ほころび
「おはよう。」
翌朝リビングに降りてきた僕に向かって、母親が声をかける。
僕はだるそうに頷く。
昨夜は青菜の顔がちらついてあまり眠れなかった。
「朝ごはんパンでいい?」
言う前に母親はこちらを見ずに用意をしている。
僕は無視してテレビをにらんだ。
しばらくしていい色に焼かれた食パンがテーブルに出てきた。
僕は無言でサクサクとかぶりつく。
母親は僕の向かいに座り、ケータイを凝視している。
佐々木家での朝は会話らしきものがない。
各々が自分の用意に夢中だからだ。
僕も眠い頭を再起動させるのに力を使っている。
母親はじっとケータイを見つめ、そして僕の方に目を向けた。
僕はテレビを見ていて母親の気配しか感じてなかったので、母親は僕の後ろを見ているのだと思っていた。
「ねぇ。」
母親が声を発した。
僕は前を向いた。
母親は僕のことを見ていた。
「あんた…昨日の夜家にいたよね?」
どきりとした。
昨夜は家にいるように装ったが、実際は出かけていた。
そのことを母親は知らない。
「うん。」
何食わぬ顔で僕は答える。
まだ頭が十分に再起動していなかったことが幸いだった。
「そうよね…。なんか中嶋さんからメールでね、あんたが昨夜出かけてるのを見たって。昨日は満月なんだからそんなことするわけないのにね。」
母親はそう言って僕の顔を見た。
僕は血の気が引いた。
中嶋さんは近所のおばさんだ。
見られていたのだ。
「ほんとにね。」
そうだけ言って、僕はトーストを飲み込んだ。
そして何気無い風を装って
「てかさ、なんで満月を見たらダメなんだろうね。」
と聞いてみた。
母親は
「そりゃ大変なことになるからよ。出かけてるのが知れたら引っ越さなきゃいけないくらいよ。ここではそういう決まりなの。決まりを守れない人は追放。」
のんびり言って、飲んでいたコーヒーを片付けに立った。
僕は、もしかしたら満月を見てはいけない理由は誰も知らないのではと思った。
とりあえず野村の口を塞いで、あとはしらを切るしかないなとぼんやりした頭で考えた。
だがそう甘くはなかった。