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『 ピアノの妖精 』 著:瀬尾標生

「いらっしゃいませお客様、その物語をご所望でしょうか?」

「お客様に合う物語である事を、私共は心の底から祈ります」


「それでは、ごゆっくりと、おたのしみください……」

 違っている。間違っている。異なっている。

 私が求めたのは、こんなものではない。だひたすらに事実を求め、真実を遠ざけていたかった。

 だが違った。

 求められていたのは真実で。切り捨てられたのは事実で。

 だから私はここで、終止符を打った。


 ◇


 ○○をすれば願いが叶う。

 在り来り過ぎて聴き呆れた内容のお呪いだった。枕元に好きな子の写真を置いて寝ればそのこと結ばれるなどの、根拠もなければ理にかなっていないデマカセの類と同じように。

 でも、そんな紛い物に縋らなければ、頼らなければならない人達もいる。それを必要と死、利用しなければ壊れてしまうようなもろい人達。


 そんな私も、これらのお呪いが出鱈目だと心では分かっているが、それに身を委ねてしまう愚かで脆い人々の一人なのだ。


「それで、今日決行するんでしょ?」


 そう未那(みな)が言った。その声には何一つの迷いもない。私とは大違いだ。


「そうだけど、未那はいいの? 私の為にこんな……」

「いいんだよ、私は。それに、私たち親友じゃん」


 そう、私たちは親友なんだ。親しい友と書いて親友。悪くない響きだけど、私はそれに満足出来ていない。親友という肩書では、私は満たされないんだ。


「そういえば聞いてなかったんだけど、香織のお願い事って何?」

「え、そ、それは……」

「あ、聞いちゃまずかった? だったらゴメン」

「違うの、ただ恥ずかしくてね。終わったら未那にも解ると思うから、その時まで秘密って事で」

「何か余計に知りたくなってきた! 楽しみにしてるね、香織」


 あぁ、本当に楽しみだ。今にでも大声で叫びたくなる程、私の心は喜びで一杯になっている。あぁ、これで私は満たされるんだ。やっと、心が満たされるんだ。


「うん、そうだね。それじゃ、夜の十二時にここでね」

「うん、それじゃ後でね」


 その日はそれで未那と別れ、日差しが差し込むすきのない真夜中、日付の変わる時間帯に再び学校を訪れた。真っ暗な校舎の老化を進み、音楽室へと向かう。


 ここまで来た。私が望みに望んだここまでやっと来れた。後は行動に移すだけ。それだけで、私が望んでいた未来を掴めるんだ。私が求めた、臨んだ自分の将来が。


 約束していた教室のドアの隙間から見える蛍光灯の光をみて安心した私は、ゆっくりとドアに手をかけて中に入る。そこにはすでにピアノの椅子に腰かけ鍵盤に指を載せていた未那が居た。


「お、香織。やっと来たね」

「あれ、私もしかして遅刻した?」

「いやいや、私が少し早く着いちゃってね。でも、予想はしてたけど音楽室で一人でいると怖いね」

「ご、ごめんね、遅れちゃって」

「謝らなくていいのに。あ、いや、謝って。そして明日アイス奢ってくれるなら許してあげる」

「アイス食べたいだけでしょ。まぁ、それでいいなら奢るよ」

「やった! それじゃ、モチベも高まった所で始めますか。えと、まずは私がピアノを弾いて、香織が音楽室のどこかに隠れてればいいんだっけ?」

「うん、そうだよ。曲は何でもいいらしいから、好きな曲弾いていいよ」

「それじゃ雰囲気づくりにラフマニノフの鐘でも弾こうかな」

「それ、ちょっと不気味な奴じゃなかったっけ? まぁ、いいよそれで。私は後ろの掃除用用具入れに入ってるから、ピアノはよろしくね」

「任せておいて!」


 未那の元を離れ、私は音楽室の光を消す。窓の外と同化した真っ暗な部屋で、私は音と手触りだけで用具入れまでたどり着いた。


 聴こえるのは外の雨音と私の足音だけ。それ以外の音は、その二つの音にはじかれて私の耳には到底届かない。ただ只管、ぽつぽつと、かつかつと音を部屋に響かせる。


 ドアを開いて中に入る。私が身を隠したのを確認した未那は、私がドアを閉じるのと同時にピアノの音を奏で始めた。

 聞き覚えのある曲。幾度か未那が一人でいるときに弾いていたのを思い出す。

 だけど、今日のこの曲は、どこかが違う。雰囲気が違うからか、時間帯が違うからか、私が興奮しているからか。定かではない。より一層に不気味だけれど、より一層引き寄せられていくような。


 ピアノを弾く未那を私はドアの小さな隙間から眺めていた。暗闇に慣れ始めた目は未那の背中をハッキリと脳に映し出す。後ろで結んだ長い髪も、長く細い首も、綺麗な腕も、抱きしめたい背中も。そして、今日をもって全て私の物になる。


 ◇


 今回の占いは在り来たり過ぎて聴き飽きた内容のもの。零時丁度に真っ暗な音楽室のピアノを弾くと、要請が現れ、妖精に姿を見つかることなく、お願い事をすると次の日にその願い事がかなうという単純な占い。

 当然、この占いには条件が付いている。


 ――途中、演奏を止めてはいけない。

 ――途中、電気をつけてはいけない。

 ――途中、言葉を発してはいけない。


 そんな、誰にでもできる簡単な内容。

 だから私は、ここで待っていればいい。ピアノの音に惹かれて寄ってきた妖精が私の願い事だけを聞き取ってくれるまで、私はここから出ることなく両手を合わせて祈り続けていればいい。



