第五十四話 もう一つの戦い
リロと暗殺者が戦っていた時、バース商会の屋敷ではある異変が起きていた。
バース商会の屋敷は巨大な敷地を囲むようなレンガの外壁がある。
一見なんでもないどこにでもあるような壁だが、侵入者対策の結界の魔法陣が埋め込まれている。
屋敷の人間の許可無く忍び込もうとしても結界が見えない壁となって侵入を防ぎ、無理に突破すれば屋敷内の人間全てにそれが伝わり、さらに敷地内に仕込まれた迎撃用の罠や多重結界が反応する。
地脈から魔力を使っている為、結界が消える事はなく、解除には解除権限を持つ者の意思が必要となる。
だが、執事長がゴドを屋敷に招き入れてしばらく経った頃、何の前触れもなく屋敷の外壁に張られていた防犯結界が全て消えた。
何らかの異常により、結界を維持する事が出来なくなった場合はすぐに警報が鳴るシステムなのだが、それも起きない。
結界が消えて数秒後、外壁をよじ登る人間が現れた。
それも一人や二人ではない。
周囲の外壁からうじゃうじゃとざっと百人以上の人間が屋敷の敷地へ侵入したのだ。
暗がりで分かりにくいが、彼らの服装は統一されていない。
よく見ると街のならず者や荒くれ者、中には名の知れた暗殺者や盗賊までもその中に含まれていた。
彼らはある人物から依頼を受けている。
『屋敷の襲撃及び少女がいたら連れ去る』と言う依頼を。
バース商会の屋敷へ乗り込むなんて暴挙、どれだけ報酬が高くても余程の命知らずでない限り躊躇するはずだが、彼らに迷いはない。
全員が『依頼の金さえもらえれば後はどうでもいい』と考えているのだ。
彼らは疑問を持たない。
普段の自分達からすれば、今の自分達がどれだけ愚かな事をしているのかも。
目が合った瞬間、殺し合いをするほど敵対している人間やグループとも一緒に行動している事も。
全員が会ったはずの依頼人の顔も名前も分からなくなっている事も。
依頼人からの話の通り、防犯結界は時間通りに解除された。
彼らの頭の中には依頼人からの言葉だけが繰り返されている。
『少女を連れ去る事』。
『他の人間は邪魔なら殺しても構わない』と。
「いくぜええええええ!」
イガリ近辺で賞金首として手配されている盗賊団の首領の声と共に彼らは敷地を駆け抜け、屋敷へ向かう。
**************
「おらあああああああああああ!」
身の丈ほどもある大剣の一振りが攻め込んできた五人を一度に吹き飛ばした。あまりにも速く、強いその一振りは離れた場所にいる者達にも強風となってその威力を示す。
(さすがに鈍ってはいないか…)
現役から離れていてもお互い腕は落ちていない事に彼が安堵していると、
「お?」
五人が一度に吹き飛ばされた事をチャンスと思い、剣を振り抜いた直後の隙を狙い、新たに五人が囲い込むように魔法を一斉に放った。
火、水、風、土、雷…
確かに剣、それも大剣なら振り抜いた直後は大きな隙が生まれ、五方向からの同時攻撃、それも魔法攻撃なら全てを防ぐ事は出来ないだろう。一発でも当たれば、そこへ追撃をかけられる。
「…相棒じゃなければな。」
「うおおおおおおおおおらあああああああああああああああ!」
雄叫びを挙げながら振り抜いた剣をあえて止めず、そのままハンマー投げのように回転し続けると相棒は
「なめんなああああああああああああああ!」
五方向から来た魔法攻撃をぶん回した大剣で同時に防いだ。
飛びかかっていた五人の顔が驚愕する。
(うわ、出たよ。物理法則全無視の力技…)
普段の口調とは全く違う本音を彼が心中でこぼしていると、
「どっせいいいいいいいいい!」
相棒は持っていた大剣を本当にハンマー投げのように飛びかかってきた五人の内の一人にぶん投げた。
「はぎゃ!?」
情けない声を漏らし、大剣にぶつかった敵はそのまま大剣と共に屋敷の敷地外へ吹っ飛んでいったが、
「あ。」
敷地との境目、何もないはずのその空間にぶつかり、そのまま地面に落ちていった。
