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第二十七話 賢者の誤算



 アズサ・ソメヤは賢者である。


 その称号は魔法に優れた者と言う意味だけではない。

 魔法以外にも彼女はあらゆる分野にも精通している。

 医学や薬学はもちろん、心理学、経済、モンスターに関する研究など…およそ彼女に出来ない事はないと言っていい。


 その賢者が今、森の中を走っていた。


 普段の彼女を知る者からすればその変わりように驚くだろう。


 職人が長い時間をかけて作ったドレスは見るも無惨な姿となり、綺麗な長い髪は森の枝や蜘蛛の巣に引っかかったのかボサボサに。


 何より普段の優雅さや余裕の表情が一切なかった。


 ただ迫る脅威から逃げようと必死で逃げ惑う恐怖の表情が張り付いていた。


 繰り返しになるが、アズサ・ソメヤは賢者である。

 

 当然ながら彼女は『強欲の森』の特性も理解している。

 

 強欲の森では森の魔力の影響で転移系の魔法を使う事は出来ない。召喚魔法などは可能だが、自分自身や相手を任意の場所に移動させる事は不可能だ。

 このルールは彼女にも適応される。

 だからこそ、彼女は万が一にも緊急退避の事態に陥った時の用意もしていた。


 それがホースゴーレムである。

 

 アズサ・ソメヤが造った馬形のゴーレムはありとあらゆる地面を高速で駆け抜ける移動特化型のゴーレムだ。周囲の魔力をエネルギーとする事で長距離の移動も可能とし、どんな環境にも耐えられるように材質も軽く頑丈な独自の素材で造られている。

 説明するのは簡単だが、それを実現する為のあらゆる問題を一人で解決し、作りあげたのは賢者と呼ばれる彼女だから出来る芸当だ。


 重ねて言うが、アズサ・ソメヤは賢者である。



 その最終手段を彼女が何故使っていないか。

 

 答えは簡単である。


 彼女の最終手段はたった数秒で破壊されたのだ。

 


*************



「アズサ・ソメヤ…!」

 目の前の男の殺気と憎悪の感情に彼女は思わず怯んでしまった。

 それは彼女が今まで一度も経験した事のないものだった。

 キメラゴーレムと言う彼女にとっての切り札を出したにも関わらず、追い詰めていたはずの状況は逆転していた。

 敵はかつて仕留め損ねた、とるに足らない人間のはずだった。

 だがその人間は自分の攻撃を無効化し、切り札のキメラゴーレムをも倒す力を手に入れていた。

 

 何度も言うがアズサ・ソメヤは賢者である。


 彼女はこれまでの人生で死線をくぐった事はそれなりにあった。そのような状況でも彼女は持てる力、魔法や知力だけでなく、時には自らの肉体も武器に生き延びてきた。

 まともな戦闘では勝てないと考えた彼女は交渉を考えていた。

 

 自らの持つ情報を対価にこの場を切り抜ける。

 復讐対象であろう者達の居場所や弱点などを知っている事を全て話す、

 代償は大きいが、この場を切り抜ける事さえ出来れば確実に勝てる方法を考えつく自信が彼女にはあった。

 そして、彼女はこちらを振り向いた交渉相手の目を見て、

「――――――。」

 即座にその考えが無駄であったと判断した。

 ほんの少し前に森で戦った際はまだつけ込む隙があった。

 自分自身の力を使いこなせず、まだ迷いや恐怖の感情が見えていた。

 自分の話術ならコントロール出来る自信が彼女にはあったのだ。

 

 しかし、今こちらへ向けられている目は交渉などと言う時間稼ぎをした瞬間に命を摘み取られてもおかしくないほど冷酷な目だった。

「っ!」

 交渉を中止し、すぐさま逃走に切り替えた彼女は魔具である本からホースゴーレムを呼び出した。

 その背に乗り手綱を掴んだ瞬間、


「え?」

 

 視界が急転した。


 反射で受け身を取ったものの、彼女は自分が落馬した事に数秒気づけなかった。

「……うそ。」

 ようやく彼女は何が起きたのか知った。


 脱出手段であるホースゴーレムが地面に倒れていた。


 あらゆる悪路を駆け抜ける四本の足は全て切断されていた。

 切断面はあまりにも鮮やかで、斬られた部分を合わせればくっつくのではないかと思える程の切れ味だった。

「なにこれ…」

 彼女の顔は青ざめた。

 顔を上げ、近づく足音の主を見る。

 ゆっくりと近づいてくるその男の手は手刀の形になっていた。

「ひっ!」

 喉の奥から出た恐怖の声を合図に彼女はバタバタと走り出した。



 少しでも時間を稼ぐ為、モンスターやゴーレムをありったけ召喚し壁を作るが、すぐさまモンスターの断末魔やゴーレムが破壊される音が響き渡る。



 アズサ・ソメヤは賢者である。



 彼女はやっと理解した。


 追い込む立場にあった自分が追い込まれた事に。


 背後から迫る脅威には策も知恵も全てが無意味な事に。


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