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番外編 動き出す者
それはただ静かに待っていた。
街に入る前からずっとそれは待っていた。
たった一回の機会、己の力を存分に活かせる瞬間を待っていた。
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それはただゆるやかに見ていた。
街に溶け込み、人に紛れ、それはずっと見ていた。
己の存在を隠し、何者にも気づかれる事なく、誰も気に留めない影のように見ていた。
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それはただ穏やかに研いでいた。
刃物のような鋭い衝動をずっと研いでいた。
何者にも知られる事なく、あらゆるモノを切り裂く鋭さに達してもその衝動を研いでいた。
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それはただひたすらに耐えていた。
万全の状態が整うまでただ耐えていた。
何回もあったチャンスを歯を食いしばり、腕に爪を立て、心を殺しながら耐えていた。
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それは止めた。
待つ事を止めた。
見る事を止めた。
研ぐ事を止めた。
耐える事を止めた。
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それは動き出した。
誰にも気づかれず、何よりも鋭い衝動を胸に秘め、待つ事も耐える事も止め、動き出した。




