第三十五話 交換
「久々に…疲れたな。」
夕食を終え、ゼムもサティナに戻った後、俺は自分の部屋のベッドに倒れていた。
さすがに今日は『食事当番』をさせられる事もなかったが、疲労はすでにピークを超え、尋常じゃない睡魔が襲ってきていた。
今にも閉じそうな目を何とか開き、自分の両手を見る。
「…【復讐道】」
そう呟くと、黒い鎧が両手に装着された。
【闇魔法】が形となった鎧。
キメラゴーレムを圧倒する程の力を持ったこの鎧は、これから先の戦いにおいて最強の切り札となる。
その為にもこの力を使いこなさなくてはならない。
「……」
鎧を消し、俺は今度こそ眠気に逆らう事なく意識を眠りの世界へ沈めていった。
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【まずは一人か。】
何もない白い空間に俺はいた。
どう見ても俺がいた部屋ではない。
夢のようだが、ただの夢と思う訳にはいかないようだ。
「……お前。」
黒い鎧の騎士がその空間にたたずんでいた。
「…何の用だ。」
わざわざ夢の中にまで現れたのだ。
少なくともいい話ではないだろう。
鎧の騎士は俺のそんな考えを察しているのか、ただ静かに声を出す。
【何故、『破壊』ではなく『封印』を選んだ?】
騎士は動く事なく、こちらを見る。
【アズサ・ソメヤの魔力感知器官を『破壊』せず、『封印』した理由は何だ?】
こちらへ問いかける声には失跡や咎めるような感情はなかった。
ただその行動の意味を知りたいだけなのだろう。
隠すつもりもなかった。
だから正直に答える。
「『破壊』よりも『封印』にすれば、あいつがより苦しむからだ。」
魔力感知器官を破壊すれば確かに魔法は使えなくなる。
それは間違いがない。
その一方である疑問があった。
「あいつには【交換】をする可能性があった。」
俺はゼムに『永久地獄』の能力を話した時、その能力を正直に話した。
『魔具作成時に『材料』にしたモノと中に封印しているモノの『魔力』をいつでも引き出せる』
その言葉に嘘はない。
だが、引き出せるのは『魔力』だけではない。
「『永久地獄』は魔具制作時に『材料』にした『モノ』と、中に封印しているモノの魔力をいつでも引き出せる。」
引き出せるのは『材料』にしたモノ、つまり人間も引き出せる。
「アズサ・ソメヤはそれをさらにいじったようだ。あいつは材料にした人間を自分の体の『予備』として使えるようにしていた。」
気づいたのはワイズが倒れ、アズサ・ソメヤが【大地滅亡】を放とうとしている時だった。
アズサ・ソメヤの左腕があまりにもきれいだったのだ。
比喩でも何でもなく。
左肩から破れているドレスは戦闘の名残なのだとは分かった。
それでも、破れた先の左腕に傷や汚れがない事があまりにもおかしかった。
だから、気づけたのだ。
【交換】の可能性に。
いくら『破壊』したところで【交換】をされれば意味はなくなる。
そう考えたからこそ、『封印』に切り替えたのだ。
それに狙いもあった。
「あいつはプライドが有り得ないほど高い。そんな奴なら、いくら【交換】が出来ても、自分の大事な部分だけは【交換】をためらうと考えた。」
アズサ・ソメヤはすぐに自分の状態が『封印』をされているだけと気づくだろう。
あらゆる手段を使って封印を解こうとするだろうが、保険を残しておくはずだ。
それはつまり…
【…なるほど。あの女は最後の手段として『封印を解呪出来る可能性のある』お前を殺す事は出来なくなったと言う訳か。】
封印を解除出来る可能性の一つに、封印した術者本人も考えられる。
奴はもう俺を殺せない。
もし、スピア・ローズ達に俺の存在を話せば、奴らは俺をまた虫けらのように潰しに来るだろう。
そうなった場合、俺が死ぬ可能性がある。
実際はスキルのおかげで奴らが生きている限り、死ぬ事はないが。
手駒も武器も失ったアズサ・ソメヤは俺を狙う事は出来ないはずだ。
【『魔術知識の改竄』もそれが狙いか。】
封印と同時に仕掛けた『魔術知識の改竄』は可能な限りの改竄を行ったつもりだ。
当然、全て改竄出来ている訳ではないがそれはそれで充分な効果がある。
「あいつの苦しみはこれからだ。」
アズサ・ソメヤは封印を解く方法を試し続けるだろう。
だが、『魔術知識の改竄』が必ず障害となる。
誰かに協力をしようにも『魔術知識の改竄』が知られれば、関わり方を考える人間も多いはずだ。
そうなれば、奴がワイズにした事と同じ事を自分がされるかもしれない。
その疑念が枷となり、奴の動きを封じる。
「奴はしばらくの間、周囲にも自分の異変を隠し通すはずだ。いつかまでは分からないが、それなりに時間は稼げるはずだ。」
その間に次に狙う奴を決めなくてはならない。
稼げる時間も悠長に構えていられるほど長くはないだろう。
それに【復讐道】についてももっと知らなくてはならない。
俺の話に納得したのか、騎士は小さくうなずいた。
【そうか。なら、まずは『両腕』を使いこなす事だ。】
そう言うと騎士は背を向け、どこかへ歩き出した。
「あ、おい。」
思わず呼びかけたが、騎士は最後に俺へ
【――――――――――】
と言った。
「え?」
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まぶしさで目を覚ますと、俺は自分の部屋のベッドの上にいた。
朝日の輝きに顔をしかめながら、妙にすっきりした頭でさっきまでの出来事を思い返す。
「…何を言ってるんだか。」
俺は騎士の最後の言葉を思い出していた。
騎士はこう言ったのだ。
【…お前はやっぱり、甘い男だ。】




