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第七十六話 その先へ


「それは…どういう事ですか…!」


 『私が死ぬ時、彼女が死ぬ』…


 暗殺神の話す契約の代償は私の想像していた以上に恐ろしいものだった。


「心配するな、女が死んだとしても貴様は死ぬ事はない。」


「そういう問題じゃない!」


 私は声を荒げ、暗殺神へ、神へ掴みかかろうとして、


「…」


 伸ばしかけた手をゆっくりと降ろした。


 暗殺神はそんな私に意外そうな声を出した。


「殴らないのか?」


 怒りどころか、感情を微塵も感じないその声に私は唇を噛んだ。


「…殴ったところで何も変わりません。それに神へ刃向かえばどうなるかは子供でも分かります。」



 大昔に現れたとされる大魔道士(・・・・)ならともかく、ただの人である私が神の怒りを買えば待っているのは破滅だ。

    

 それだけは避けなければならない。


「ご無礼、申し訳ありませんでした。どうか、少しだけお時間をいただいてもよろしいですか?」



 私は暗殺神へ恭しく頭を下げた。


 暗殺神は黙ったままだったが、私はそれを肯定と捉え、頭を上げると、眼をつむり、呼吸を整えた。


 落ち着け、落ち着くんだ。


 暗殺神はただの人である私と交渉、それも譲歩までしてくれる神だ。


 しかし、それも気まぐれなのかもしれない。


 ここで神の機嫌を損ねれば、彼女に会うどころか、邪魔立てすらするかもしれない。


 …さっきもそこまで考えていただろ!


 いいか、『私が死ぬ時、彼女が死ぬ』のであれば、『私が死なない限り、彼女は生きている』事になる。

 暗殺神は『彼女が死んでも、私は死なない』と言ったが、彼女は暗殺神の【スキル】を手に入れている。

 

 あの、強い彼女が【スキル】まで手に入れたんだ。


 絶対に死ぬ訳がない…!


 そうだ、それに会う事が出来れば…



 …出来れば…


 ………


「…………………………」


 私はある事に気づいた。


 暗殺神はこう言った。


『私が死ぬまでに彼女と会う事が出来なければ(・・・・・・)、彼女は全てを思い出す』と。




 なら、ならばだ。


『私が生きている内に彼女と会う事が出来てしまった(・・・・・・・・・)なら』?



「まさか、そんな…」


 目の前がまっ暗になったような衝撃に足が震え、鼓動が激しくなる。


 息が荒くなり、立つ事すら難しくなっていくが、私の前にいる神がそれを許さなかった。



「…気づいたようだな。」


 暗殺神は過呼吸となっている私にも興味を示す事なく、言葉を続けた。


「そうだ。女が全てを思い出すのは『貴様と再会出来ない時』だけだ。『貴様が再会した時』、女は貴様との命の繋がりから解放されるが…」


 暗殺神は私の目を覗き込み、その事実を突き刺す。


「失った記憶も想いも二度と戻る事はない。」


「!」


 ついに地面に膝をつくが、私はまだ意識を保っていた。


 いや、保たされていたのかもしれない。



 暗殺神は私へ再度問いかける。


「それでも、『契約』をするのか?『契約』したとしても会えないかもしれないのだぞ?」


 何故か、何故かだけど、暗殺神の言葉に少しだけ感情がこもっているように感じた。

 


「貴様が望む未来は、闇の中にあるかすかな糸をたぐり寄せ、砂粒のように小さな奇跡の果てにのみ存在する。だが、そこまでだ。『望む未来』を追い求めても、『その先』に貴様は進む事は出来ないだろう。」


 それが何を言っているかは分からなかった。

 

 多分、それは彼女と会った時にしか分からない事なのだろう。



「それでも貴様は選ぶのか?」


 だから、そんな『先』の事はどうでもよかった。


「それでも…それでも…」


*************



「…それでも、貴様は何度でも選ぶのだろうな。」


 青年の姿をした暗殺神は静かな声で、眠り続ける老人の手を握った。


 出会った時は若々しさに溢れたその手は、いつの間にかシワだらけのか弱い手になっていた。


「…ゆっくり休め。まだ時間はある。」


 暗殺神はもうすぐ夜明けになる窓の外、その先を見ていた。


 昇る朝日の向こう側には自分と契約したもう一人がいる牢獄がある。


 そして…


「復讐神が動いたか…だからこそ、この『奇跡』は起きたのか。」


 少しだけ笑みを浮かべて、暗殺神は己の身体を見た。


 少しずつ、身体が光の粒となり、その存在は消えようとしていた。


「どうやら…これが最期の別れになりそうだ。」


 死ぬわけではない。


 だが、本来なら百年単位で起こせる顕現をたかが数十年の期間で二度も行ったのだ。


 

 次に顕現出来るのは何百年も先になるだろうと考える。


 もしかしたら顕現どころか、新たな契約すら難しいかもしれない。


 それだけの無茶をしたのだ。


 つながりを切るだけなら、わざわざ顕現する必要もなかったにも関わらず…


「…いや、その価値はあった。」


 残った手のぬくもりを感じながら、暗殺神は彼の顔をその目に焼き付けた。


 静かな寝息を立てる彼を。


 自分の見たかった『奇跡』を起こした素晴らしい人間を。

 

「もう少しだけ、『眼』は貸しておこう。」


 胸に宿る感情に浸りながら、暗殺神はその想いを口にする。


「生きろよ、デント。最期まで…『その先』へ進め。」


 最もふさわしくない言葉を残し、暗殺の神は姿を消した。




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