第0話「間に合うの!? 焦るパパの想い!」
薄暗い部屋の中で、明るく輝くモニターに向かってキーボードを叩く壮年の男の姿があった。
時刻は9時を回っている。
見る者によっては軽くホラーな光景ながら、まったく動揺を感じさせない声がその背中に掛けられた。
「守屋さん、まだ帰らないんですか? 今日は大事な日じゃなかったんですか?」
「ん? あぁ、テクニアくんか」
振り返った守屋隆は、宙に浮く愛らしい動物人形のような――何も知らない人にとってはこちらの方がはるかにホラーだ――天使テクニアの姿を認めて、照れ隠しのように笑い返した。
「この修正を終えたら帰るよ。今日は、ちよの誕生日だからね」
「早くしないとケーキ屋さんのケーキ、無くなっちゃいますよ?」
「うん、そうだね。早くしないと」
頷いて再び作業に戻った博だったが、10分ほど待っても終わる気配が無い。
しびれを切らしたテクニアは、もう一度催促する。
「守屋さん?」
「わかってる、わかってるから……あとはここだけなんだ。ここがどうにかなれば……」
「気持ちは分かりますけど、今日くらいは明日に仕事を回しても罰は当たらないと思いますよ」
「駄目だよ。早くこれを実用レベルにしないと」
どうにかなる予感がしないテクニアに対して、隆は首を横に振って言った。
「10年前に終わったと思われた悪魔の脅威が、再びこの世界に現れたんだ。かつてひかるちゃんや杏子ちゃん、優姫ちゃんにこころちゃん――魔法少女の皆が味わった苦しみを、二度と味わわないで良いようにしないと」
「……4人もの大悪魔を退けながらも度々命の危機に瀕した彼女たちが、より安全に自分の想いを成し遂げられるようにする。そのためにテックたち A.N.G.E.L.A 技術部が開発した Magical Girls' System(魔法少女システム)、MaGiS……」
テクニアの視線の先にあるガラスケースの中には、スマートウォッチやスマホ型のデバイスとカードが保管されている。
モニターから MaGiS 一式へ目を移して、隆は呟いた。
「誰にも悲しい思いをさせたくないんだ」
「……娘さんに悲しい思いをさせてそうな人が、それを言いますか?」
「うっ。それは――」
ギクリとする隆を見てため息をついたテクニアは、机の上に立って隆の腕をつついた。
「ほら、後はテックが引き受けますから。守屋さんは早く帰ってあげてください。反抗期で寂しいと言いながら悲しい思いをさせるような人が、誰かの悲しみを防げるとは思えません」
「わかった、わかったから。もうそれ以上は言わないで。僕が悲しくなってくるから……」
少し震えた声で言いながら、そそくさと帰り支度をした隆は部屋を後にした。
その孤独そうな背中を見送ったテクニアは、ガラスケースに目を向けて小さな声で漏らした。
「これを第2小隊が満足するレベルにしたいのは、テックだって同じですよ」
キーボードに小さな手を置いて、テクニアは作業を始めた。