紙の製造
次の日
炊き出しに並んだ貧民や流民たちの前に、メガネをした陰険そうな少年がたつ。彼は特に北の炎竜の国から流れてきた流民たちに注目していた
(『鑑定』開始。えっと……奴らの元の職業は……。『大工』『職人』その他か。やはり商工業者が多いな)
北の国では戦争に加えて寒波による飢饉の影響により、経済破綻した職人が多くヴァルハラ領に流れてきている。ここに来るまでに持っていた金を使い切ってしまったので、王都までいけずに足止めされている者もおおかった。
「よし。奴らに声をかけて」
サクセスは他の者たちに気づかれないよう、彼らが食べ物をもらって列を離れた時に声をかける。
「少し話があるんだが、いいか?頼みたい仕事があるんだが」
「仕事?」
それを聞いて、安易な乞食生活に慣れきっていた彼らの目に少し光が戻る。
「そうだ。俺はヴァルハラ領家宰ゴールドマンだ。お前たちの中から従業員を募集したい」
「従業員って……俺たちみたいなよそ者に、そんなうまい話があるわけない」
従業員と聞いて少し興味を示したものの、ここにくるまで散々苦渋をなめてきた彼らは信じなかった。
「それに、今のままでも食べることぐらいはできるし……」
そんな彼らに、サクセスは脅しをかける。
「お前たち、哀れだな。いつまでも飯を恵んでもらえるとでも思っているのか?」
「えっ?」
それを聞いた流民たちは真っ青になる。
「ヴァルハラ家の聖女がいくら心優しいといっても限界はある。お前たちみたいな無駄飯ぐらいにいつまでも施しが与えれるとおもっているのか?見捨てられたらどうする気なんだ。暴動でも起こすのか?」
「……」
そういわれて、流民たちは目をそらす。
「仮にそうした時、恩を仇で返そうとするお前たちに町の人間が味方するわけがない。すぐに鎮圧されて追放されるぞ。町を追い出されたら、餓死するか魔物の餌になるかだな」
それを聞いた流民たちは、ガタガタと震えだした。
「今なら俺が雇ってやる。正当な仕事をするなら生活の面倒を見てやる。よく考えろ」
「……わかりました。なんでもします」
こうして、技術を持つ職人たちはサクセスの下に集まるのだった。
ヴァルハラ家 執務室
「レーテ川沿いに技術村を作ったぞ。そこでできたサンプルがこれだ」
サクセスが差し出したのは、茶色の薄い紙だった。
「え?これって魔皮紙じゃないよね。手触りが違うわ」
この世界では、ハンターが狩った魔物の皮を乾燥させてつくった紙が使われている。当然ながら高価で、貴族や富裕な商人しか使うことができなかった。
「原料は『樹草』と『木』だ」
「え?樹からどうやって作ったの?」
エリザベスは目を丸くしている。
「今から視察に行くが、お前も来るか?」
「うん」
こうして、二人は新たにできた村に赴く。ヴァルハラ町の東レーテ川に沿って作られた村では、何台もの水車が稼動していた。
「これはお坊ちゃま。ご領主様。ようこそいらっしゃいました」
ほっそりとしたエルフの男性が、笑顔で迎えてくる。
「村長、紙作りは順調みたいだな」
「おかげさまで。やりがいのある仕事を与えてくださいましたお坊ちゃまに感謝いたします」
村長はそういって、深く頭を下げた。
村では多くの男女が働いている。彼らはせっせと周囲の樹草を刈り取り、水車がある小屋に運んでいた。
「どうやって紙を作っているの?」
「まず、刈り取った樹草や木屑を細かく砕く」
小屋の中では、重そうな石でできた杵が水車の動きに連動して上下している。それによって砕かれた木片は、その下に設置させている臼に自動で落ちるようになっており、製粉されていた。
「この木や草でできた細かいチップを『パルプ』という。これを捕まえてきた糊スライムと一緒に大釜で煮る」
大量の木片とスライムが茹でられると、やがて茶色の柔らかい塊ができた。
そうしてできた塊を、四角い枠に入れて形を整え、水車に連動しているベルトコンベアーに乗せる。その先には回転する石製のローラーがいくつも並んでおり、その間を通り抜けることでどんどん薄くなっていった。
「あとは、太陽の光で乾かせば完成だ」
流れ作業で仕事をしているので、効率よく大量に紙を作ることができていた。
「すごいすごい。早速商人を呼んで売りましょう」
そう喜ぶエリザベスの脳天に、サクセスはチョップを食らわせた。
「いたっ!」
「馬鹿かお前は。根回しもせずにそんな事したら、欲深い商人たちに技術を盗まれるぞ。最悪、国の高官に賄賂を送られて、形だけ昇進の名目で領地替えを命じられるかも知れんぞ。能天気もいい加減にしろ」
「うう……いたい……」
エリザベスは涙目でにらむが、サクセスは平然としている。
「それじゃ、どうするの?」
「商人に紙を卸すのは、強力なケツもちを手に入れてからだ。いいか、お前にも協力してもらうからな。駄聖女」
「ふええん」
エリザベスは涙目になりながらも、しぶしぶ協力を約束するのだった。