世界人の姿は消えず、ミーシアの攻撃はただ巻き込んだ中級悪魔二体を消滅させただけだった。


「まさか本当に物理攻撃も魔法も効かないとは…」


 戦いの前に異世界人本人から自分には武器も魔法も効かないとは聞かされていた。

 しかしこうして目の当たりにすると理不尽としか言えなかった。

 しかし驚いてばかりもいられない。


 ミーシアは殺すつもりでやっているとはいえ、今回の戦いでのセザキア側の目的はあくまで新しく現れた異世界人の手の内を探ることだ。

 中級悪魔を新たに召還しなければ『サイアード』は後七発撃てる。


『サイアード』による一撃をまともに受けて何事も無かったかのように立っている異世界人を見る限り、残念ながらこの場での勝利は難しいだろう。余力も考えると後『サイアード』を三発だけ撃って異世界人の力を探るというのが現実的だった。

 そう考えたミーシアは新たに召還した中級悪魔二体に新たな指示を出した。


「ちょっ、待って。何あれ?」


 恭也の『物理攻撃無効』と『魔法攻撃無効』にミーシアが驚きといら立ちを覚えていた一方、恭也も驚いていた。

 中級悪魔たちと戦っている最中に背中に何らかの攻撃を受けたと思ったら、その一撃で今回の戦いで今まで消費した魔力と同じぐらいの魔力を消費したからだ。


 今回の戦いが始まってから中級悪魔たちの打撃を数えきれない程無効にし、決して少なくない魔力を恭也は消費していた。

 しかし以前の中級悪魔との戦いと今回の戦いで恭也は中級悪魔の打撃を無効にするだけなら、慌てる程の魔力を消費しないことに気がついていた。


 もちろん人間を相手にする場合に比べたら膨大な魔力を消費しており、そのため一度目は恭也も驚いた。

 しかし二度目ともなると自分の中で消費されている魔力の量を大雑把にだが把握する余裕があり、恭也もそれ程慌てることはなかった。


 今の魔力の消費量を考えると中級悪魔二体が相手なら十分間殴られ続けても恭也の魔力の十分の一も消費しないだろう。

 そう考えて中級悪魔相手に剣の訓練をするぐらいの気持ちでいた恭也だ。


 ミーシアによる謎の攻撃の威力の高さに驚いた。

 今回の戦いで恭也が中級悪魔との戦いと武器の転移で消費した魔力を数字で表すと七百程になる。

 そんな中、ミーシアによる攻撃は恭也の魔力を一撃で五百も消費させた。

 恭也が警戒するのも無理は無かった。


「やっぱ犯罪組織と違って正式な兵士は強力な武器持ってるんだなー。一人で何個もずるくない?」


 自分のことは棚に上げ、恭也は誰に言うでもなく文句を口にした。

 所詮は模擬戦なので自分が戦っている少女もそれ程積極的に攻撃してこないのだろう。

 そう考えていた恭也だったが、相手にその気がなくても先程の攻撃を連発されると恭也は死んでしまう。

 能力が使えなくなった恭也など、おそらく素手のミーシアにも負けるだろう。


「やれやれ、ネースでは魔導具持った相手には気をつけないとなー」


 そう口にした恭也は、そろそろ十分経つだろうと思い気を抜いていた。

 そのためミーシアに気を向けていたこともあり、恭也は新たに召還された中級悪魔二体にあっさり腕をつかまれた。


「えっ?」


 恭也が気づいた時には手遅れで、恭也は左右の腕をそれぞれ中級悪魔たちにつかまれて身動きを封じられていた。

 どれだけ強力な攻撃でも恭也は二種類の無効化で防げるが、今受けているのは攻撃ではなく束縛だ。

 気をつけていたのにと後悔していた恭也の前にミーシアが降り立った。


「なるほど、攻撃は効かなくても取り押さえるのは可能なんですね」


 観察するようにそう告げるミーシアに恭也は焦りを覚えた。

 確かに今の恭也は力ずくで押さえつけられた場合、それを振り払うことができない。

 中級悪魔どころか一般的な成人男性が五人もいれば恭也を取り押さえることは容易だろう。

 その場合何とか死んで『即時復活』を使わずに蘇れば自由になることは可能だ。

 しかしこの逃げ方は切り札の一つなので、できれば使いたくなかった。


「はい。僕の能力はあくまで攻撃を無効にするだけですから。ところでそろそろ十分経つんじゃありませんか?」


 もしかしたらこのまま解放されずに兵士たちが駆け寄ってくるのではと心配した恭也だったが、それは杞憂だった。


「おそらく倒されるだろうと思っていたのですが、先程の中級悪魔も倒せませんでしたし本当に攻撃用の能力を持っていないんですね」

「それに関しては僕も困ってます。まあ、これだけの能力もらっておいて文句言うのも変ですけど」


 自分の元いた世界での生活を犠牲にしているのでただでもらったとまでは言う気は恭也には無かった。

 しかし便利だと思っているのも事実なので、このような言い方になってしまった。


