第三十七話 片手剣の少女
「ああ、もう!なんでこんな事に!!」
森の中を少女はひたすら走っていた。
まだ時間は昼時にも関わらず、生い茂った木々のせいで日光は遮られ、視界は悪い。
昨日まで降っていた雨で泥となった地面、人が走れるように舗装されていない獣道、そしてどんなに逃げても止むことの無い追跡…あらゆるものが少女の体力と心を少しずつ、確実に削いでいく。
(迂闊だった!もっと早く気づいていれば…!)
そう後悔しながらも腰に差した片手剣を使う選択肢を彼女は考えなかった。
戦うにはあまりにも分が悪い事は分かっている。
故に彼女の足は止まらない。
いや、止められない。
背後から迫るモノの危険性は彼女もよく知っている。
追いつかれた時、自分がどうなるのか…
「!」
浮かんだ最悪の未来を振り払い、彼女は足を動かす。
「ウオオオオオオオン!!」
体を硬直させるかのような遠吠えが耳に響く。
思わず背後を振り返ると、そこには黒いオオカミがざっと見ただけで十頭以上はいた。
(エアウルフ…!さっきより多い!)
風のように駆けるオオカミのモンスター、エアウルフ。その脅威は一度狙った獲物はどこまでも追いかけ続けるそのしつこさと、それを可能とする無尽蔵の体力だった。
そのエアウルフからすでにかなりの時間逃げている少女の体力も限界が来ようとしていた。強引に森を突っ切っていた事により速度も徐々に落ち始めている。一方、エアウルフ達は障害物を華麗に避け、速度を保ったまま、距離を縮めていく。
「ウオオオオオオオン!!」
「ウオオオン!」
少女はさらに増えるエアウルフの声に覚悟を決める。
(…これ以上は無理!)
腰の片手剣を鞘から引き抜き、自らの魔力を流す。
刀身を炎が包み込み、足を止め、振り向き様に刃を後方目掛けて振るう。
「【火炎刃】!」
片手剣から放たれた炎の斬撃がエアウルフに向かうが、追跡者達はその攻撃を簡単に避けていく。
「…やっぱりマズイかな。」
そう口にしたが、足を止めた事ですでに距離は縮まってしまった。
炎の斬撃を見たせいかエアウルフ達はすぐには飛びかかってはこないものの、何匹かは少女の背後に移動している事が気配で伝わった。
絶体絶命の危機…
それでも少女は剣を持つ手に力を込める。
「負けない…!こんなところで終われない!」
震える体に自らの言葉を言い聞かせ、再び剣に炎を纏わせる。
「終わるもんかあああああああ!」
少女の叫びと同時にエアウルフが全方向から一斉に襲いかかる。
数秒後には少女の体から出た赤い血が周囲に染み渡るだろう。
そうなるはずだった。
ヒュッ!
しかし、それは起きなかった。
風を切るような音と同時に少女に飛びかかったエアウルフの全てが何かに当たったかのように不自然な方向に吹き飛ばされていた。
「…え?」
地面に倒れたエアウルフ達は血を流し、ほとんどが息絶えていた。
周囲を見回すが誰かが近くにいる気配はない。
当然、少女が行ったことでもない。
「…助かった?」
安心からか少女の腕から力が抜け剣を落とす。
慌てて拾おうと身をかがめると
「グルルアアアアッ!」
最後の足掻きか、まだ息があった三匹が最後の力で少女へ向けて飛び込んできた。
「っ!」
高く飛び上がったエアウルフに対し、少女は何とか剣を取ったものの体勢が悪かった。
一匹は凌げても、続く二匹目、三匹目の攻撃に対応は出来ないと少女は直感で分かった。
(おわ、り…?)
今度こそ、少女は死を覚悟したが、
ズバッ!
背後から何かが飛んできたのを感じた瞬間、三匹のエアウルフの体が切り裂かれた。
体を寸断された三匹のエアウルフ達は今度こそ、息を引き取った。
「ハアッハアッ…!」
死まであと少しだった事実に少女の呼吸が大きく乱れる。
何とか呼吸を整えようとするが、意識とは裏腹に息はますます荒くなる。
「ゴホッゴホッ!」
酸素が足りなくなり、意識が朦朧としていく中、少女は誰かがやってくる気配を感じた。
ほとんど反射で剣を取り、立ち上がった少女は相手の顔も見ないまま、剣を向ける。
「うう…」
すでに目はうっすらとしか見えず、自分が何をやっているかも少女は分かっていない。
剣を向けられた誰かはそんな少女の様子に驚いたようだが、それ以上近づく事はしなかった。
「落ち着け。」
そう言って誰かは両手を挙げ、攻撃の意志がない事を示した。
「………?」
消える寸前の意識で少女はその行動に戸惑った。
誰かは少女に向けて一言、伝える。
「もう大丈夫だ。」
「!」
その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた少女の何かが切れ、意識は完全に消えた。
誰かは少女が倒れる前にその体を支え、彼女の表情を見た。
さっきまでとは違う年相応の安らかな寝顔に誰かは安堵し、少女を背負う。
「…『身分証明書』ちゃんと使えるんだろうな、ゼム。」
誰かは誰にも聞こえない声でそうつぶやいた。