 未那の演奏を聴きながら身を隠して、もう既に数分の時が過ぎた。焦らなくていいんだ。難しいことはない。何が起きても逃げ出さず祈り続けていればいい。それだけなんだ。

 それで私は本当の意味で救われるんだ。


 誰一人の声も聴こえない中、部屋には不気味な曲だけが流れる。ピアノの演奏と外の雨音がきれいにまじりあい、彩桜の協奏を織りなす。聞き惚れるほど、夜中の教室に満ちる曲は私の心を浄化させていく。恐怖は徐々に薄れて行き、やがて残るは愛情だけ。あぁ、これは愛の唄なのだ。私の愛を、この空間そのものが祝福してくれているのだ。

 鳴り響き、澄み渡り、満ち始めた。

 このまま順調に進めば、私はやっと――



 バタン



 途切れた。

 音が、途切れて、消えていった。

 聴こえるのは雨音と足音と、そして



 悲鳴。



「い、いや、いやあああ!」


何が起こっているのか、私には理解出来なかった。教室のドアが開かれて、演奏が止まって、足音がして未那が悲鳴を上げて。隠れている私には、それくらいしか解り得なかった。


「いや、こんなの聞いてないって……何なのよ、これ! まさか、これが妖精だっていうの!」


 助けようと思った。傍に寄り添って抱きしめてあげたかった。

 でも動かない。私の体はまるで金縛りにでもあったかのように微動だにしない。唯一動くとすれば、バクバクと今にでも破裂しそうな心臓だけ。


 隙間から覗き込んでも、何も見えない。見えないけど、解る。

 ――そこに、何かが居るってことは。


「ねぇ、香織?! 助けてよ! 見てるんでしょ! 速く助けてよ! まだ、死にたくない!」


 ごめんね、未那。本当にごめんね。助けたいけど、動かないんだ。たった一歩、踏み出せばいいだけなのに、その一歩が踏み込めない。


 その刹那――


「こ、殺すなら、香織だけにしてよッ! 私は関係ないんだから!」


 一瞬、目の前で起こった出来事を私は理解できなかった。もしかしたら、私がただ理解しようとしなかっただけかもしれない。


 でも、どんなに視界にそれが映っていても、脳がその情報を解読しない。

 未那が私を置いて逃げた事実を、私の本能が認めはしなかった。

 あぁ、閉ざされた。


 何もかも、閉ざされてしまったんだ。

 私の元に希望はなく、ただ存在するのは足音と雨音と恐怖と、


 ――死んでいく私の姿を映した未来のみ。


 ぺたぺたと、音は増していく。見えない、臭わない、触れられない、味わえない、だけれど聴こえてくる。ただ、ひたすらに増していく音だけが。

 止まらない。止まることを知らない。やがて、部屋は足音だけで満ち溢れた。聴こえていた雨音は消し去り、幾多もの足音だけが充満した部屋、私はただ呪うだけしか出来ない。

 私を裏切った、未那の存在を呪った。



「う、うわあああああ!」


 溢れ出した怒りは器に留まる事を知らない。

 満ちて満ちて、やがて溢れ出し、こぼれ始める。保てなくなった器は壊れ、暴れ出す。

 目に映るのは鳴らないピアノと雨が滴る窓と開いたドア。そこに、私以外の姿は皆無だった。何もない。そこには未那もいなければ足音も無い。でも、聴こえてくる。見えていないのに、感じられないのに、聴こえてくる。


 そいつらの足音が。



 ぺた、ぺた、ぺた、ぺた、ぺた、ぺた、ぺた、ぺた、ぺた



 ピアノの音も聞こえない。雨が窓を打つ音も聞こえない。ただ、幾千幾万の足音だけが耳に流れ込んでくる。

 動けなかった。喋れなかった。逃げられなかった。


 私はただ、そこに立ち尽くして、何もしない。何も出来ない。ただひたすら、計り知れない恐怖に怯えるだけ。


「こ、来ないで! こっちに来ないで! な、何でもするから! だから殺さないで! ねえ、お願い! 私はまだ死にたくないの!」


 解らない。解らない。解らない。解らない。何一つとしてわからないッ!


 何で、私だけ、こんな怖がらなきゃならないんだ。


 何で、私だけ、こんな苦しまなきゃならないんだ。


 止まらない、止まらない。何一つ止まらない。


 雨も、足音も、心臓も、恐怖も、憎悪も、後悔も、何もかも止まらない。


 ぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺた

 ペタペタペタペタペタペタペタペタぺペタペタペタペタペタペタペタペタぺ

 ペタペタペタペたぺたぺたぺたぺタペタペタペタぺたぺたぺたぺた


 ――ッ


 そして、止まった。

 そして、途切れた。

 そして、終わった。

 音は聴こえない。


 何も聴こえない。何も見えない。何も感じない。何も臭わない。何も味わえない。何も――



 全て、途切れてしまった。

 求められたのは真実。

 捨てられたのは事実。

 幸福を願う人間なんて意外に少ないものだ



 ――だって願望は心の深いところに生まれる狂気のつぼみなんだから。


 …………


 ……



◇著者◇

瀬尾標生


※ 初週は公開記念としまして、毎日 19:00 に新しい物語をお届けいたします。

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