番外編 武器屋店長は悩む
それはまだゴドが武器屋を開いて、間もない頃だった。
とある事情で相棒と共に冒険者を引退した彼は武器屋を始めたのだが、売れ行きはさっぱりだった。
現役時代の伝手を利用して、珍しい武器も用意してはみたものの、見物する人間は訪れても購入する客はほとんどいない。
その理由に彼の人相の悪さもあるのだが、本人に自覚はない。
「まずいな。」
相棒はすでに安定した職に就いていると聞いた。
一方、こちらは店の開店資金などでそこそこあった貯金も底をつく寸前だ。
食事に関しては趣味の家庭菜園があるので困らないが、酒を飲めなくなるのは痛い。
何か手はないか…
ゴドがそう頭を悩ませていると、
「あの~、いいですかね?」
いつの間にか客が入っていたようだった。
イガリでは見た事がない顔で、恐らく最近街に着いた冒険者だろう。
線が細いものの、歩き方だけでかなりの訓練を重ねている事が分かる。
(でも、結局買わないんだろうな~。やっぱ知名度のない俺が造った武器より、有名鍛冶屋の武器でも揃えるか?いや、それだと利益がな~…は~、武器屋って間違ってたか…)
そんな事をゴドが考えていると、
「あの剣をいただいてもよろしいですか?」
男は壁に飾ってある一本の大剣を指さした。
「…あの剣か?」
それはゴドが店の鍛冶場で打った大剣だった。
この店の武器は構造が複雑なモノは除き、基本的に彼が自分で造っている。
冒険者時代から鍛冶屋の仕事をしていて、腕や武器の質に自信はあるものの、表沙汰にしていた訳ではなく、まだ店を始めたばかりで信頼もない彼の武器を買う者はいなかった。
「ええ、この剣です。」
男は迷う事なくうなずいた。
「………」
彼は一応ではあるが、確認をとることにした。
「その剣は有名な鍛冶師が造ったものじゃないぞ?」
「知ってます。」
「店を始めたばかりの男が造った剣だぞ?」
「構いません。」
「金額としては金貨を二十枚は…」
「百枚出しても惜しくありません!」
ドンッ!
男がカウンターに重そうな革袋を置いたので中を改めると、
「……!」
袋にはどう見ても金貨が百枚以上入っていた。
「どの武器も素晴らしい造りです!特にあの大剣!あの大剣に至っては金貨百枚でも安すぎるくらいです!」
「お、おお…」
男の声に若干照れくさくなった彼だが、ふとある事を思いついた。
「…お前さん、時間あるか?」
*******
一時間後
店のドアには「閉店」の立て札が下げられていた。
「ってわけでな~、正直もうピンチもピンチなんだよ~。」
「大丈夫ですって!おやっさんの武器は私が王都に広めておきますから!」
店では客と店主が店のカウンターで酒盛りをしていた。
初めは彼が現在のこの店の経営状況や今後について、会って間もない客に相談すると言う形だったのだが、さすがに何も出さないままではと、とっておきの酒と自家製漬け物を出している内に酒盛りとなっていたのだ。
「でもお前さんも大変だな~。王都の騎士団なんて俺には一生関わり合いのない世界だ。」
客であった男は王都の騎士団に所属して、それなりの立場にいるそうだ。今回は遠征の補給も兼ねてイガリへ来たらしい。
新しい武器屋が出来たと聞いたのでやってきたら、想像以上の質だったので驚いたとの事だ。
「派閥だ、権力争いだ、とか面倒です、本当に。私はただ人を守りたいだけなのに。」
グラスを一息に空にした男は漬け物に手を伸ばすが、すでに皿は空になっていた。
「ほらよ。」
すぐに彼は用意していた別の漬け物を出す。
「ありがとうございます。しかし、この漬け物…いや、いや野菜か。とてもおいしいですね、王都でもないですよ。」
男の賛辞に彼は何も考えずに応える。
「俺の手作りだからな。欲しけりゃやるぞ?」
ガタンッ!
男は急に立ち上がると、酔いが覚めたような目で彼を見ていた。
「今、なんと…?」
「欲しけりゃやるぞって…」
「じゃなくて!え、これ、おやっさんが作ったんですか!?」
男の迫力に驚きながらも彼は説明をする事にした。
「昔から趣味で野菜作ってたんだよ、家庭菜園。若い時にでかい土地ももらったから、全部畑にして…一応、ここら辺で作れる野菜は一通りあるぞ。」
数年前からは果物にも力を入れ始め、本来イガリでは作れないと言われた種類の野菜や果物も無事に収穫している。
これはその道の専門家からすればとんでもない事件なのだが、種まきから収穫まで全てを一人で行い、また土地自体も周囲に誰もいない場所であった事、そして彼自身が『家庭菜園』と思っている為、誰もその事実を知らなかったのである。
彼の畑は引退するとっくの昔に『家庭菜園』と言う規模を軽々と超えているが、
「趣味で作っているんだから『家庭菜園』だろ」
と彼が思い込んでいた事で、『家庭菜園』の話を聞いた彼の知り合いも庭で作っている小さな畑と思っていたのだ。
男はしばらく唖然としたまま、もう一度聞く事にした。
「…マジですか?」
彼は無言でうなずいた。
「その顔で…?」
「ぶっ飛ばすぞ。」
こうして、武器屋だったゴドは一人の騎士との出会いにより、メインストリートで自家製野菜を販売する八百屋ゴドを経営する事になる。
その味、品質はすぐに王都どころか各地方に広がり、ゴドの名前は『武器屋』ではなく、『八百屋』として知られるようになっていった。
なお、その騎士はイガリを訪れた際は必ずゴドの武器屋に立ち寄り、部下や自身の武器を新調するようにしていた。
…シャール国が滅びるずっと昔の出来事である。




