第二十一話 答え
ただ必死だった。
【中心エリア】の方向から、我先にと逃げ出すモンスター達の波を越え、モンスターの捕獲作業を続けていたゴーレムを倒し、ようやく【中心エリア】に辿り着き、目にしたのは地面に倒れるワイズと、ワイズの頭を踏みつけるあの女…アズサ・ソメヤだった。
「っ!」
とっさに近くの木の裏に隠れ、呼吸を整える。
黒い鎧が具現化しかけている右腕を、暴れだそうとする憎悪を抑えつける。
それなりに離れていた事、アズサ・ソメヤがワイズへの怒りで周りが見えていない事もあって、どうにか気づかれていないようだ。
とは言っても、状況は最悪だ。
右腕に現れつつある鎧は暴走寸前の証だ。
ワイズは戦闘不能で動けそうになく、アズサ・ソメヤは(理由は分からないが)怒りに任せて何をやってもおかしくない。
【中心エリア】への移動で持っていた魔具もほとんどが壊れてしまった。
残っている魔具は【風魔法】が付与されたナイフ一本、【気配遮断】の魔法が付与された腕輪、【遠視】を使う為の球体の魔具だ。
背後から【気配遮断】をした状態で近づき、ナイフで仕留める暗殺が出来る組み合わせだが、相手がアズサ・ソメヤである以上、意味はない。
奴は一度、魔具の【気配遮断】を使っていた俺を離れた距離から見破っている。
あの時は俺が抑えきれなかった殺気でばれたが、すでにこちらの【気配遮断】は感知されていると考えたほうがいいだろう。
何よりこんなナイフ一本で殺せるなら、もっと早い段階でケリを着けていただろう。
…落ち着け。
ここから確認出来るワイズの絶対防御魔法はもうほとんど力がなくなっている。今、暴走すればワイズを確実に巻き込むだろう。
暴走しかける心をワイズの身の安全を考える事で押しとどめる。
そんな事を考えながら木陰から様子を覗いているとアズサ・ソメヤは魔具の本を開き、何かの魔法を使おうとしていた。
「あいつ!?」
思わず言葉が出てしまった。
アズサ・ソメヤが放とうとしている魔法が何であるかすぐに分かった。
【大地滅亡】…周囲を完全に破壊し、呪いを植え付け、あらゆる生命を消し去る存在ごと抹消された禁術の一つ。
いくら【賢者】でも使える訳がない。
むしろ【賢者】なら使えるはずがない!
あの魔法は効果もだが『条件』を――――――。
「………え?」
疑問が出た。
…どうしてあいつは【大地滅亡】が使える?
【大地滅亡】が禁術であり、存在ごと抹消されたのはその効力だけが原因じゃない。
それを使う為の『条件』があまりにも人道から外れたものだから消し去られたのだ。
【大地滅亡】は使おうと思ってすぐに使えるものではない。
「……まさか、あの魔具。」
【大地滅亡】を簡単に発動させ、グリード・スパイダーを封じ込め、ゴーレムやモンスターの大量召喚を可能にし、あれだけの魔法を行使して、術者に疲労を与えない魔具。
もし、あの魔具が俺の考えているものなら全てのつじつまが合う。
だが、それが意味する事は――――。
「アズサ・ソメヤ…!」
これまでにない憎しみが生まれた。
新たな憎悪が超えてはならない線を超えようとしているのが分かる。
「……………」
右腕の鎧は完全に具現化し、左腕にもその兆候が見られた。
もう暴走まで時間はない。
やるしかない。
このままここにいてもワイズを助ける事は出来ない。
まだ俺の意識がある内に行動しなければ全てを自分で壊しかねない。
【大地滅亡】の発動には魔具を媒介している。
その魔具を一瞬でもアズサ・ソメヤの手から離せば魔力が途切れ、魔法は強制解除されるはずだ。
問題は距離だ。
今隠れている場所から走ってでは間に合わない。
魔具のナイフを投げても届かないだろうし、届いても速さが足りない。
…ならやれる事は決まっている。
鎧を纏った右手を前に出す。
この距離を正確に、かつアズサ・ソメヤに感知出来ない速度で攻撃するなら風魔法しかない。
何度もやってきた事だと頭では分かっている。
だが、心は違った。
…使えるのか、今の俺に?
