第四十八話 最高最悪のカード
「ねえ、【精霊魔法】の巫女さん?」
「…どうして、それを!?」
動揺し、立つ事も出来ないルナに女性店員はナイフを手で遊ばせながら話し続ける。
「気づく人は気づきますよ。あんな『安物の剣に炎を纏わせる』…だけじゃなくて、『その炎を斬撃として放つ』なんて事、普通は出来ない。いや…」
ナイフを空中に回転させ、器用に受け取ると彼女は一度真顔になった。
「…出来ちゃいけない。」
世間話をするように女性店員は少しずつ、確実にルナとの距離を縮めていく。
「私は受けた仕事は必ず成功させる。だから、あなたをずっと観察していた。」
数歩といかない距離まで接近した女性店員にルナは右手を前に突き出すが、
「ああ、いいですから。そういうの。」
女性店員は手で遊んでいたナイフを何の予備動作もなく、投げつけた。
「っあ…!」
ナイフはルナの右足に刺さり、彼女を地面に縫い付けた。
「あああっ…!」
痛みでうめき声を上げるルナの目の前まで来た女性店員はそのまま空を見上げる。
満天の星空を目にしながら、彼女はため息をつく。
「本当なら、とっくに依頼は達成しているはずだった。ですが、あの男…リロ・ルーシャのせいで全ては変わってしまった。」
リロの名前を聞き、ルナは痛みに耐えながらも顔を上げる。
「リロ…さんが?」
女性店員は新しく出したナイフを手で遊びながら、うなずく。
「本当にあの男は厄介でした。私の計画ではあなたは『エアウルフに殺される』予定だった。仮に生き残っても、『傷を癒やす時間もとらず街を出る』はずだった。」
「…え?」
ルナの心にじわりと得体のしれない恐怖が這い上がってくる。
今、目の前の人間が言った言葉に嘘は感じられない。
だが、どうして『赤の他人』が『自分』をそこまで知っているのか?
「あの男は私にとっては『最悪』、あなたにとっては『最高』のカード…まさにジョーカーだった。だから、『あなた自身にリロ・ルーシャを始末してもらう』事にしました。」
「…まさか。」
考え続けたルナはある仮説に辿り着いた。
だが、それはこれまでにない恐怖の答えでもあった。
何故なら、その答えはこのイガリの街に来てからの自分を全てーーー。
女性店員はルナの表情に満足そうに笑顔を作る。
「気づきましたか?そうです。答えは『私はあなたの全てを知っている』…訳ではなく…」
女性店員はしゃがみ込み、ルナの鼻先まで顔を近づけ、真実を告げる。
「『私があなたを操っていた』…それだけです。」
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「私はある暗殺集団にいましてね。過程は省きますが、暗殺神なんてモノと契約して【スキル】を手に入れたんですよ。」
呆然とするルナに女性店員だった暗殺者は立ち上がりながら、またナイフを手で遊ばせていた。
「【情報撹乱】って名付けましたが、大きな力はありません。『情報を撹乱させる』…それだけです。」
暗殺者はそう淡々と説明しながら、ナイフを遊ぶ手を止めた。
「とは言っても、使い道はあるんですよ意外と。」
暗殺者の持っていたナイフが怪しく輝き、暗殺者は近くにあった一際大きな木にそのナイフを投げつけた。
若々しい緑の葉っぱを揺らす木の幹にナイフが突き刺さると同時に、
「…!」
ルナもその光景に目を疑った。
これから先も何年、何十年とこの森にそびえ立つであろうだった木の葉は一瞬で枯れ落ち、太くたくましかった幹は水分を失い、自らの重さを支えきる事も出来ず、枯れ木となりゆっくりと倒れた。
「こんな風に『全盛期の木』を『死ぬ一歩手前の枯れ木』と認識させたり…もちろん人間相手でもそれなりに効果はありますよ。例えば…」
『名前も知らない余所者』を『古くからの街の住人』と錯覚させ、
