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第十四話 グリードスパイダー

 魔法が使えない。

 どんな時も自分の人生に常にあったモノが何の前触れも無く消えてしまった。

 その事実が胸を締め付けるが、今はもっと急を要する事があった。


「――――――。」


 …モンスターの鳴き声が聞こえた気がした。


 あの独特の高い声は恐らく成体のグリードスパイダー。

 声の大きさからここまで少し距離はあるようだが、今の鳴き声につられて他のモンスターが呼び寄せられるだろう。


 周りを改めて見回す。


 木の根元に生えている植物は【危険エリア】にのみ自生する薬草だ。深い傷もすぐに回復し、煎じて飲めば一時間ほど状態異常が起きなくなるが、希少で市場でも中々出回らない。


 この薬草は【危険エリア】の中間付近に多く見かける。歩いた距離や時間を考えても、今いる場所が中間付近なのは間違いないだろう。


 このまま進めば数時間で【警戒エリア】にたどり着く。


 【警戒エリア】に出ればモンスターと遭遇する事もほとんどないだろうし、【危険エリア】と【警戒エリア】の境目、通称【境界線】と呼ばれる場所にはモンスターが苦手な香りを放つ花が咲いている。花の香りがする場所ではモンスターの能力も大幅に削がれるので、モンスターと会っても逃げられる確率も大きい。


 安全のリスクだけで判断するなら、戻ると言う考えは愚かな行為と言えるだろう。


「……」


 迷う余地はない。

 俺は足を踏み出した。

 誰もが思う愚かな行為を俺は選んでいた。


【危険エリア】にモンスターが出ない。

 それは何よりも異常な事態だ。

 気のせいならそれで構わない。

 もしかしたら俺が知らないだけで、数年周期で訪れる森の現象かもしれない。

 なら笑い話で終わるだけだ。


 …それが笑い話にならないと感じるのは先ほど聞こえた鳴き声の主がグリードスパイダーだからだ。強欲の森の中で最も繁殖率の高いモンスターであると同時に最も生存能力が低いモンスターとされている。姿は手のひらサイズのクモだと思ってもらったほうがいい。


 グリードスパイダーは成体になる前に九十パーセントが死亡する。そのほとんどは生まれてすぐに他のモンスターの胃袋に入ってしまうからだ。生後まもないグリードスパイダーはモンスターだけに作用するフェロモンであらゆるモンスターを常に呼び寄せてしまう為、運良く難を逃れフェロモン制御を修得出来るのはたった五パーセント。その五パーセントの中で成体になれるのは三パーセント未満となっている。



 だが、その三パーセントに到達した個体は最弱から最強のモンスターへと生まれ変わる。


 成体になったグリードスパイダーは平均体長が一メートルを超える巨大なクモとなり、最大の特徴は【グリード】と呼ばれるグリードスパイダー固有の能力を持っている事だ。


 常時発動されるこの能力の効果は単純でありながら、【グリード】の名にふさわしい効果を発揮する。


 【捕食した相手の力を自分のモノとして自由に使用出来る】能力だ。


 本来、魔法が使えないグリードスパイダーだが、水魔法が使えるモンスターを喰えば水魔法を無条件で使えるようになる。また怪力に特化したモンスターを喰えばその怪力を手に入れる。人間も例外ではない。治癒魔法に長けた魔法使いがグリードスパイダーに捕食された為、不死身に近い個体が誕生した事例もある。


 そのグリードスパイダーが叫び声を上げるのは命の危機に瀕した時だ。フェロモンの届かない範囲にいるモンスターを高い声で集め、捕食する事が目的だ。戦いの合間に捕食する事で新たな力を身につけ、戦況をひっくり返す。


 …言い換えれば、それだけの強敵と戦っていると言う事になる。


「……」


 屋敷を出る時、持ち出したモノがある。

 もしもの為にと持ってきたが、これを使えばモンスターから俺の姿を隠せるはずだ。

 行く必要はないと頭では分かっている。だが、グリードスパイダーを追い詰めるほどの存在は知っておいて損はない。


 戦いの様子を確認後、速やかに離脱する。

 

 俺は声がした場所へ歩き出した。


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