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『 怪談怪奇の路地裏書店 』 著:瀬尾標生

 とある噂を耳にしたことがある。と、聴きなれた台詞で話を始めると、日本人の大抵は不思議にもその出鱈目な話に耳を貸そうとする。奇々怪々な噂話、在りもしない逸話をわけもなく日本人っていうのは好むらしい。


 そんな下らない噂話を俺も今日聞かされた。どこにでも居るように、俺の会社にも噂話を人一倍好きなやつがいるのだ。毎度毎度下らない出鱈目を飯の時間になれば話すやつが。だから、俺もそれなりに噂話には詳しかったりする。


 でも、今回聞いた噂は今までの物とは少し違った。正確には、かなり違っていた。


 知っての通り、俺は基本的に噂を信じはしない。所詮、退屈な日常生活に対抗するためのスパイス程度と認識している。嘘だろうと真だろうと、それがスパイスとしての役割を果たしているのであれば、正直どうでもいいんだ。

 でも、先ほども言った通り、今回の噂はそうはいかなかった。

 その噂話というのが


 “毎週金曜日の夜七時になると存在しないはずの本屋が路地裏に現れる”という話だ。


 普通に聞けば特におかしな噂話ではない。逆に在り来たりと言ってもいい程に。

 でも、何かが引っかかるのは確かなんだ。正体不明の要素が、俺を“真実を求めたい衝動”に押さえつけている。毎週金曜日という点だろうか、夜七時という曖昧な時間だろうか、存在しない書店に魅了されたからなのか、俺にはよく分からない。さっぱり、全然、丸っきし、理解できない。

 だから今日、俺はその正体を突きつける為にその噂の路地裏に来ている。月の光はおろか、人工光すら射してこない真っ暗な路地裏、俺はただただ時間が過ぎるのを待っていた。


 だが時間が過ぎるにつれて、やはり今回の噂話も他のと同じで、所詮誰かが作り上げたまがい物かもしれないと疑い始めた。確かに時間はまだ来ていないが、残り二分で噂の七時になるというのに、状況は微動だにしないというのも事実。


「はぁ、やっぱ信じた俺がバカだったんだ。あんな話が本当なわけない。って、時計壊れてるじゃねぇか!さっきまではちゃんと動いてたのに。はぁ、明日直しに行くか」


 秒針が十二まで届くことなく、その場でチクチク動いているのを確認して、俺は路地裏を後にし、家へ向かうことにした。やはり、いつも通りの下らない噂話だったんだ。そう内心で自分を正当化させながら、俺はこの路地裏から足を遠ざける。


 でも、その時だったのか、それともずっと前からだったのか分からない。さっきまでは無かったし、でもさっきまで見ていたような気もする。

 自分でも分からない。


 いつからそこに書店の入り口があったのかなんて。


 木製のアンティークな扉に、昔馴染みのキャンドルランタンで照らされた看板。濃い橙色で照らされたその板切れには大きな文字でこう書いてあった。


「怪談怪奇の路地裏書店……?」


 怪しい、と直感が告げる。でも、なぜだろう。この奥底から湧き出てくる好奇心は一体何なのだろう。やはり逃げてしまおうと思う半分、俺はその好奇心に駆られ未知の領域に入ることにした。

 キイィ、と鋭い音を立てると同時に俺の視界には見たこともない光景が広がっていく。


「――おいおい、一体どうなってるんだよ」


 ありえない、と脳が情報を拒否しながらも、未知の情報は徐々に海馬に書き込まれる。信じたくないけれど、信じるしか術はなかった。

 大量に並ぶ本棚も、幾つもの収納された書籍も、まるで大学の図書館のような膨大な空間を俺は受け入れるしかなかったのだ。

 当然、こんな場所が収まるような所は路地裏にはない。作ったとしても、この路地裏だけではこの大きさの場所は隠し切れない。

 だからこそ、噂を信じることしか俺には出来ないんだ。


「いらっしゃいませ、お客様。怪談怪奇の路地裏書店へようこそ」


「おわっ!」


 突然声をかけられた俺は、瞬時に対応することが出来ず、うろたえてしまった。うろたえた果て、俺は声が発せられた方角へと視線を向けてみる。肉眼が直視する先、視界の直線上に立っていたのは一人の青年だった。真っ黒な髪が、何処からか微かに射す一点の光に照らされ色を露わにする。肌は日本人離れした真っ白な色、身長も平均男性より長身、そして大きく開いた茶色の瞳には異物である俺の姿が映し出されていた。