『傷も癒えていない怪我人』に『やらなくてはならない何かの為に一秒でも街を出なくてはならない』と思い込ませ、
『安物の武器』を『命よりも大事なモノ』と信じ込ませ、
「あ、ああ…」
ルナは暗殺者が次に言う言葉が分かった。
分かってしまった。
足を貫く痛みも気にならないほど、緊張による動悸が胸に響く。
暗殺者はその最後の言葉を口にする。
「『好きな人』を『自分を狙ってきた恐ろしい暗殺者』と勘違いさせたりもね。」
「あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
ルナの叫びが森に響いた。
『操られていた』真実を知っても、実際にリロを傷つけたのはルナ自身。
その怒り、悲しみ、後悔、全てがごちゃまぜになって涙となる。
暗殺者は涙をぼろぼろと流すその姿を見て、わずかに顔を曇らせたが、すぐに笑顔に戻る。
「しかし、あの男は最期まで強敵でした。」
暗殺者にとって何よりも予想外だったのはルナに仕掛けた【情報撹乱】が無効化された事だった。原理は分からないがリロが関係している事だけは確かだった。
一方、運は暗殺者の方が良かった。
リロはルナにかけられた【情報撹乱】の効力も、自身が意識せずにその力を打ち消していたと気づいていなかった。
だから、ルナに刺させる不意を突けたのだ。
「剣の爆発で二人まとめて始末されるはずだった…だが、剣が過剰な魔力で爆発するとすぐに気づいたあの男は私を狙った風魔法をあなたに撃つ事であなたを守った!自らを犠牲にして!」
暗殺者は心からの賞賛を死人となったリロに手向けた。
死の間際になってこそ、人の本性は出る…
それが暗殺者の知る唯一の真実だった。
リロを殺す事は依頼にはなかった事だったが、本命を仕留める為にはやむなき犠牲であったと暗殺者は考えている。
ルナには死の前に惨い事をさせてしまったとは思うが、万が一自分がリロと正面から戦えば苦戦は免れなかった。
それだけの何かをリロから感じていた。
…その脅威もいなくなった。
これで依頼を阻む者はいない。
「勝手な考えですけど、『分からないまま死ぬ』より『分かって死ぬ』ほうがまだいいと私は思っています。」
新たに懐からナイフを取り出した暗殺者は表情を引き締め、誰にも聞こえない声で言葉を紡ぐ。
「…これで本当に終わりです。信じられないでしょうけど、あなたとは友達になりたかった。これは私の本心です。」
暗殺者はナイフを振りかぶると涙で地面を濡らし続ける少女に決別の言葉を贈る。
「せめて安らかに。これが刺されば痛みも悲しみも全てを忘れて穏やかに終われます。」
暗殺者はこれまでやってきた事と同じようにその目的を果たす為、ナイフをルナの首元に振り下ろす。
ナイフが刺さる感触、飛び散る血、今まで通りの何十、何百とこなした感覚が暗殺者の体に染み渡っていく。
はずだった。
「…まったく、本当に厄介ですね。」
振り下ろされたナイフを刀身ごと掴むその『誰か』に暗殺者は苦々しげな顔をする。
「『ジョーカー』はその場の思いつきだったんですが…案外、的を射てましたね。」
バキッ
ナイフを握りつぶしたその『腕』に暗殺者はすぐに距離をとる。
「得体の知れない存在…まさにあなたにお似合いだ!」
興奮する暗殺者に対し、ルナは現れた『彼』の姿ではなく、『腕』に目を奪われていた。
『彼』の両腕には、所々が焼け焦げた執事服と明らかに不似合いな『黒い鎧』が装備されていた。
「リロさん…?」
ルナのその言葉に『彼』は何も返さず、暗殺者に目を向ける。
「得体の知れない存在…か。なら、それでいい。」
『彼』は迷わない。
その『力』を使うと決めた以上、何があろうと。
「得体の知れない存在とのゲーム、最後までつきあってもらう。」
リロ・ルーシャは歩みを止めない。
「【復讐道】」
漆黒の鎧を纏い、立ち向かう。




