内政開始
「ひどいなこりゃ。完全に赤字だ。帳簿のつけ方もめちゃくちゃだし」
「てへっ」
ヴァルハラ家の帳簿を確認したサクセスは絶望する。その前でエリザベスはペロッと舌を出していた。
「てへっじゃない。どうしてこうなったんだ」
「お、お父様が悪いんだもん。領主に必要なのは金勘定じゃなくて魔法だって。我が家の先祖、勇者さまに仕えた聖女セーラ様みたいに人々を癒し続けなさいって」
エリザベスは誇らしげに胸を張る。確かに彼女は可憐な美少女、しかも聖属性の光魔法を使いこなす天才として、領内で絶対の人気を誇っていた。
開き直る彼女の脳天に、サクセスはチョップを食らわせた。
「いたっ!」
「それでうちから借金して、ガバガバの領地経営してりゃ世話はないわ。まったく、いくら聖女だって金を稼がないといきていけないんだぞ。どうするんだ。もうヴァルハラ家には運転資金すらないぞ」
サクセスはエリザベスに説教する。
「仕方ないわ。追加でお金を貸してちょうだい」
しれっと要求する彼女だったが、サクセスは首を振った。
「だが断る」
「なんでよ。あなたはヴァルハラ家の御用商人でしょ!」
サクセスはメガネをクィっとあげて言い放った。
「俺のゴールドマン商会からヴァルハラ家への貸し出しは、金貨10万枚にもなる。しかも利息も払ってもらえてない状態だ」
「そ、そこはさあ、持ちつもたれつということで。そ、そうだ。なら、我が家の家宝『聖女の杖』をあげるから?」
エリザベスがそういうと、サクセスは一枚の紙を出してきた。
「なにこれ?」
「我が家の家宝『鑑定のメガネ』で査定した結果だ。王都のオークションに出品しても、この程度の金にしかならない」
そこには「聖女の杖金貨5000枚」と書かれていた。到底10万枚には足りない。
「なんでよー!」
「魔王が倒されて数百年、平和な時代が続いたせいで、武器など何の価値もなくなっているということだな」
サクセスは冷たく切って捨てた。
「ぐぬぬ……そ、そうだ。なら、我が家の騎士の資格をあげるから。あなたも平民より貴族のほうがいいでしょ?」
「いらん。いまさら地方貴族の陪臣の騎士位なんてなんの価値も特権もない」
彼が言うとおり、今の平和な時代で騎士の立場は弱い。国に直接仕える騎士ですら、兵士に毛が生えたような待遇でこき使われているのである。
まして地方貴族の家臣騎士など、なんちゃって貴族そのものだった。
「し、仕方ないわね。最後の手段よ。私の身をあなたに捧げて……ポッ」
そう顔を赤らめるエリザベスに、サクセスは「鑑定のメガネ」を向けた。
「なになに……『聖女の処●』金貨500枚か。大した金にはならないな」
「ちょっと!何鑑定しているのよ!」
エリザベスが怒ってポカポカと殴ってくる。
「いたいいたい……。いいから、あきらめて領の経営を俺に任せろ。お前にできることはもうないんだよ」
「……はい」
この日、御用商人サクセスはヴァルハラ領家宰の地位に就くことになるのだった。
「さて……まずは何をするにも金が必要だな。税収をあげる必要がある」
「そんなの絶対だめよ!民から重税をしぼりあげるなんて!」
エリザベスが騒ぎ出すので、サクセスは再び脳天にチョップを食らわせた。
「いたっ!」
「馬鹿かお前は。金を持ってない奴らからどうやって重税をしぼりあげるんだ」
彼の言うとおり、ヴァルハラ領の民衆は貧しい。というより、王都から遠く離れて交通の便がよくない上に特産物がないこの土地では、貨幣経済自体があまり浸透していなかった。
庶民の間では、未だに物々交換が交易の大きなウェイトを占めている。金を使える大きな商店はサクセスのゴールドマン商会のみという有様で、町でもあまり金はつかわれてなかった。
当然ながら、他から流れてきた難民が金を持っているわけがない。
「搾取するなら労働力だろ」
そういって、サクセスは黒い笑みを浮かべる。
「ろ、労働力?みんなに何をさせるつもりなの?」
「俺もいろいろ考えて、ようやく金になるものを見つけた。ついてこい」
サクセスにつれられて、町の東を流れるレーテ川に行く。満々と清らかな水をたたえる大河の側には、多くの木が生い茂っていた。
「お金になるものって?」
「これさ」
サクセスは近くに生えている大きな木に手を触れる。少し押しただけで簡単に折れ曲がり、大きな音を立てて倒れた。
「それって『樹草』?そんなものが売れるの?脆すぎて建材としては使えないわよ」
エリザベスの言うことは正しい。川に沿って生えている木は、実は草の一種で、中身が空洞で非常にもろい。少し触っただけで崩れるので、何の役にも立たないものだとされていた。
「そんな脆くてすぐ倒れる木が、どうしてこんなに高くなるか考えたことがあるか?ほら、見てみろ」
サクセスは倒れた木の幹を指差す。中から白いスライムが這い出してきた。
「それって糊スライム?」
「そうだ。こいつらは『樹草』の中に巣をつくり、その体液は糊のように接着効果がある。それが補強するおかげで木が立っていられるというわけさ」
「それは分かったけど、どうするの?」
エリザベスは首をかしげる。
「すぐにわかるさ。転生者の俺を信じろ」
「はあ……またホラ話?」
エリザベスはちょっと呆れた顔になる。昔からサクセスは「俺は前世では日本という進んだ世界に生きていて……」と意味の分からない話をするのだ。そのせいで、生前の領主やサクセスの両親から腫れ物扱いされていた。
まともに相手してくれるのは幼馴染の彼女だけだったのである。
「まあいい。すぐに分かるさ」
「いいわ。とりあえずやってみて」
ちょっと笑って、彼に全権を委ねることにするのだった。