第五十六話 執事長は語り出す
「まず、始めに…リロ・ルーシャという人間について話さなければなりません。」
「…リロさんを?」
執事長はうなずき、息をつくと、
「リロ・ルーシャ様は我々からの依頼で執事の仕事をしていただきました。」
唐突な執事長の言葉にルナの思考が止まった。
「…依頼?」
その言葉を口にすると、執事長はある日の出来事を語り出した。
*****
バース商会の屋敷の一室。
来客用の部屋にはテーブルを挟んで二人の人間が座っていた。
一人は移動中にエアウルフに襲われたバース商会の危機を救った少女…を助け出した男、リロ・ルーシャ。
そして、もう一人。
来客用の部屋でリロと向かい合うのは部屋の隅に立つ執事長よりもさらに歳を重ねた六十過ぎの老齢の男性だった。白髪や顔こそ老け込んではいるものの、背筋は伸びきっており、話す言葉や眼にも力が感じられるが穏やかな雰囲気を纏っていた。。
「リロ・ルーシャ様。どうかこの話を受けていただけないでしょうか?」
男性の丁寧な言葉に対し、リロは自分の考えを伝える。
「…生憎、バース商会の会長様のご期待に応えられる程の力は持ち合わせておりません。お断りさせていただきます。」
あくまでも最低限の礼を欠かさないように注意しつつ、リロは軽く頭を下げ、部屋を出ようと立ち上がろうとして、
「…何の真似です?」
今まで気配を消していた執事長から漏れ出した殺気にも似た圧にその動きを止めた。
「これ、止めないか!」
会長が慌てて執事長をなだめると、執事長は無表情ながら圧を出すのを止めた。
会長はすぐにリロに謝罪の言葉を口にする。
「失礼しました、リロ様。どうかお許しくだーーー。」
「『俺が助けたあの女の子の護衛をする事』、『護衛期間は十日』、『期間中は【冒険者】ではなく【執事】として振る舞う事』…それが依頼でしたよね。」
リロが執事長へ視線を向けると、執事長は臆する事無くその視線を受け止めていた。
「…どうして、わざわざ俺に依頼する必要があるんです。そちらの方がいれば、何も問題ないでしょう。」
皮肉ではない本心からの言葉に会長と執事長の顔が変わった。
「俺は偶然、近くを通りかかっただけの冒険者です。会長さん達を助けたのはあの子だ。」
リロが偶然通りかかった時に目にしたのは、自らを囮にエアウルフを森へ誘い込んだ女の子の姿と、森に入らず馬車を襲い続ける数匹のエアウルフだった。
残っていたエアウルフを倒し、森へ飛び込んだ女の子を追いかけ、どうにか救出すると、乗車していた会長自ら礼をしたいと半ば無理矢理、イガリの屋敷に連れられたのだ。
「恩人の護衛役となれば尚更、会ったばかりの人間に依頼する事じゃない。下手をすれば商会の名に傷を着ける事になる。」
商売は信用があってこそ成り立つ。
それはバース商会という大商会でも変わりない。
『命の恩人に適当な護衛をあてがった』なんて話が出回れば、商会が潰れるまでには至らないだろうが、商売敵や今後の取引の影響など、受ける損害はそれなりにあるはずだ。
「そもそも、どうして助けてくれた女の子に護衛が必要になる?あのエアウルフが会長さんを狙って送り込まれていた可能性もあるんじゃないか?」
リロはエアウルフと対峙した際、明らかに通常のモンスターとは違う事に気づいていた。
死の間際でも牙を剥こうと飛びかかったあの姿。
『敵意』とは違う『憎悪』。
モンスターが宿す感情としては異質だった。
「…腹の探り合いはここまでにしてもらえないか。これ以上、付き合うつもりはない。」
リロの突き放した言葉に対し、これまで黙っていた執事長はゆっくりと手を動かし、
パチパチパチパチ
手袋をした手で綺麗な拍手をした。
「旦那様、彼は合格かと。」
執事長の言葉に会長も嬉しそうに声を弾ませる。
「ああ!リロ様、大変失礼をしました。改めてご説明をしますので、どうかお席に。」
先ほどよりも警戒のとれた二人の様子にリロはすぐにある考えに至った。
「…俺を試していたのか。」
護衛の依頼に対し、どう反応するのか見極めるのが二人の目的だったのだろう。
もしリロが護衛を何も考える事なく、安請け合いしていたなら、屋敷から追い出されていたはずだ。
「ご気分を害されたなら申し訳ありません。ですが、こちらにも事情がありまして…」
深々と頭を下げる大商会の会長を前にさすがのリロも言葉を改める。
「…いや、こちらこそ失礼しました。」
持ち上げていた腰を落とし、席に座り直すリロを見て、執事長も心なしか表情が柔らかくなっていた。
「………」
この部屋の中で最も警戒する人間は執事長だとリロは考えていた。
立ち振る舞いや動きを見ても、かなりの強者だと分かる。
たった数秒前までは…
「お話をお聞かせ願えますか?」
リロは見逃さなかった。
ただの冒険者に過ぎない男に物腰柔らかに話し、迷う事無く謝罪の言葉を口にする会長の眼を。
のほほんとした顔に一瞬だけ見えたその眼はこれまでに見た誰よりも鋭く、底の知れない光を放っていた。
たった一代で国にも影響を与える商会の長となった男…
真に警戒しなくてはならないのは会長なのかもしれない。
その片鱗をリロは感じ取っていた。




