番外編 旅立ちの数日前
アズサ・ソメヤとの戦いから三日が過ぎていた。
ゼムは多忙な仕事の合間にワイズの屋敷を訪れ、ワイズとある事について話し合っていた。
テーブルを挟んで話す内容は餞別として送る『身分証明書』の『ある部分』について。
「お前の言う通り、あいつの魔法から名前をとるのはいいと思う。」
二人は、今は屋敷にいない人物の『身分証明書』に使う名前について考えていた。
『身分証明書』は本来、偽造も複製も出来ない。
だが、ゼムはある抜け道を使い、それを可能としていた。
「【復讐道】だから『リロ』とは安直かと思いましたが…よろしいですか?」
ゼムの問いかけにワイズもうなずく。
「ああ。今までの名前と離れていた方が色々と都合がいいだろう。姓のほうは『ルーシャ』としよう。」
「それは『シャール国』からとっているんですよね?」
ゼムは『身分証明書』を取り出し、テーブルの上に置いた。
まだ未登録の『身分証明書』なので、魔力を通しても何の情報も表示されない。
「…そうだ。ある意味、願掛けのようなものだがな。」
【復讐道】を進んだ弟子が故郷を忘れないように。
そんな小さな祈りを込めての名前だった。
「…では、『身分証明書』の名前は『リロ・ルーシャ』で登録します。それで、姐さん。」
ゼムは一度言葉を句切り、ワイズを見つめる。
「アンタ、何を知ってるんです?」
先ほどまでとは違い、油断のない目つきとなったゼムにワイズは黙ったままだった。
「アズサ・ソメヤが話していた『本当の理由』も知っているんじゃないですか?」
確信はない。
証拠もない。
ただ、なんとなくだが知っているかもしれないと言う予感がゼムにはあった。
同時に…
「…………」
ワイズが話さない理由も薄々だが分かってはいた。
反論もなく沈黙を続けるワイズにゼムは頭を下げる。
「…失礼しました。『身分証明書』は早急に用意しますのでご安心ください。」
テーブルの『身分証明書』を回収し、ゼムは立ち上がった。
余計な事をしたとゼムが内心反省をし、部屋を出ようとすると、
「確証はない。」
ワイズのその言葉で動きを止めた。
ゼムは振り向かず、そのまま耳を傾ける。
「…いくつか予想はつく。だが、今は話す事は出来ない。」
その言葉を聞き、ゼムは自分の予想が当たっていたと胸をなで下ろした。
ワイズは『話すつもりがない』のではなく『話す事は出来ない』と言っていた。
それは、自分の言葉が余計な混乱を巻き起こすと分かっているからだった。
「なら、話せる時が来たら誰よりも先にお願いします。」
ゼムはそう返し、今度こそ屋敷を出ていった。
一人残ったワイズは宙を見つめ、静かに呟く。
「…その話を聞いた時、お前は、いや。」
ワイズは何もない空へ手を伸ばす。
「『お前達』はどうするのか…」
伸ばした手は当然の事ながら何も掴めなかった。




