第三十一話 弱点
『殺す』と言う一点に特化し、『『人を殺すほど強くなる能力』
そんな異質な能力を廃棄予定のゴーレムが持っていると知った時、彼女はすぐにそのゴーレムを自らの最高傑作として扱う事にした。
『作品』として扱われるようになったこのゴーレムは『マーダーゴーレム』と名付けられ、定期的に能力上昇の為の『餌』を与えられ続けた。
その成長に終わりは見えず、アズサ・ソメヤはそのゴーレムが自身の力を上回っていると感じながらも、恐怖する事はなかった。
あのワイズ・フールですらこのような能力をゴーレムに持たせる事は出来なかったのだ。
もし、このゴーレムを量産出来れば、もう誰もワイズ・フールと自分を比べる事もなくなる。
そう考えた彼女はマーダーゴーレムの情報を握りつぶし、『餌』の時間以外、マーダーゴーレムを呼び出す事はなかった。自身が追い詰められ、どうしようもなくなった場合のみ、マーダーゴーレムを使う事はあったが敵味方問わず目撃者は全て『餌」となった。
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振り下ろされる鎌がゼムの命を奪おうとしていた。
マーダーゴーレムは狙いを外さぬように。
アズサ・ソメヤは忌々しげに。
どちらも首が胴体から離れる場面を見逃さないように注視していた。
その一秒にも満たない、わずかな時間。
全ての注意が自分に向くこの時間。
それこそが、ゼム・シャールが欲しかったものだった。
マーダーゴーレムは言わば突然変異。
『殺す』と言う一点に特化しているゴーレム。
…では、それ以外は?
たった一つに特化したのならそれ以外はどうなのか?
「…ああっ!?」
アズサ・ソメヤは振り下ろされた鎌の行方に思わず声を荒げた。
確実にゼムの首を刈り取る軌道だった鎌はゼムの耳元から数センチの場所へ深々と突き刺さっていた。
「…俺の、いや―――。」
ゼムは笑みをこぼし、アズサ・ソメヤに宣言する。
「『俺達』の勝ちだ。」
サラサラ、と砂がこぼれ落ちるような音が聞こえた。
その音がどこから聞こえているのか。
アズサ・ソメヤが音のする方を見ると、答えはすぐに分かった。
マーダーゴーレムの体が崩れ出し、その足下には粒子上に崩壊した砂のような物体が積もり始めていた。
「あ、ああああああ!!」
アズサ・ソメヤはそこでやっと何が起きたか気づいた。
マーダーゴーレムのフードをかぶっていた頭部があるべき場所になかった。
首を刈る側だった者の首が失われていた。
「あ、ああ、あああああああああ…!」
狼狽するアズサ・ソメヤは魔具の本を開き、マーダーゴーレムを回収しようとするが、
「無駄だ。」
その声が聞こえた直後、マーダーゴーレムの腹部に大きな風穴が空いた。
『殺す』の一点に特化したマーダーゴーレムは多くの人間を殺し続けてきた。
『作品』として扱われたこのゴーレムは餌を与えられるペットのように目の前の人間の命を奪ってきた。
だからこそ、目の前にいない人間からの攻撃には反応出来なかった。
これまでマーダーゴーレムが相手にしてきた人間…『餌』は全てマーダーゴーレムの視界の範囲内にいた。
マーダーゴーレムにとって『餌』とは目の前にあるもの。
『見えない』=『いない』なのだ。
さらに『殺した人間の数だけ強くなる』能力は脅威だが、『強くなる』だけである。
それは決して元々の『耐久度』が上がる訳ではない。
キメラゴーレムのように生物のような存在ならともかく、どれだけ特異な能力を持とうともゴーレム、それも廃棄予定だったゴーレムだ。
高威力の魔法が当たれば、簡単に崩れる。
つまり、マーダーゴーレムの弱点とは『見えない場所からの不意打ち』である。
音も無く、変わり果てた姿となったゴーレムは全身を塵に変え、消えていく。
「私の、私の、作品がああああっ!」
絶叫をあげるアズサ・ソメヤは残った塵を必死にかき集める。
彼女にとってマーダーゴーレムは特別だった。
その特異な能力も含め、同じ条件で製造してもマーダーゴーレムのような個体は一度も成功しなかった。
もし、彼女がキメラゴーレムと同時にマーダーゴーレムを召喚していたら、今のような状況にはならなかっただろう。
それをしなかったのは彼女が【賢者】だったからだ。
マーダーゴーレムは現状、二度と作れないであろう貴重な個体。万が一にも破壊されるという事態には避けたたかったのだ。
彼女にとっては目の前の『勝利』よりも二度とない『作品』のほうが優先すべき事だったのだ。
一方で、仮にゼムが同じ状況に置かれた場合、彼はマーダーゴーレムを使う事を躊躇しないだろう。
何故なら彼は【賢者】でもなく、『作品』よりも『勝利』よりも、『命』が何よりも重要だと信じているからだ。
「…同情するよ、賢者様。」
『勝利』よりも『命』よりも大事な自らの『作品』を破壊され、嘆くアズサ・ソメヤはゼムがようやく立ち上がった事も、背後から近寄る気配を感じる事さえ出来なかった。
ガチャリ
その鎧の音を聞き彼女の叫びはやっと止まった。
取り乱した事により自分がどういう状況に置かれているかを彼女は忘れていた。
「今度こそ、終わりだ…」
静かな声のはずなのに、その声を聞くだけで体が震えた。
ゼムもその声の主を見た。
「…ああ。」
数年ぶりに見たその顔にゼムはようやく安堵の表情を浮かべた。




