番外編 それは遠い昔の物語
ああ、今でも夢に見る。
もうずっと昔の事だ。
僕には好きな人がいた。
その人は凄腕の冒険者で、とてもかっこよくて、とても優しくて、とても美しかった。
その人は普段は誰にも笑顔を見せない凜とした人なのに、僕といる時だけは違った。
小さい時にからかわれた、と人前では笑わなくなったあなただけど、僕の前ではいつも笑ってくれた。
僕はあなたの笑顔が好きだった。
あなたといる時間がとても大事だった。
あなたと一緒に生きていたいと心から思った。
勇気を出して贈った指輪を受け取ってくれた時は、僕は幸せすぎて死んじゃうかとも思った。
一緒に暮らすようになってから、あなたの色々な事を知った。
実はネズミが怖かったり、こっそり甘い物を食べたり…
本当はすごく甘えん坊だった事も。
あなたと違って、僕はただの商人で、まだまだ未熟者だけど、いつかあなたが誇れるような男になる。
ある時そんな事を言ったら、あなたは涙が出るほど大笑いをした。
私はもう幸せだ、と僕が贈った高価とは言えないその指輪を大事に見つめてあなたはそう言ってくれた。
僕はあなたに釣り合おうと必死だった。
『不釣り合い』と僕を良く思わない連中から何度も罵倒された事もあった。
僕が何か言われるのはいい。
でも、君まで何かを言われるのは我慢出来なかった。
あなたは気にするなと言ってくれたけど、僕は死にものぐるいで働いた。
それが気にくわなかったのだろう。
僕とあなたはいつも通り、離れた街へ馬車で向かう途中に襲われた。
襲ってきたのは有名な盗賊団だった。
新人の僕を疎む街の古参連中の差し金だったと後で分かったけど、盗賊団は加減を知らなかった。
殺さずただ僕を痛めつけるはずだっただけが、奴らは女であるあなたに下卑た感情を持ち、数にモノを言わせて、あなたを連れ去っていった。
二人で一緒に生きようと誓い合ったのに、どこまでも一緒だと約束したのに。
僕は守られてばかりで、大事な人を守れなかった。
ボロボロになりながらも、街へ辿り着いた僕はすぐに捜索の依頼を出した。
自分達とのつながりがバレると焦った古参連中の嫌がらせのせいで、表だった捜索は進まなかったけど、顔見知りだった新人冒険者の二人が密かに手伝ってくれた。
二人は怪我でまともに動けない僕の代わりに昼夜を問わず、あちこちを走り回って情報をかき集めてくれた。
何日かして盗賊団の拠点が分かった。
けれど、分かったのはそれだけじゃなかった。
拠点から帰った二人が教えてくれた。
拠点はあちこちが血まみれだった事。
男女問わず大量の死体があった事。
盗賊団と思われる死体は顔が分からないほど、酷い状態になっていた事。
盗賊団を含め、生きている人間は誰もいなかった事。
そして…根城にしていた場所には血まみれの指輪が落ちていた事を。
二人が持ち出してくれた指輪は、僕があなたに贈ったモノと同じだった。
古参連中の仕業だと、一人が怒りで拳を震わせていた。
もみ消しの為に全員を殺したと。
もう一人は静かに僕を見ていた。
これからどうするのか、そう聞いているようだった。
二人はあなたが死んだと諦めていた。
それでも…私は諦めなかった。
探す、そう僕は言葉にしていた。
二人は驚いていた。
盗賊団の拠点にあなたの遺体はなかった。
顔が分からないのも盗賊団だけだった。
とてもとても小さな点のような希望に過ぎないけど、あなたは生きているかもしれない。
…それが分かれば充分だった。
あなたを探す為、ひたすら旅をした。
金が必要になった場合に備えて、商売も続けた。
新人冒険者の二人も僕の旅に同行してくれた。
僕は商会の会長となり、新人冒険者二人もその名を知らないほどの実力者になるほどの時間が過ぎた。
かつて僕に嫌がらせをした古参連中など足下にも及ばない、権力者に負けない力を僕は手に入れた。
それでも、まだあなたは見つからない。
僕はあなたを探し続ける。
もうすっかりおじいさんになったけど、僕はあなたを忘れていない。
あなたが僕だけにしてくれたあの笑顔を。
恥ずかしいと僕だけにしか見せてくれなかったあの笑い声を。
大丈夫、絶対探す。
そして、また一緒に始めよう。
そんな願いを込めたんだ。
『始まりの商会』は。




