第四十五話 ルナの一日(後編)
「ここが店員さんの言っていた場所。」
日が沈みかける頃、私は女性店員さんが教えてくれた『秘密の場所』に来ていた。
『秘密の場所』はイガリの外れの森の中にあり、ここまで来るのにとても時間がかかったけどどうにか私はたどり着けた。
「…本当に何もないんだ。」
先ほどまであった空さえ隠すほど高く伸びた木々もなく、平らになった地面だけが広がるこの場所には動物の気配もない。
聞いた通り、本当に何もない場所だった。
*****
「デートに誘いましょう。」
「えええええええええええええええええええええええ!?」
リロさんへのお礼を考えつかない私に女性店員さんはさらっと爆弾を投げつけ、私は思わず叫んでいた。
「ちょ、ちょっと!声が大きいですって!」
女性店員さんに口をふさがれて、私は向けられる周囲の視線にようやく気づいた。
歩く人も店を経営する人達も何事かと私を見ていた。
「ふぉ、ふぉふぇんふぁふぁい…!」
なんとか謝罪を伝えると女性店員さんも大丈夫と判断したのか、手を放してくれた。
新鮮な空気を大きく吸って吐いてを繰り返し、私は改めて問い返す。
「どういう事ですか、で、デートって…」
それでも動揺は消せなかった。
女性店員さんは私の体を足先から頭までじっくり視線を這わせるとキリッとした顔で口を開いた。
「いいですか?ルナさんは胸(一部)を除けば女性なら誰もが憧れる容姿をお持ちなんです!おまけに性格の良さや、さっきの初心な点…ああ、もう本当にこんな人がいるなんて!」
なんか所々に触れてはならない言葉があったけど、私はそのまま聞き流す事にした。
「とにかく!ルナさんが一言『デートしませんか?』と言えば、リロさんも無下には出来ないはずです!もし、断ればこのメインストリートの『ルナちゃん大好き同盟』の方々が…」
「ど、同盟?」
さすがに聞き逃せなかった。バッと振り返ると、他の店の人達が一斉に目を逸らした。
「まあ、それは置いといて。」
それでも店員さんは私の反応を気にせず、どこからか出した地図を店先に広げ、ある一点を指さした。
「オススメはここです!」
その場所は街から離れた場所にある森だった。
地図を見る限り、そこへ向かうには今から出発しても日暮れまでかかると思う。
そして、何より…
「ここ、何もないんじゃ…」
周囲には何もなかった。
お店も民家もない。
隠れた老舗の料理店があるのではとも考えたけど、いくらなんでもこんな場所に店を構える理由はないだろう。
困惑しながら店員さんの顔を見ると、その顔は自慢げなままだった。
「そうです!何もない!ですが、そこが売りなんです!」
店員さんの目が怪しく光り、私はその目に引きつけられ、彼女の次の言葉を待った。
「ここは夜になると星がとても綺麗なんです!」
*******
私がリロさんにあげられるものは何もない。
店員さんは「私といる事がリロさんへのプレゼント」と言っていたけど、それじゃあ私は納得出来ない。
だから、せめてリロさんに思い出になるほどの綺麗な星空を見てもらおう。
この街を出た後もリロさんが私を思い出してくれるように。
そう考えていたら私の足は店員さんの言っていた場所へ向かっていた。
モンスターがいないとは言え、街外れの森の中を歩き続けるには時間がかかり、夕暮れ時にようやく到着した時には体力も底をついていた。
「こんなに急に来なくてもよかったかも…」
今更ながら私は何の準備もなくここへ来た事を後悔した。
日が沈んだ後の森を歩く事はリスクが大きい。
モンスターや危険な動物もいなくても、夜になれば帰り道の方角すら分からなくなるだろう。
食料もなければ、野営をする為の道具もない。
あるのは一回使えば壊れてしまう剣と、ここでは何の価値もないお金だけ。
「……あれ?」
そして、私はもう一つある事に気づいた。
「私、どうしてここに来たかったんだろう?」
リロさんと行く前に『下見に行くべき』と考えていた。
でも、『今すぐ』行く必要はなかった。
場所を教えてもらった時から、往復で夜になると分かっていたはずなのに。
せめて誰かに伝えてから、行くべきだった。
…いつもの自分ならそうしていた。
何かがおかしかった。
それに…
「どうして、私は剣を買い換えなかったの?」
これまで『何度も』していた事をどうして『今回』はしなかったのか?
一つ一つの自分の考えが少しずつズレている事に気づいたけど。
…全て、遅かった。




