第六話 強欲の森
サティナを出てしばらく歩いた先には深い森に覆われた地域がある。
この森では珍しい薬草が手に入るが、ある境界を超えるとモンスターが大量に現れる。
欲を出し過ぎると身を滅ぼす事を体現した森は、いつしか【強欲の森】と呼ばれるようになった。
それ故にこの森に入る人間はほとんどいない。
せいぜい境界のはるか手前で採集をする薬屋とその護衛ぐらいだ。
朝日が空に昇るとすぐに俺は強欲の森へ向かっていた。
すでに境界を超えている為、小鬼のモンスター、ゴブリンが先ほどから湯水のように出現している。
ゴブリンの驚異は一体一体の力ではなく数だ。
ゴブリンが森に一匹いれば、その森には三十匹のゴブリンがいると言われている程、こいつらは徒党を組み、生息している。
武器は様々だが強欲の森のゴブリンは森で命を落とした人間の武器やその戦い方、知恵まで手に入れている個体もいる。
強欲の森のゴブリンは普通のゴブリンよりも危険な存在なのだ。
「はあっ!」
とは言っても、俺は足を止めたりはしない。
襲いかかってくるゴブリンへは風魔法を使い、蹴散らしていく。
本当は剣があればいいのだが、復讐神の領域から持ち帰り損ねたようで、今は魔法だけで対応するしかない。
サティナで調達する事も出来たのだが、あまり長居したくなかったのも本音だ。
世間的には俺は死人とは言え『国を滅ぼした男』と認識されている。
正面から堂々と入ればすぐに捕まる事は明白だった。
特に魔法都市サティナは他の都市のように城壁だけでなく球のような結界が幾重も張られており、空中だろうが地中だろうが決められた場所以外から侵入すればすぐに発見されてしまう守りがされていた。
本来なら一部の隙もないサティナの結界だが、例外はある。
俺が使う次元魔法だ。
サティナの結界はどのような方法でも、人や魔法が『結界に触れる』事で探知が開始される。ならば結界に触れなければいい。
前回次元魔法を使った時は次元の壁を超えて復讐神の領域に入ったが、一度行った事のある場所への移動も可能だ。と言うより、むしろこっちのほうが正しい使い方だ。
次元魔法でサティナへ侵入し、認識妨害の魔法で俺の顔を別人の顔に見せていたのだが、図書館を出た後、あちこちで情報収集をしているとある事が分かった。
『シャール国を滅ぼした男が今も生きている』
そんな噂が出ているそうだ。
ただの噂と聞き捨て出来なかったのは、情報のあった場所にはスピア・ローズが自ら出向いている目撃情報があったからだ。
結局俺はその後、すぐにサティナから離れ、強欲の森の近くで定番となっている野宿をして夜を過ごした。
などと回想している間もゴブリンの数は増え続けている。
風の刃がゴブリンの胴体を真っ二つにするが、仲間の血を浴びてもゴブリンの群れは止まらない。
ゴブリンも俺が魔法しか使っていない様子を観て、数で押し切るつもりのようだ。すでに周囲はゴブリンで埋め尽くされており、軽く百体以上はいる。
どれだけ強い魔法使いでも魔法を使い続けていればいつか魔力が切れる。そうなれば魔法だけが頼みの人間は無力となる。
それが分かっているからか、ゴブリンも決して怯むことはない。
普通ならこの量のゴブリンは熟練の戦士でも一人で切り抜けるのは相当難しいだろう。ましてや近接戦闘技術がない魔法使いなら、勝ちは決まったも同然。
そんな考えがゴブリンの下卑た笑いから透けて見えた。
「…はあ。」
ため息を一つ。
右足を曲げ、腹の位置まで上げる。
「…普通なら、な!」
魔力を纏わせた右足を強く地面に叩きつける!
地面に放たれた魔力は俺の周囲へ衝撃波となって走り、飛びかかろうとしたゴブリンや離れた木の陰から毒矢で狙っていたゴブリンを吹き飛ばした。
「ギイイイイイイ!?」
ゴブリン達の絶叫が聞こえるが、木や岩、地面に吹き飛ばされ、潰れていくゴブリンの音にすぐに変わっていった。
俺に近かった何体かのゴブリンは後ろにいたゴブリン達が緩衝材になった為、即死してはいないが、すでにまともに戦える状態ではなかった。
それでもどうにか立ち上がろうとするゴブリンに近づき、俺は右足をゴブリンの頭に乗せる。
「魔法の使い方は一つじゃないって事だ。」
一体ずつ生き残ったゴブリンの頭を潰し、俺は歩き続けた。
慈悲などいらない。
モンスターに情けをかけたところで、俺の知らない場所で犠牲者が増えるだけだ。
もし生かしておけば、人への憎悪も増し、下手をすれば森を出て暴れ始めるかもしれない。
…それだけはダメだ。
その後も数えるのも面倒な量のゴブリンを倒し、太陽が一番高い場所に昇った頃、ようやく俺は目的地にたどり着いた。
強欲の森の中心地にある巨大な湖。
『賢き愚者』が住む場所へ。