また暴走するんじゃないか?
今度こそ、ワイズを―――。
「くっ!」
震え出す右手に魔力を集める。
心の声は無視しろ。
余計な事は考えるな。
怖い。
今度こそ…
今度こそ、ワイズを殺―――。
「黙れ…!」
使おうとした風魔法はやはり発動しない。
一方で、アズサ・ソメヤは【大地滅亡】の威力を上げる為か、さらに魔力を魔具に注ぎ込んでいるようだ。
それもあと数秒で終わるだろう。
「!」
こうなれば手段は選んでいられない。
魔法が使えないなら、魔具のナイフに限界以上の魔力を込めて投げる。
風魔法と違い速度はかなり落ちるが、いくら防御しようと命中すればそれなりに隙が出来るはずだ。
当然、そんな無茶苦茶をすれば俺の右手がどうなるか。
…考えるまでもない。
暴発させかねない程の魔力を取り出したナイフに集めようとした矢先、
「!」
ワイズと目が合った。
ワイズは静かに口を動かしていた。
もういい…
アズサ・ソメヤはその言葉を自分への敗北宣言と受け取ったようだが、その言葉は俺に取っては全く違った。
『逃げろ』とワイズは言っているのだ。
魔法が使えなくなっている事もとっくに見抜いていたのだろう。
今は逃げて、復讐を果たせとあの師はそう言っているのだ。
「…ふざけんな。」
静かに自分の中で怒りがわき上がった。
しかし、この怒りはアズサ・ソメヤに対してではない。
この怒りは自分に向けたものだ。
師匠を見捨てて逃げると言う選択肢を一瞬でも考えてしまった自分への怒り。
また同じ過ちを繰り返そうとした自分自身に対する激情は熱を与える。
「……」
ナイフを置き、再び右手に意識を集中する。
熱を持った怒りが逆に冷静さを取り戻させた。
腕を覆う黒い鎧ももう気にならない。
いつものように魔力を集め、イメージする。
放つのは風魔法。
風を球体の形にまとめ、撃ち出す魔法。
右手の震えはいつの間にか止まっていた。
…ようやく思い出した。
あの時、後輩になにを言ったのか。
自分が怖いのは魔法が使えない事でも、復讐の騎士の姿になる事でもなかった。
もっと単純な事だった。
それは戦いの日々で無くしていったものだった。
必要な犠牲と割り切る事が嫌で、それでも切り捨てるしかなくて、いつの間にか諦めていた事だった。
「俺が怖いのは…守る事を諦める事だ。」
右手から風魔法が放たれた。
風の球は高速でアズサ・ソメヤの本に向かっていく。
が、一瞬遅かった。
風の球が魔具にぶつかる前に魔法は発動するだろう。
間に合わない。
また守れなかっ―――
『大丈夫。今度は守れるよ』
どこかで聞いた声が聞こえた直後、放った風の球がさらに速度を上げて、アズサ・ソメヤの魔具を吹き飛ばした。
「なっ!?」
撃った風魔法にはあんな急激に加速する効果はないはずだ。
そんな魔法は使った事がない。
それに今の声は…
「風魔法…ゴミ虫、まだ生きていたのか!」
叫ぶアズサ・ソメヤの声に我に返った。
右手の黒い鎧は完全に消え、溢れんばかりの憎悪が落ち着いていた。
アズサ・ソメヤへの憎しみや敵意は失っていないが、少なくとも暴走寸前の状態ではなくなっている。
「…行ってくる。」
これまでに何度も助けてくれた声にそう言い、俺は賢者へ向けて踏み出す。
復讐を果たす為に。
そして…今度こそ、守る為に。




