第三十六話 旅立ちと贈り物
雲一つない青空が広がっている。
太陽は昇ったばかりで空気もまだ少し冷えている。
周囲を見回した後、俺は意識を目の前に向ける。
「【復讐道】」
両腕に黒い鎧が具現化し、俺は眼前の巨大な土塊に狙いを定める。
「………」
鎧から溢れる力を右腕に集め、強く拳を握り、
「はあっ!」
勢いよく放たれた拳は土塊の中心に突き刺さった。
ピキッ
拳が刺さった場所を中心に土塊に小さな亀裂がいくつも現れ、それは全体に広がっていく。
ピキピキピキッ
そして数秒もしない内に土塊は静かに粉々に砕かれた。
「……違うか。」
俺はイメージと違う砕け方をした土塊のかけらを見て、肩を落とした。
アズサ・ソメヤとの戦いから十日が過ぎていた。
俺は【復讐道】の力を調べる為、ゴーレムの残骸や土塊の後片付けと並行して色々な事を試していた。
現状、【復讐道】について分かっている事は三つ。
まず、一つ目。
【復讐道】はあくまでも数ある【闇魔法】の一つである事。
【闇魔法】も他の魔法のようにいくつも種類があるようだが、今のところ俺には【復讐道】の鎧の具現化しか出来ない。
二つ目。
【復讐道】を具現化した場合、【身体強化】や【風魔法】などの魔法の能力、威力が大きく上がる。
【復讐道】は単体で発動しても【身体強化】に近い効果が出るが、他の魔法を強化する補助的な力を持っているようだ。
三つ目。
最も重要な事だ。
【復讐道】は俺が『使えないはずの魔法を使える』ようになる。
アズサ・ソメヤに使った【封印魔法】や【記憶改竄】。
俺には本来この二つの魔法は使えない。
知識として知っていても実際に使うとなると話は別だ。
それなのに、俺はあの時、何の疑いもなくこの二つの魔法を同時に使った。
『出来ない』という考えがなかった。
この事に気づいたのは戦いの翌日だった。
試しに近くで見つけたモンスターに【封印魔法】をかけようとしたが、その時は【封印魔法】は使えなかった。
【復讐道】を使っていなかったせいかと考えたが、【復讐道】を使ってみても結果は変わらなかった。
さっきの土塊を壊した時も【水魔法】を使おうとしたのだが、何も起きなかった。
【復讐道】が三つ目の能力を発揮する際はもっと別の条件がいるのだろう。
以上が【復讐道】について現状分かっている事だ。
「……」
【復讐道】を解除し、一度地面に腰を着ける。
アズサ・ソメヤとの戦いの時は能力についても深く考える事はせず、曖昧な状態でしか使えていなかった。
ワイズとゼムがいなければ、アズサ・ソメヤを倒す事は出来なかっただろうし、今こうして考えにふける事も出来なかっただろう。
それに夢で見たあの騎士は言っていた。
「まずは『両腕』を使いこなせ」と。
【復讐道】にはもっと先がある。
『両腕』だけでこの力なら、それ以外ならどんな力が手に入るのか。
…恐怖を乗り越えたとは言え、やはり不安はある。
大きすぎる力に自分を見失わないか。
力に溺れてしまわないか。
身に余る力を手に入れた人間の末路を何人も見てきた。
…とは言え、【復讐道】は俺の復讐の達成に必要な力だ。
幸いにも今は、憎悪に心を支配される事もなくなった。
悩んでいても仕方がない。
とにかくまずは『両腕』を使いこなしてみせる。
「…そろそろか。」
俺は立ち上がり、ワイズの屋敷のある方角へ歩き出した。
ワイズの傷も癒え、俺の体力も回復した。
…もう充分だろう。
*****
「そうか、行くのか。」
朝食の席でワイズに旅立つ事を伝えると、ワイズは特に止める事もしなかった。
ただ朝食が終わった後、結構な額の路銀を渡された。
