第五十七話 未来視
「リロ様が助け、私達の危機を救ってくれたあのお方は十日以内に殺されます。」
明日の天気を教えるかのように、なんてことのない事を告げるかのように、会長は穏やかな表情を変えない。
「………どういう事です。」
冷静に聞き返すリロだが、警戒を強めた矢先の発言に内心は混乱していた。
目の前の会長の発言はリロの動揺を誘う為かとも思ったが、わざわざそんな事をしても、相手には何のメリットもない。
むしろ依頼を受ける側に不信を抱かせ、交渉も決裂しかねない事だ。
リロの胸中を察してか、会長が口を開いた。
「私には【未来視】と呼んでいる力があります。簡単に言えば【未来を視る】力です。」
「未来予知…!?」
リロの言葉に会長はうなずき、懐から一枚の金貨を取り出した。
「聞こえはいいですが、実際は簡単な力じゃありません。この力は私の意思とは関係なく発動しますし…」
会長は金貨を右手の指で弾くと、金貨は回転しながら空中を舞う。すぐに重力に引き寄せられ、落ちてきた金貨を右手で素早く掴み、左手の手の甲に柄が見えないように右手ごと乗せた。
会長がリロに問いかけるような目をしたので、リロは直感で答える。
「表。」
「では、私は裏で。」
会長がゆっくりと手を動かし、見えた金貨は表だった。
会長はため息をつきながら金貨を懐に戻した。
「このように私の使いたい時に使える力ではありません。こんなコイントスでも力を使う事は出来ませんし、発動条件も未だに分かりません。視えるのはこれから先に起きる未来の場面や断片だけ。ですが、この力で私は一代でバース商会をここまでの商会に成長させる事が出来ました。」
「………」
未来を知る。
リロもあまり聞いた事のない力だが、全く知らないわけではない。
実際に予言や予知の力を持つ者は存在する。
しかしながら、その数は圧倒的に少なく、分かる内容も曖昧なものばかりなので、当たる確率も低い。
予知や予言は『形のない何かを自分で少しずつ形にしていく』ようなものだ。
感覚的なモノが作用する為、人によって見方も大きく異なってしまう。
だが、会長の【未来視】は恐らくそれらとは根本的に違う。
会長は『未来の場面や断片が視える』と言っていた。
漠然とした何かではなく、はっきりとした形として未来が見えるのであればそれは天と地ほどの差がある。
自分の意思とは関係なく発動すると考えても、商人にとってこれほど欲しい力はないだろう。
仮にだが、食料が不足する未来が見えたとする。
そうなれば、あらかじめ食料を備えるだけでなく、それが起きた原因を突き止める事も出来る。
疫病、災害、戦争…
原因を知る事が出来れば、起きるはずだった未来を阻止する事だって出来るだろう。
もしくは…
(その未来の原因を知り、あえて放置する事で莫大な利益を得る事も出来る…)
疫病なら薬を、災害なら復旧に使う資材、戦争なら武器。
誰よりも早く動けるのであれば市場の独占も簡単だろう。
リロは同時にある可能性も考えたが、あえてそれは口にせず、話を進める事にした。
「視た内容について教えてもらえませんか?」
「…視えたのは、眠られているあのお方がナイフで刺されている場面です。すでにあちこちから出血し、重傷に見えました。場所は森、時間は夜です。視えた星の位置を考えると、このイガリの街で間違いはありません。星の動きを視ても十日前後の事でしょう。」
「…なるほど。」
相づちを打ちつつ、今の会話だけでリロは理解した。
(『【未来視】があったからバース商会は大きくなった』?冗談じゃない。この会長、本当にとんでもない人だ…)
【未来視】の力は単体ではそれほどの脅威にはなり得ない。
そこに会長の持つ観察力が加わる事で恐ろしい力に変貌しているのだ。
(普通『人が刺された』場面なら、どうしても『刺された人間』に注目が向かう。それなのに星空の位置や動きまで視たのか?)
手に汗をかきつつ、リロは会長と今後の事で話を続け、全てが終わったのは日が沈んで大分時間が過ぎた後だった。
*****
「そして、リロ様は執事として、表向きはルナ様の世話役となりました。夜の外出を禁止したのも、ルナ様を守る為です。」
「……」
執事長はそこまで話し終えると、立ち上がり、すでに空になっていた自分とルナの皿をカートに乗せた。
「以上が、私の話せる内容です。【未来視】については、旦那様から許可がでておりましたのでルナ様にお話しましたが、出来れば他言無用でお願いします。」
頭を下げ、執事長は部屋を出て行こうとし、
「……」
ドアを開ける直前に足を止めた。
「…ゴドの店には色々な方が訪れます。」
唐突に執事長は口を開いた。
「え?」
ルナの困惑する声を無視し、執事長は独り言のように、ルナに聞こえる大きさの声のまま、言葉を続ける。
「…今すぐ向かえば、偶然誰かと会えるかもしれません。」
******
自室に戻った執事長はドタバタと廊下を駆け出す音を聞いた。
メイド達が静止する声も聞こえるが、そんな事はお構いなしに音は玄関へ向かっていく。
窓から外を見ると、屋敷の外へ走り出す彼女の姿がそこにあった。
たった数日前の誰かとよく似ていた。
「…本当に歳をとったんだな。」
つい、昔の口調に戻った執事長はそこである事に気づいた。
まだ数日は続くと言われていた大雨が少しずつ弱まっている事に。
…彼をこの街に留めていた偶然が終わろうとしていた。