「あなたのおっしゃる通りもうすぐ十分経つと思います。その前にもう一度私の『サイアード』を受けてみて下さい。一応私の切り札なので受けて無傷は困ります」


 そう言うと恭也の前でミーシアは剣を構えた。

 状況から察するに『サイアード』とはあの剣の魔導具の名前だろう。

 受けるも何も、動きを封じられている以上恭也に選択肢は無いのだが、恭也がそれを言う暇も無くミーシアは、『サイアード』による風の刃を二発放ってきた。


 今度は不意打ちではなかったため恭也は『魔法障壁』を発動したのだが、ミーシアの放った風の刃は恭也の障壁をたやすく斬り裂いた。

 恭也の『魔力障壁』は『魔法攻撃無効』と違い消費魔力も強度も一定だ。


 そのためこの世界において最高峰と言える『サイアード』の前には無力だった。

 両腕をつかまれた無防備な状態で『サイアード』の攻撃二発を胴体に叩き込まれた恭也だったが、これ自体は『魔法攻撃無効』で難なく無効にした。

 そのそばでは攻撃に巻き込まれた二体の中級悪魔が姿を消し、その直後ザウゼンの側に控えていた男が試合の終わりを告げた。


「やはり効きませんか」


 自分の攻撃をまともに受けて無傷の恭也を前に試合が終わった後もミーシアはしばらく動かなかった。

 しかしいつまでもそうしていられないので今まで戦っていた恭也の近くに降り立った。

 先程のつぶやきはその時に無意識に口をついて出たものだったのだが、それに恭也が反応した。


「いや、無効にするのにかなり魔力消費しましたし、これ以上戦うと魔力切れで負けそうです」


 別にミーシアを慰める義理は無かったのだが、自分が原因で同年代の女子が落ち込んでいるという状況に、恭也は思わず正直な感想を伝えた。

 それを聞いたミーシアは、言葉を選びながら自分の考えを伝えた。


「…そうですか。確かにここで私がこの場の兵たちを協力すればあなたを倒すことはできるかもしれません。しかし兵たちの被害も大きくなるでしょうし、そもそもあなたと敵対する必要もありません。これからもよい協力関係を築ければと思っています」


 このミーシアの発言は完全に嘘だ。


 中級悪魔四体の召還と『サイアード』を三回使用したことでミーシアは魔力の七割を消費していた。

 まだ味方とは言えない恭也の手前隠してはいるが、一気に魔力を消費したことで息もあがっている。

 しかしミーシアの見る限り、恭也にはまるで疲れた様子は見られなかった。もしかしたら魔力の十分の一も消費していないかもしれない。


 以前の異世界人がセザキアに現れた際には大軍を動員して陽動に使った上での不意打ちで殺すことに成功した。

 しかし死なないことに特化した今回の異世界人にはこの方法は通用しないだろう。


 魔力切れを狙おうにも、今回戦った感じではそれすら難しそうだ。

 幸い新たな異世界人は今のところ友好的な様子を見せているので、できればこのままの関係を維持したいところだ。

 自分の攻撃が全く通用しなかったという屈辱と自分と比較してもはるかに多い魔力を持つ異世界人への恐怖。

 この二つを隠しながら恭也と話すミーシアに対し、それに気づく由も無い恭也は素直に自分の考えを告げた。


「そうですね。誰も死なずに物事を解決できればそれが一番ですから。…いや、本当に」


 何かを思い出したようにそう言う恭也を見て、疑問を浮かべたミーシアだったがこれ以上ザウゼンを待たせるわけにはいかなかった。

 恭也と共にミーシアはザウゼンたちのもとへと向かおうとした。

 しかしその前に恭也がミーシアを呼び止めた。


「すいません。ちょっといいですか?」


 怪訝そうにしながらもミーシアは足を止め、恭也の方を振り向いた。

 恭也はミーシアと近くで話し、ミーシアが体中に小さな切り傷を作っていることに気づいた。

 そして今まで同様、できて当然と考えながらミーシアに能力を発動した。

 するとミーシアの体が淡い光に包まれると同時に、体中の傷がみるみる癒えていった。


「こんなこともできたのですね」


 わずかながら驚いた様子のミーシアだったが、能力を使った恭也自身も驚いていた。


「僕も今知りました。今までけが人が近くにいなかったもので」

「なるほど。勝手に能力が増えるというのも大変ですね」


 今度こそザウゼンのもとに歩き始めたミーシアの後を追いながら恭也は、先程使ったばかりの『治癒』について考えた。

 小さな切り傷を作りこの『治癒』を自分に使ってみたのだが、能力は発動しなかった。


 悪魔に殴られていた最中に他人を癒やす能力などに目覚めるだろうか。

 能力の説明書が欲しい。

 この世界に来てから何度思った分かないことを恭也は頭に浮かべた。

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