『 みっくちゅじゅーちゅ 』 著:夜空
「いらっしゃいませお客様、その物語をご所望でしょうか?」
「お客様に合う物語である事を、私共は心の底から祈ります」
「それでは、ごゆっくりと、おたのしみください……」
『 みっくちゅじゅーちゅ 』 著:夜空
私は今これを右手で書いている。
ホントはコレをかくのはとても気が引ける。でも犯罪調書を書いておけば裁判で有利になるし、何よりも気持ちを整理するのに役に立つと婦人警官から勧められた。
犯罪調書とはいったけれど堅苦しい形式的な書き方なんて出来やしないからほとんど日記みたいなものになると思う。
なんでこんなことになったのか。そもそもあいつと会ったのが運のツキだった。
私は福岡大学の英文科に所属するごく普通の女の子だった。
ただほんの少し私が人と違ったのはかなり容姿が良かったてこと。
普通こんなことをいったらかなり引かれると思う。でも私の場合はSNSのクソブス。SNOWでブス面をブスにして喜んでる奴ら、ネイルの画像をでかでかと上げてる勘違いチャンとは違う。絶対的な自信があった。
小中高と彼氏がいない時期なんてほんの一瞬足りとも無かったしクラスカーストでも必ず上位にいた。女子は私のお近づきになって自分の価値をあげようと擦り寄ってきた。おかげでいつもいつも友達が絶えるなんてことはなかった。男子も私には二回りも三回りも格別な扱いをしてた。まぁこれだけかくと嫌味みたいにきこえるかも知れないけど全部事実。私は可愛かった。
話がだいぶそれた。そもそもあいつ。田沼と会ったのは金欠からだった。
金欠になった理由は簡単。趣味がおしゃれだった。毎月十五万ほどを服代に使ってた。
最近はやりのファストファッションは旬が短いくせに値段ばっかりがキリキリとつりあがる。流行についていくのが精一杯で一度着ただけでそのままタンスへGOなんてのもしばしば。
馬鹿らしくないかって?
私だって、ほんとはもっと他のことに使いたかった。毎月の服代を英会話なんかに回せば今頃はこんなことにならないで海外のイケメンセレブと結婚してたかも。
でも仕方ないでしょ?
だって私は人よりも可愛く生まれてしまったんだから。
かわいいってだけで男どもはきったない視線を私にむけてくる。
それだけじゃない。女の子の目なんか男どもと違って格段にきつい。
男どもは基本的に下半身で動いてる生き物だからちょっと肌を見せた服なんか着てるだけでニヨニヨした面をする。
でも、女の子は違う。これは、アドバイスだけれど、もしいじめられたくないんだったらブランドもの。特にちょっと名の売れてる。でも有名すぎない、自己主張の強すぎないーそういう服を着たほうがいい。
海外の超有名ブランドはおばさん臭い、ユニクロなんかは論外。貧乏人だとか思われたくない。他人から浮かないように頑張って頑張って、ソレで私は人よりも少し上ぐらいの美人を維持してきた。この苦労がわかる?
これだけ苦労してても。神様ってズルいよね。苦労してたらさらに大きな苦労を持ってくるんだから。
十五万も服代に使って財布が持つのかって?
当然答えはNO
私の苦労は終わらなかった。
いくら私が美人だからっていっても掌から砂金が出てくるわけじゃない。
あっという間にキャッシュカードはパンクした。
数社から借り入れたけどそれもアイスクリームがじんわり溶けるみたいに消えてった。
おまけにリボ払いーあああああああああああああ今思い出してもあの担当者のやつ絞め殺してやりたい!あのクソみたいなシステムのおかげで私の借金はシャレにならない額。
中古の家ならその場で買えちゃうぐらいの値段に達してた。
さすがにやばいなぁと思ってサラ金に駆け込んだけど、どこもかしこも未成年にお貸しすることは出来ませんの一点張り。じゃぁ未成年でも借りれるところはないかと探してみたけれどヒットするのはヤミ金ヤミ金ヤミ金であてにならない。
もう着なくなった服をヤフオクとかメルカリとかに流してなんとか数ヶ月は持ったけれどすぐに通知がくる。
数日ごとに金を返さなくちゃいけない。その事実はねるときも食事してる時も、私の頭の上でぐるぐる回り始めて、一時期は向精神薬がないとまともに起き上がれないくらいになっちゃった。
だから私は犯罪、いや犯罪スレスレの話を持ってこられたとき簡単に乗っちゃったの。
もちろん美人局が悪いことだったてのはしっかりわかってた。
でももしソープに沈むか、目の前のブサイクな。このまま生きてても一ミリも得がないような男の子にほんのひとときだけ夢を見させてあげて、その見返りとして借金を肩代わりしてもらう。この2つが選択として迫られたらどうする?