「お前がアズサ・ソメヤからこの屋敷と私を守った正当な報酬だ。」
目で強く「返すな」と言われたので、ありがたく頂戴する事にした。
荷物はすでにまとめてあるので、後はもう一人を待つだけだった。
朝食前に連絡したところ、すぐに来るから待ってろと言われた。
「すみません遅くなりました姐さん!」
朝食を終えた一時間後、息を切らしながらゼムが屋敷へ駆け込んできた。
ワイズへ謝罪をしたかと思えば、今度は俺をじとりと睨んできた。
「お・ま・え・は!旅立つなら三日前に連絡しろと言ったろ!俺のスケジュール結構大変なんだぞ!?」
ものすごい剣幕で迫るゼムだが、すぐに大きなため息をついた。
「…いや、ギリギリになったのは俺のミスか。お前に怒るのは筋違いだな…すまん。」
と何故か最後に謝ると、ゼムは懐から何かを取り出した。
「受け取れ、俺からの餞別だ。」
「!」
それは一枚の白紙のカードだった。
俺はこれをよく知っている。
トランプと同じぐらいの大きさのそのカードは一見白紙だが、登録された人間の魔力を流す事でその人間の情報が浮かび上がる偽造、複製不可の持ち物。
「…『身分証明書』。」
もう自分が持つことはないと思っていた物だった。
『身分証明書』は主に国や街へ入る際や個人で依頼を受ける際に必須とされる物だが、復讐神の領域から戻った後、俺は『身分証明書』を自分の手で破棄していた。
すでに俺の名前は史上最悪の大罪人として広まっており、『身分証明書』を持つ意味はなかった。
「これから先、『身分証明書』があった方が動きやすい時もあるはずだ。心配しなくとも、それは偽造じゃない。正真正銘、本物の『身分証明書』だ。」
「使ってみろ」と目で促されたので『身分証明書』に魔力を込めるとすぐに白紙のカードに情報が浮かび上がった。
「!?」
俺はそこに書かれた情報を見て、思わず固まってしまった。
思わずゼムとワイズを見ると、二人はニヤリと笑っている。
「言ったろ、正真正銘の本物だって。」
「それは私達からのもう一つの餞別だ。」
『身分証明書』に表示される情報は
『名前』
『出身』
『職業』
この三つだ。
「…お前ら。」
一体、どれだけ危ない橋を渡ったのか。
単なる偽造ではない。
ゼムは『正真正銘の本物』と何度も言った。
偽造なんて目じゃないほどの事を二人は行ったのだ。
投獄クラスの重罪をこの二人は俺の為だけに。
「名前は姐さんと俺で考えた。これからは俺達もその名で呼ばせてもらう。」
「全部終わった後、どうするかは自分で決めればいい。」
ゼムとワイズの言葉に深く頭を下げる。
謝罪の言葉を言うつもりはない。
二人は見返りなんて求めていない。
だから、こう言うのだ。
「…ありがとう。」
…長く言うことのなかった言葉をやっと素直に口に出来た。
*****
それから十分足らずで俺は屋敷を出た。
ゼムとワイズに見送られながら、俺は『強欲の森』を歩き出す。
ゼムの情報によれば、アズサ・ソメヤは目立った行動もせず、ひたすら身を隠しているらしい。
他の三人についての情報は少ないものの、一人が北で暗躍しているとの情報が入ったそうだ。
どの人物についてかは詳しく分かっていないが、向かう価値はある。
道のりは険しく、先は見えない。
道半ばで終わってしまうかもしれないし、たどり着けないかもしれない。
それでも…諦める気はない。
『身分証明書』を取り出し、魔力を込め、浮かび上がった名前を口にする。
「リロ・ルーシャ。」
口ずさんだ新たな名。
師と友がくれた最高の贈り物。
この名と共に俺は進み続ける。
この長く続く復讐の道を。
最終回じゃないですよ!!!




