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第六十七話 忘却


 バース商会会長がイガリに戻ったのは翌日の朝、日が昇る前だった。

 

 牢獄の真上にある民家に寝泊まりしていた俺は早朝から鳴り響く通信用魔具にたたき起こされ、その事実を告げられた。


 久しぶりの安眠を遮られたものの、俺は諸々の準備を行い、会長が訪れるのを待った。


 結局、会長を乗せた馬車が民家に来たのは日が昇った直後だった。


「おはようございます、リロ様。」


 移動を終えたばかりで疲れているはずの会長だったが、俺の前に現れた会長の顔はそんな様子は微塵も感じられなかった。


「おはようございます、会長。それに皆さんも。」


 俺は会長とその背後に立つ三人に挨拶をした。


 会長の背後には執事長とゴドさん、それにルナが立っていた。


「…おはようございます、リロ様。」


「…よう。」


「お、おはようございます。」


 三者三様の挨拶だったが、ルナはともかく、執事長とゴドさんもどこか緊張しているようだった。


 二人とも会長と牢獄への入り口を何度も見て、心ここにあらずといった様子だ。


 …当たり前か。


 一方、ルナはこの異常な状況にまだ思考が追いついていないようで、俺を不安そうに見ていた。


「さて、リロ様。今回はありがとうございました。」


 会長は深く頭を下げると、礼の言葉を口にした。


「まさか、本当に依頼を達成していただけるとは。正直な話、思っておりませんでした。」


 会長はそこで一度言葉を切ると、今度はルナを見た。


「…しかし、ルナ様もお連れすると言うのはどういう意味があるのでしょうか?」


 ルナの身体が硬直するが、俺は特に気にする事なく言葉を言葉を返す事にした。


「昨日の様子を見た限り男性だけで行くより、女性が一人いたほうが話は進むと判断しただけです。少なくとも私が一人で面会した時よりはずっと饒舌でした。」


 本来の流れでは、暗殺者には会長、執事長、ゴドさんの三人だけで会う予定だった。

 が、俺は昨日、執事長にルナの迎えの連絡をした際、自分とルナの二人も同行するべきだと付け加えたのだ。

 

 俺は【情報撹乱(シャッフル)】の封印が問題ないか確認する為。

 ルナは先ほど話したように暗殺者の口を開きやすくする為。


 と、言う事にしている。


「…分かりました。では早速向かいましょうか。」


 会長は特に拒否反応も見せず、地下牢獄へ続く階段へ向かった。

 執事長を先頭に、会長、ゴドさん、その後ろに俺とルナが着いていく並びとなった。


「…リロさんの言った通りでしたね。」


 ルナが小声で俺に耳打ちした。


「私、絶対に着いてくるなって言われると思ってました。でも…」


 どうして?とルナは未だに分からないようだった。


「言ったろ。お前がいると話が進みやすくなるんだ。」


 その言葉には嘘偽りはない。


 それに会長も断る事は出来ない。


 あの問答だって建前としてやっただけだ。


 …本当はそんな時間も惜しいはずだ。



「到着しました。開けます。」


 執事長は全員がいる事を確認すると、階段を降りた先にある分厚い鉄の扉を開けた。


 ギギギィと鈍い音がするが、すぐに音は止んだ。



「ああ、本当に来たんですね。」


 扉が開くとすぐにそんな声が聞こえた。


 整えた髪に清潔な衣服、椅子に優雅に腰掛ける女性はこんな状況でなければどこかの貴族令嬢にも見えた。


「予感がしたから準備はしてましたけど、思ったより早かったですね。」


 牢獄の設備を使ったのか、テーブルには湯気の立つ紅茶が出されていて、暗殺者はティーカップを口に運んだ。


「それで?どうしてそこの方達は固まっているのですか?」


 暗殺者の指摘に俺は執事長達に目を向けた。



「………まさか。」


「……嘘だろ。」


 執事長とゴドさんはただただ呆然としていた。


「…やっぱり、初対面ではそうなりますよね。」


 ルナは暗殺者の待遇を見て唖然とした昨日の自分と二人を照らし合わせているようだったが、


「……」


 俺はもう一人に目を向けていた。


「私がバース商会の会長です…あなたがルナ様を狙った暗殺者ですか?」


 会長は毅然とした態度で牢に近づき、静かに問いただした。


 すぐに執事長とゴドさんも我に返るが、二人は動こうとはしなかった。


 牢獄には結界が張ってあるとは言え、あまりにも危険な行為だったが、二人は口出しすらしなかった。


 暗殺者はティーカップをテーブルに置くと、椅子から立つ事もなく平然としたまま会長を見返した。


「ええ。私が彼女の命を狙っていました。」


「…それは何故?」


 暗殺者の淡々とした言葉に対し、会長は言葉を選ぶかのようにゆっくりと問いかけていく。


「依頼されたからです。」


「…いつから、この仕事を。」


「さあ、もう覚えていませんね。邪魔な記憶は消していますから。」


「……そうですか。」


 会長は沈黙したが、その場から動こうとはしなかった。


「私からもよろしいですか?」


 暗殺者は椅子から立ち上がると、会長の目の前まで歩いてきた。


「…私を生かしている理由は何故ですか?」


「……」


「それにそこの二人もどうして私を見ただけで、あんなに驚いたのですか?」



「………」


 暗殺者の視線は会長、執事長、ゴドさん、ルナ、そして俺に行き着いた。


「…リロさん、前にあなたは聞きましたね。私の【契約】を。」


「ああ。」


 まだ身体の回復も充分でない時に、俺は一度この牢獄へ来た。


 …暗殺神との【契約】について聞く為に。


「もうどんな状況だったかは覚えていません。ですが、命と心…それが死の寸前だった事だけは覚えています。」


 暗殺者は俺に話した時と同じ言葉をそのまま紡いでいく。


「【情報撹乱(シャッフル)】を得る代わりに暗殺神が求めたモノは…」



 暗殺神と交わした【契約】を…




「『私の全ての記憶と想いを永遠に失う事』…」



「っ!?」


「は!?」


「…うそ。」


 執事長、ゴドさん、ルナがそれぞれの反応を見せる中、


「……………」


 会長は何かをこらえるように拳を握りしめていた。


「あなたは、いえ、あなた達は…」


 暗殺者はもう一度、今度はしっかりと執事長、ゴドさん、会長、三人の顔を見ながら、その言葉を口にする。


「私を知っているのですか?」


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