 いつからそこに居たのかなんて知る由もない。何もかもが神出鬼没で、そんな非現実的な現状に俺の脳の処理速度は微塵も追い付けていけない。


「今日はどのような物語をお探しですか?」


「……はい?」

「物語です。見ての通り、ここは本屋ですので」


 少々低い声でそう言われた俺は再度自分の立っている環境を確認する。見てみると本棚にだけではなく、地面にもいくつかの本が散らばっていた。ちゃんと管理はしているのか?と内心呟きながらも、地面に置いてある本を拾い上げ手に取ってみる。


「その物語をご所望でしょうか?」

「あ、いいや、そういうわけじゃないが」


「では、どのような物語を?」

「っていうか、それ以前にここはどこなんだ?」


「ここは申した通り、怪談怪奇の路地裏書店です」

「だから、俺が聞きたいのはそんな事じゃないっての! やっぱり、この路地裏にこんな書店があるなんて可笑しいんだよ! そもそも、夜の七時にしか現れないって、何かが変なん――は?」


 確かに、可笑しな点はいっぱいある。でも、そんな物とは比べられない程の異質を見つけてしまった。見間違いかもしれないし、ただ壊れたのかもしれない。でも、違うんだ。壊れたとか、見間違えたとかじゃない。


 午後七時零分零秒のところで、針は動くことを止めいた。


 壊れた時の様にチクタク音を立てながら秒針が前後運動することも無く、完全に硬直していたんだ。


「お分かりいただけたでしょうか?ここは、あなたが居た場所とはかけ離れた場所です。時間も、空間も、何もかもが違う、言うなれば異空間です。でも、閉じ込めたりはしませんので、もしお暇するのであればそのまま出ても構いません」


 青年はそう言いながら、一歩も今いる場所から動こうとはしない。青年の言葉を確認するために背後のドアを開けてみると、すんなりと開いた。

 ドアの外はなんら変わりない現実の色を、この不気味な書店とは全然違う雰囲気を纏っている。自分のいた場所に帰れることを確認すると、俺は手元の本を本棚の開いた場所に入れて、青年の方へと歩いて行った。


「こ、ここにはどんな本があるんだ?」

「我々、怪談怪奇の路地裏書店は怪談話を中心とし、色々な場所で起こった怪奇な物語を集めております」

「そ、そうか。じゃぁ、オススメとかはないのか?」


 自分が何を言っているのか、しているのか分からない。どうして先程まで不審に思っていたここに興味を持ち始め、剰えオススメを聞き出そうとしているかなんて。

 だけど、その事実を知っていて尚、俺は止まれなかった。この溢れ返る好奇心を制御することなんて、出来なかった。


「紹介させてもらっても宜しいですが、本来、物語というのは自分で見つけるものだと、私は心得ております。ですので、あなたが見て回って、自分で気に入ったものを読んでくだされば幸いです」


 物語は自分で探す、か。その精神は悪くない。


「わかった。それじゃ、適当に見て回る事にするよ」

「もし、何か質問などがあれば気軽に声を掛けてください」


 ニコリと笑う青年に背を向けて、俺は少々緩んだ表情でこの膨大な部屋に並ぶ本棚から怪談話を選ぶため歩き出した。

 さぁ、今日はどんな物語に出会えるのだろうか。


「お客様に合う物語(スパイス)が見つかる事を、私共は心の底から祈ります」


 ――To be Continue...


 …………

 ……

◇著者◇

瀬尾標生


※ 初週は公開記念としまして、毎日 19:00 に新しい物語をお届けいたします。

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