第三十三話 彼が望むモノ
「あ、あなたとシャール国がどうして狙われたのか、その本当の理由も教える!」
ゼムがアズサ・ソメヤのその言葉を聞いた時に真っ先に浮かんだのは『有り得ない』と言う言葉だった。
目の前の賢者を見逃せば、確かにこれまでにない情報が得られるかもしれない。
が、その情報以上にゼム達のリスクが大きすぎた。
復讐対象者限定の【攻撃無効化】のスキルと【闇魔法】。
ゼムとワイズが協力者である事。
ゼムの本当の力。
一つでも露見すれば、復讐の達成はより難しくなる。
(…いや、そもそも取引する意味がない。)
素直に取引に応じる事はせず、情報を吐かせるだけ吐かせて始末すればいいだけだ。
ゼムは平然とそう考えた。
もちろん、それがどれだけ人の道から外れているかは自身でもよく分かっているが、そもそも最初に道を踏み外したのはアズサ・ソメヤ達が先だった。
ゼムの良心が痛まなかったのはこれまでアズサ・ソメヤが行ってきた事を知っていたからだろう。
ゼムはひとまずアズサ・ソメヤの処分をどうするか、さっきから静かな友人に声をかけようとして、
「!?」
すぐにその考えは間違っていたと気づく。
「黙れ…」
激しい音と同時にアズサ・ソメヤの顔が固い地面にめり込まれていた。
「!」
その行動を起こした者。
黒い鎧を纏った彼の右腕は尚も万力のような力でアズサ・ソメヤの頭を掴んでいた。
「おい…!」
思わず声をかけるが彼の表情を見て、ゼムは動揺を隠せなかった。
サティナの長を勤めてきたゼムは多くの人間を見てきた。
その中には罪人や復讐に身を焦がす者もいた。
だが、今の彼の表情はどの表情とも似つかなかった。
静かな表情ではあるものの、放たれる雰囲気には氷のように冷たい殺気と身を怯ませる程の激しい怒りを感じる。これまで見てきた人間はそのどっちかを持っていたが、どっちも持っている人間はいなかった。
「理由?それを聞いてどうなる。」
ガンッ!
掴んだ頭を地面から離し、再びアズサ・ソメヤの頭部が地面に叩きつけられる。
美しい顔に砂埃が纏わり付き、流れる血が顔を濡らす。
「それを聞けば戻るのか?全部なかった事になるのか。」
ガンッ!
彼女の頭が持ち上がり、ようやくアズサ・ソメヤの顔をゼムは見た。
美しかった顔は腫れ上がり、歯も何本か折れている。
鼻はつぶれ、血と砂で整った顔はとても見られたものではなくなっている。
「た、たす、け、て…」
泣きじゃくりながら弱々しい声で懇願するアズサ・ソメヤに彼は冷たく言葉を口にする。
「お前には地獄を味わってもらう。」
アズサ・ソメヤの頭を掴む手に魔力が集まりだした。
何が起きるのかゼムは固唾を飲んで見守り、当のアズサ・ソメヤも不安感に襲われていた。
「なに、をするの…」
焦点の合わない目をして言葉を絞り出す彼女に、彼ははっきりと告げる。
「お前の【魔力感知器官】を破壊する。」
「なっ!?」
声を出したのはゼムだった。
【魔力感知器官】はその名の通り、魔力の流れを感じる器官だ。この器官が優れている者は魔法の解析や構築を得意とする者が多い。
一方、この器官が劣っている者は魔力を感じ取る事が難しく、魔法の発動が困難となる事が多い。
それが破壊されると言う事は魔力の流れが感じる事が一切出来なくなると言う事である。
すなわち…
「お前は二度と魔法が使えなくなる。」
青冷めるアズサ・ソメヤだが、彼はさらに追い打ちをかける。
「同時にお前の中の魔術知識も改竄する。お前は違和感を感じる事なく、常に間違った情報を正しいモノとして扱うようになる。」
「あ、あああ…!」
絶望がアズサ・ソメヤの青ざめた顔をさらに生気のない顔に染め上げていく。
【魔力感知】と【知識】はアズサ・ソメヤを【賢者】へ至らしめた、彼女の強みだった。
それを失えば、彼女は【賢者】としての全てを失う事になる。
「い、いやだ!やめて、やめて!」
アズサ・ソメヤは何とか自分を掴む手から逃げようと体を動かすが、その手が彼女を離す事はなかった。
「お得意の【交換】も使う事は出来ない…終わりだ。」
彼の右腕に集まった魔力が激しく発光する。
強い光は周囲に広がったものの、またすぐに消えた。
ゼムの視界が戻った時、見えたのは糸の切れた人形のように倒れたアズサ・ソメヤと
「………」
その姿をただ無表情で見つめる友人の姿だった。