私自身はここまでは間違ってないと思う。
田沼は気持ちの悪い男だった。赤鼻で目尻が下がってる。口ひげやら全身の毛が濃ゆい。いちいち数え上げてちゃ、キリがない。とにかくまぁ神様が全力で手抜きして作ったヌケサク。それがこいつだった。
なんでこの男と私が出会ったか。それは私の親友のリツコが原因。
この娘、なんでかしらないけど法律の抜け目とかそういうのに物凄く詳しくて、無知な私に一から美人局の極意を仕込んでくれた。
例えば、捕まらないように金を揺する方法とかね。
そしていよいよ実践の段階になってわたしの目の前に現れた、というか、目に止まったカモ、田沼との関わりがここから始まった。
福岡大学でたいていの場合、席中央から前に座っていて、どう考えても留年組にはみえない人々。この条件に当てはまるのなら良いとこの坊っちゃんの可能性が高い。
ただ私が一瞬で見抜けたのは、彼の服が無地に近いけど、どれもコレも品質のいい、つまりはブランド品だったから。
あきらかにおしゃれなんか意識してる素振りがないのに、ブランド品。おまけにどれもこれも微妙にセンスが古い。
母親セレクションである可能性大だった。
「こんにちは!」
愛想120パーセントを振りまき、授業終わりに話しかけた。
田沼はまさか自分が話しかけられるとは思っていなかったせいだろうけど、口元のマイクをチェックするみたいに「あー」とか「うー」とか訳の分からない言葉を発したあと
「何?」
って蚊の羽ばたきみたいにちっちゃい、でも妙に耳に不快なキーキー音でしどろもどろに返してきた。私はソレを聞いた瞬間、あ、こいつだ。こいつ絶対ゆすれるタイプの人間だって見抜いちゃったわけ。
会話の内容自体は他愛のないものだった。
この授業難しいよね、とか。今度ノート移さしてとか。
少なくとも私にとってはほんとに息するぐらい些細なことだったけど、コミュ障の彼は見事に童貞の法則を発動させて,喋りかけられただけで惚れてしまってたみたい。
「ごめんけど、ライン教えてもらってもいいかな?」
あの時の田沼の顔と言ったら!
まるで、ロト6の一等があたった上にキャリーオーバーが三億円以上あった!ってときの顔みたいで、私は笑いを堪えるために、必死で頬の内側を噛んでた。
「あ、あ、あ、あ、あ、あの、っここ、これです」
「あー!ありがとー!また連絡するねー!」
そうして私と彼の交際が始まった。
私はリツコから習ったテクニックをすべて使って彼をてごめにしていった。
こまめなライン。些細な会話。
在宅デートなんかもした。家によんだ時に、私の得意なミックスジュースを作ったりした。
そうして、好感度を上げていき、2週間ぐらいたった後、私は計画を実行に移した。
童貞殺しその一というかこれがすべてなのだけど、男から金を引っ張りたいんなら、やれる女だっておもわせること。
私は彼にこう話した。「私お金がなくて、学費すら払えそうにないの。だれか助けてほしい」って。私達からしたらまるで謎でしかないんだけど、男には女に尽くした代償として必ずセックスできる権利があるっていう謎の確証がある。
「僕が少しでも力になれないかな?」
案の定、彼は食いついてきた。私は湧き上がってくるどす黒い笑みを隠しながら、
「そんな……田沼くんには頼れないよ」
「いや、僕は君のためならなんだってするよ!」
そしてここからが腕の見せどころだった。彼に何としてでも婚約書にサインさせる必要があった。面白いもので、連帯保証人に自動的に追加されるのはなにも、父母、家族だけではなくて、婚約者も含まれている。だから、彼にとってのハネムーンの切符は地獄への片道キップだったてわけ。
「でも、借金まみれの私なんかと結婚なんかしてくれないでしょう?」
「いや、もう僕達は運命共同体だから、君の苦しみは僕のものだよ」
そして、滞り無く計画は終了した。
胸を焼くような借金は気にする必要がなくなった。
代わりに田沼は学校に来なくなった。
なんでも、借金のことがばれて実家から勘当を食らったらしい。
でも私には関係のないこと、そう割り切って生活していた。
そんなある日ふと家に帰ると、田沼が立っていた。私は驚いて、何してるの!と叫んだ。
家の合鍵なんか渡してないのに。
「僕と……結婚してくれるんだよね?」
一触即発のシリアスな状況で問いかけられた斜め上のボケに、私は遂にこらえきれなくなって吹き出してしまった。
「あんたみたいなクズと私が結婚するわけないでしょ!」
そういった瞬間、体から一斉に虫が飛び出したみたいにブルっと震えた。
「ぼくの……誠意が伝わってないのかな?」
ぶつぶつつぶやきながらダイニングに歩き出した彼に向かって「警察呼ぶからね!」と叫んだ。
「こんなにこんなにすきなのに」
そういって彼が取り出したのは、いつぞやミックスジュースを作ったあのミキサーであった。
「誠意を誠意を見せるからね」
そういうと彼はおもむろに手をミキサーの中に突っ込んで、スイッチをおした。
ピシャっと音がして、真紅にポッドが染まった。収まりきらなかった肉片が飛び散って天井や床にこびりついた。
にも関わらず、彼の顔は恍惚に歪んでいた。かれはその右手だったものを私に向けるとこう言った。
「ミックチュ」
「え?」
「みっくちゅじゅーちゅ」
これからのことは書きたくない。
私はコレを右手だけで書いている。
◇著者◇
夜空