第二十二話 変化
「…虫風情が!さっさと死ね!」
アズサ・ソメヤがそう叫ぶと、弓のゴーレムが俺へ攻撃の狙いを定め始めた。
それでいい。
理由は分からないが今のアズサ・ソメヤは相当頭に血が上っている為か、倒れているワイズを人質にすると言う考えも浮かんでいないようだ。奴の魔具はすぐには拾えない場所へ吹き飛ばせたし、今の脅威はあの弓のゴーレムだけだ。
弓のゴーレムの能力は暴走状態の時に確認している。
…最も警戒すべきゴーレムだと言うことも。
弓のゴーレムは自らの魔力を使い、『矢』を作り出す。
形こそ『矢』だが、実際は魔力の塊だ。威力は通常の矢より圧倒的に大きく、躱す事も難しい。矢そのものが魔力で作られている為、魔力がある限り無限に矢を量産出来るのも厄介だ。
何より…これだけの魔力を使っておきながら、全く魔力が尽きる様子がない事が一番の問題だ。
通常、ゴーレムは術者の魔力を核にして顕現する。
核となる魔力が多い程、性能が高くなったり、活動時間が延びたりするものだが、普通ならあの威力の矢を二、三発造った時点でゴーレムは形すら保てなくなるはずだ。
アズサ・ソメヤのゴーレムにはそれがない。
原理は分からないが、あのゴーレムの魔力は無尽蔵だと思った方がいいだろう。
長期戦はこちらが不利となる。
「……」
なら、選ぶべき選択は一つだ。
俺はゴーレムへ走り出した。
ゴーレムが矢を放つが、すでに【身体強化】した状態の俺は矢を簡単に躱す。
「なんだと!?」
アズサ・ソメヤの驚く表情が見えるが、俺も自分の変化に驚いている。
魔法がまた使えるようになった事もそうだが、俺はアズサ・ソメヤの姿を見ても暴走していない。
不思議な感覚だった。
憎しみも怒りも確かにある。
復讐を成し遂げる思いも変わらない。
それなのに今までにないほど心は静かだった。
アズサ・ソメヤがワイズの元から離れ、魔具を拾おうと動き出す姿を確認しながら、目前に迫る数十本の矢を躱し、ゴーレムの懐に一気に飛び込む。
「……」
【身体強化】の魔法は問題なく使えている。
むしろ昨日までより強化の精度が大幅に上がっている。
これなら…
「はあっ!」
右腕にさらに魔力を集め、ゴーレムの胸部に掌底を撃ち込む。
ゴーレムの動きが一瞬止まるが、掌底が当たった部分に損傷の痕はない。
「…終わりだ。」
そして、ゴーレムはゆっくりと後ろに倒れた。
ゴーレムの体には異常はない。
俺が異常を起こさせたのは内部だ。
掌底を当てた瞬間、内部に魔力を使った【衝撃波】を流した。
今までの戦いでゴーレムの核の部分がどこにあるか分かっていた。
その核を【衝撃波】で破壊した。
いくら無尽蔵の魔力を持っても核が壊れればゴーレムは活動を止める。
言うのは簡単だがこれだけの魔力を内包した核を壊せば、大きな爆発が起きてもおかしくはなかった。
…暴走状態の記憶がなければこんな事は出来なかっただろう。
ゴーレムとの戦闘の際、暴走状態の俺には核の場所が見えていた。
力任せに核を貫いても爆発などは起きなかったのだ。
「…まったく、無茶をする。」
その声に振り向くと、ワイズがよろよろと立ち上がっていた。
相当弱っているが怪我などはないようだ。
魔力を消耗し過ぎたのだろう。
「まあ、いい。それよりも…」
ワイズの目線を辿ると、そこには魔具の本を持ち、頭をかきむしっているアズサ・ソメヤがいた。
「うぜえ、うぜえ、うぜえ!」
アズサ・ソメヤは本を開くと、荒々しく本に手を置いた。
「…楽に死ねるとは思うなよ、お前ら。」
アズサ・ソメヤは低い声で言い、そのページを破り取った。
「なっ!?」
「…あの馬鹿。」
アズサ・ソメヤはさらにページを破り続け、五枚のページを空に掲げた。ページにはグリードスパイダーやシールドバイパーなどの生物の絵が描かれている。
「…地獄を味わえ。」
五枚のページは倒れた弓のゴーレムへ目掛けて飛んでいき、そのままゴーレムの体内に吸い込まれていく。
「離れろ!」
「!」
ワイズの声で素早く俺達はゴーレムから距離を取った。
逆にアズサ・ソメヤはゴーレムへ近づく。
「さあ、起きろ!」
アズサ・ソメヤのその言葉がスイッチとなり、核が破壊されたはずのゴーレムがゆっくりと起き上がった。
本のページが核の代わりになったのかと考える前に更なる衝撃が起きた。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
低い獣のような叫びが周囲に響いた。
「!」
「!?」
俺とワイズは驚きを隠せなかった。
…叫んだのはゴーレムだった。
ゴーレムは生命ではない。
物言わぬ人形だ。
それはどれだけ魔力を与えても変わらない事実だ。
「…気をつけろ。あれはもうゴーレムじゃない。」
ワイズの言葉が言い終わる前に、ゴーレムの体が変化を始めた。
人型だったはずのゴーレムの背にはコウモリのような翼が生えていた。右腕には巨大なかぎ爪が伸び、左腕には蜂のような針、右足には蛇の顔が浮かび上がり、左足にはクモの複眼が出来ていた。
無機質なはずの顔には口元に牙が生え、長い舌が見える。
アズサ・ソメヤはゴーレムとは言えなくなったこの生命体に静かに命じる。
「キメラゴーレム…奴らを殺せ。」
キメラゴーレムと呼ばれた生命体はその声を合図に咆哮をあげた。
解き放たれた獣のように。
顔に表れた巨大な目は俺だけを狙っていた。