大剣と男が大きな音を立てるが、襲撃者達は全員男がぶつかった空間を見ていた。
「け、結界…?」
「そんな、屋敷の結界は全て解除されたはずだ!」
「じゃあ、なんで!?」
「…まさか。」
誰かが発した一言でさっきまで攻勢だった連中は、突如静まりかえった。その目が全て一カ所に注がれる。
目線が全て彼の元に集まるが、
(いやいやいやいや、ちがうから…)
彼は首を振り、別の場所に目を向ける。
「ふうううううう!ふうううううう!」
獣のような声を出しながら、相棒が襲ってきた残り四人をいつの間にかたたき伏せていた。
「誰一人、逃がさねえぞおおおおおおおお!!!」
それまで何かに取り憑かれたように一歩も引く事のなかった彼らの足が確かに一歩下がったとこを彼は見た。
ちなみに彼も少し引いている。
(うわ~、やっぱりやってたよ。【結界魔法】なんて、普通魔法陣とか色々仕込まないと出来ないのに、個人で発動出来るとは思わないよな。)
相棒の持つ魔法【結界魔法】。
その名の通り、結界を周囲に張る魔法だが、世間では貴重な魔法と認知されている。
使う人間によってその結界の質は大きく異なるものの、防御という面では他の魔法よりもずば抜けた特性を持つ為、守備の要として冒険者にも需要がある。一方で攻撃にはほとんど利用できない魔法の為、使いどころが難しいとも言われている。
(…そんな【結界魔法】を自分の武器に使って、思いっきり殴り飛ばすのに使うって。)
人やモンスターを剣で斬れば、血や油で切れ味はどんどん落ちていく。もちろん、剣の材質や魔力を通し強化したりすれば話は違う。
だが、永遠に使える武器など存在しない。
強化を続ければ蓄積された負担に耐えきれず、武器はいつか壊れていく。
切れ味や威力の劣化を防ぐ魔具もあるが、乱戦になった場合は常に補充が必要となり、隙も出来る。
「じゃあ、武器を結界で包めばいいんじゃないか?」
と、かつて相棒はそう言ったのだ。
本来なら『斬る』はずの剣を独自の魔法を使う事で、『斬れない』剣にするというやり方は目の前の男しかやらないだろうと彼は考える。
その証拠に彼が投げ飛ばした剣は傷一つなく、また剣を投げつけられた男からも斬られた傷はない。
(まさか、敵もそんな戦い方をするとは思っていないだろうな…)
彼は改めて地面でぴくぴく動いている哀れな一人を見て、ほっと息をつく。
(生きてるか…本当、丸くなったな。)
彼の知る昔の相棒なら、張った結界ごとぶちこわす勢いでぶっ飛ばしていただろう。
「うおおおおおおおおおおお!」
相棒は硬直している連中へ走り出すと、今度は素手で片っ端から殴り飛ばしていった。
「ひ、ひるむな!」
誰かの発した声に襲撃者達は再び動き出すが、暴れ狂う相棒の前では枯れ葉も同然のように散っていく。
「おっと!」
彼は自分にも攻撃してきた連中を躱しながら、相棒へ声をかける。
「いくぞ!」
彼は敵を蹴り飛ばすと、持ってきていた槍を勢いよく相棒に投げつけた。
「おう!」
相棒は彼を見ないまま、槍を受け取り、【結界魔法】で槍全体を包み込むと、更なる勢いで敵を蹴散らしていった。
「…やっぱり、ストレス溜まるのかな。」
相棒の今の仕事は昔とは違う。
自由にやっていた昔とは違い、今は街でも有名な分、何気ない仕草まで人に見られる事も多い。
『久しぶりに暴れる』と言っていたのは普段の反動でもあるのだろう。
そう考えると彼は今日何度目かになるため息をついた。
「…大変そうだな、執事長って。」
彼、ゴドはそうつぶやくと、たった今吹っ飛ばされた連中とこれから彼らに起きる事を予想し、静かに祈った。
(…頼むから今のうちに降伏してくれ。)
相棒が本気になる前に…
彼の思いとは裏腹に犠牲者はさらに増え続ける。
「どおおおおおおおおしたああああああああ!!そんなもんかああああああああああああ!?」
全てを威圧する咆哮と共に、執事服を着た脅威は暴れ続ける。




