第四十七話 揺らぐ世界
「………」
いつまで待っても頭を貫く衝撃も痛みも来なかった。
ゆっくりと目を開け、一度は諦めた世界を見る。
「……あ。」
何度も目にした背中がそこにあった。
最後の最後で会いたいと思える人がいた。
「あ、ああ…」
一体どれだけ無茶をしてここへ来たのだろう。
いつも着ている執事服は後ろ姿だけでも分かるほどに汚れ、あちこちが破れている。
地面に落ちているナイフは彼の血が着いたのか、赤く染まり、怪しく光を反射している。
それでも彼は何もなかったようにただ一言、私に言葉をかけてくれる。
「もう大丈夫だ。」
「!」
いつもの距離を取ったような丁寧な口調と違うぶっきらぼうな言葉。
その言葉を聞いて、あの日を思い出す。
エアウルフに襲われた人達を守る為、自分を囮にしたあの日。
追い詰められ、死を覚悟したあの瞬間。
窮地を救ってくれた誰かは私に同じ言葉を…
「あ、ああ…!」
全てがつながった。
あの日の事も、そして今も…全部。
私は心を奮い立たせ、剣を抜いた。
剣を持つ手に力が入る。
あと一回…
それが魔法でも、ただの一振りでも確実に壊れると断言された剣。
…今がこの剣を使う時なのだろう。
…迷う必要はない。
「……」
私は剣を持ち直し、ありったけの魔力を込めた。
「…来るぞ!」
暗闇からのナイフを彼は難なく躱し、その方向へ向けて魔法を放とうと右手を伸ばす。
「今度は逃がさーーー。」
その言葉が何を意味するのか私は分からなかった。
彼がその言葉を言い終える事は出来なかった。
ドスッ
短く小さくも、何かを貫く音が静かに聞こえ、彼の体が一瞬、激しく揺れた。
「な、に…?」
彼の視線がゆっくりと背後へ向けられた。
その目に映ったのは彼を突き刺した剣を持つ、
「…ル、ナ?」
血まみれの私だった。
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「ぐ…あ!」
貫かれた痛みに苦悶しながらも、リロは自分を貫いた剣を一瞬見た後、そのまま強引に体に力を入れた。
「あああああ!」
叫ぶ事で痛みを紛らわせると同時に、彼の右手は背後のルナへ向けられた。
「離れろおおお!」
直前まで敵に向けられていた暴風の一撃がルナを吹き飛ばす。
「きゃああああああ!」
声を上げ、大きく飛ばされたルナはすぐに顔を上げる。
「……え?」
彼女がそこで目にしたのは体に刺さった剣を力任せに抜き取ったリロと
ドカアアアアアアアアアアアア!
激しい閃光と共に爆散した自分の剣だった。
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「え…なんで?どうして…?」
爆発と衝撃で周囲の木は倒れ、その中心点は焼け野原となっていた。
そこにはリロさんの姿もなく、ただ執事服だったと思われる布の切れ端が風に乗って私の前を舞っていた。
「どうして…?」
私はそう言うしかなかった。
どうして?
どうして、私はリロさんを『敵』と思ったの?
どうして、リロさんを刺したの?
どうして、リロさんを『怖い』と感じたの?
どうして、あの日助けてもらった事も今も全てリロさんが仕組んだ事だと思い込んだの?
どうして…
どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして…
「リロさん…」
体が動かなかった。
また何かをしてしまうんじゃないかと言う恐怖が私から力を奪っていた。
「いや~、ずいぶんと計算が狂いましたね。」
立ち上がる力もない私の耳に聞こえたのはお気楽な声だった。
「まさか、あの土壇場でルナさんを『守る』なんて。普通、分かっていても出来ないでしょ。」
その声を私は知っている。
メインストリートで毎日聞くその声の人物は私の悩みを聞いて、助言をくれる友人のような存在だった。
「まあ、障害は消えましたし。結果オーライって感じですかね。」
「あなたは…」
ゴドさんの八百屋の女性店員さんが森の闇から現れた。
今朝会った時と全く変わらない様子の彼女なのに、とても嫌な感じが伝わってくる。
彼女は笑顔のまま、さっきまで私に投げられていたナイフを手元で回転させながら、その切っ先を私に向けた。
「まあ、最期くらいは『真実』を知りたいでしょう。」
彼女は笑顔のまま、言葉を続ける。
「ねえ、【精霊魔法】の巫女さん?」




