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借金聖女と腹黒御用商人  作者: 大沢 雅紀
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御用商人襲来

エジンバラ王国辺境の地、ヴァルハラ男爵家。

西に大海アトルチスに面し、東に魔の森アンゴモル、そして北に炎竜の国ユグラドルとの国境山岳地帯に囲まれた平地にわずかに存在する村で構成される辺境の貴族家である。

以前は北の国と貿易することで栄えていたが、最近戦争や海上貿易の停滞により商人の往来が途絶え、現在は見る影もなく落ちぶれていた。

そこの御用商人、ゴールドマン商会では、一人の黒い髪の少年が若くして両親の跡を継いでいた。

「まったく。親父はお人よしすぎたんだ。何年も債権を放置していて。こんな状況じゃうちはそのうちつぶれてしまうぞ」

メガネをかけた14才くらいの少年は、手元の書類を見てため息をもらす。それは彼が御用商人を行っている領主、ヴァルハラ家への貸付証書だった。

一応、それは彼が受け継ぐべき「資産」ではあるものの、実際には利息の返済すらおぼつかなくなり放置されているもの-いわゆる「不良債権」だった。

「ただでさえ最近、税収が減っているのに。これは、一度話にしかないといけないな」

メガネの少年はもう一度ため息をつくと、現在の領主がいる場所に向かった。


ヴァルハラ町の中心の教会。今日も慈悲深い領主によって施しが行われていた。

「今からパンを配ります」

質素な服を着たシスターたちが呼びかけると、多くの人間や獣人族がぞろぞろと列に並ぶ。

「美味しそうだ」

老いも若きも列にならび、黒いパンを受け取って食べる。よくみたら、ガリガリに痩せている者など一人もおらず、みな健康的な体をしていた。

「いや、この領は天国じゃ。故郷を追われた俺たちにも施しをくれるとは」

「新しいご領主様は、まさに聖女とよばれるにふさわしいお方じゃ。地主たちに土地を取られた俺たち貧乏人にもこうして施しを与えてくださる」

そう感謝する流民や貧民たち。彼らは北の炎竜の国で起こった大戦争から避難してこの領に流れ着いた者たちや、地主や隣の領主の搾取に耐えかねて逃げ出した者たちだった。

しかし、町の人の彼らを見る目は冷たい。

「俺たちは高い税金払っているのに、やつらは働きもせずに無駄飯を食いやがって」

「エリザベスお嬢様は甘すぎる。だからやつらが増長するのじゃ。なんで俺たちばかり負担を強いられるのだ」

あちこちでそんな囁きがつぶやかれ、町の雰囲気はあまりよくなかった。

メガネの少年はそんな町の様子を見て、危機感に駆られる。

「まずいぞ。このまま放置していたら、不満を持った町の住人が暴発して騒動になるかも」

長く平和な時代が続いたせいで、各地の地主が力を持ち、小作人から土地を取り上げて貧富の格差が拡大するといった事態が起こっている。住む場所を失った小作人たちは都市部に流れ込み、スラムを形成して町の治安を乱していた。

「エリザベスに言わないと。領を統治するには優しさだけじゃだめなんだって」

メガネの少年はそう決意すると、教会に入っていった。


「金貸しサクセス。聖女様になんの御用ですか?」

メガネの少年が入るなり、シスターたちに敵意がこもった視線が投げかけられる。彼女たちは領主を慕ってボランティアで炊き出しに参加した少女たちだった。

「エリザベスに用があるんだ」

「無礼な!たかが御用商人の分際で何様のつもり!」

ヒステリックに怒鳴られるが、サクセスと呼ばれた少年は気にも留めない。

その時、奥から赤い色の髪をした23歳くらいの美しい女騎士が現れた。

「サクセス、エリザベス様はけが人の治療中よ。出直しなさい」

「エレルさん。いつもそういって逃げられているんだ。今日こそは通らせてもらうぞ」

「……ヴァルハラ家に最後に残った家臣として、ここは通せません。いざ、勝負!。『風翔剣』」

女騎士エレルが剣を抜くと、風の魔力がまとわりついて竜巻が巻き起こる。

しかし、サクセスはまったくあわてずに袋から杖のようなものを取り出した。

「なんですか?また変な魔道具ですか?」

「戦ってみればわかるよ。勝負」

サクセスはゆっくりした動きで打ちかかる。エレルは余裕たっぷりに剣で受け止めた。

「ふっ。相変わらず武芸はだめですね。そんな事では我が家の騎士になれませんよ」

「いや、別に俺は騎士になるつもりはないんだけどね。だからこんな卑怯な手も遠慮なく使わせてもらう。それ!」

サクセスがそういったとたん、杖が変形してエレルの剣に絡みついた。

「きゃっ!へ、へび!」

可愛らしい悲鳴を上げて、エレルは剣を投げ捨てる。しかし、蛇となった杖は一瞬早く剣から離れ、彼女に巻きついた。

「いやーーーーー!」

「杖に「変身」の魔法を付与して拘束具にしてみたんだ。「蛇縄杖」という名前にしようと思うんだけど、護身用の武器として売れるかな」

サクセスは胸をそらして威張るが、エレルはそれを聞く余裕もなかった。

「きゃーーーーー!食べられる!犯される!」

「大げさだな。本物の蛇じゃないんだから何もしないよ。それじゃ、また後で」

ぺこりと頭を下げて、奥の部屋に進む。エレルは悔しそうにその姿を見送った。


教会の奥では、清楚なシスター服を着たオレンジ色の髪をした美少女が、足を押さえた若い男の前で杖を掲げていた。

「ハイヒール」

癒しの魔法をかけると、その民の怪我がどんどん治っていく。

「痛くない!いやー、ありがとうございます。ちょっと捻挫しちまって。聖女様のおかげで助かりました」

その若い男は、興奮した様子で少女の手を握る。

「そ、そうですか。お大事に」

「また怪我をしたら来ますんで、よろしく」

男は手を振って元気よく去っていく。その後姿をみながら、少女ーヴァルハラ男爵家当主エリザベスはため息をついた。

「あまり気軽に来られても困るんだけどなぁ」

「お前が無料で治療なんかするからだろ」

そんな声が聞こえてくる。振り向くと、メガネをした少年がたっていた。

「あー忙しい忙しい。今から何人も私の治療を待っている患者さんが来るんだった。そんなわけで、失礼しまーす」

そういって逃げようとするエリザベスの襟元を、サクセスは掴む。

「今日こそ返済について聞かせてもらうぞ」

「し、知らないわよ。私がした借金じゃないし」

そう抵抗するも、サクセスは容赦なかった。

「お前が男爵家を継いだということは、債務も引き継ぐことになるんだ。観念しろ」

「なによ!幼馴染の私にひどいじゃない」

彼女が言うように、二人は幼いころから一緒に育ってきたといっていい幼馴染だった。それというのも、先祖代々ゴールドマン家はヴァルハラ家の御用商人を務めていたからである。両家は長年ヴァルハラ領を支える両輪として強い結びつきを保っていた。

「残念だが、今の俺たちは債権者と多重債務者の関係だ」

「多重債務者……」

それを聞いて、エリザベスはショックを受ける。

「とりあえず、ヴァルハラ家の財務状況を確認させてもらうぞ」

「……はい」

観念したエリザベスは、サクセスを財務室に案内するのだった。

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