第十三話 別離
朝日が昇る前に俺はワイズの屋敷を離れ、強欲の森を歩いていた。
もう、あの場所にはいられなかった。
昨日、太陽が沈んで屋敷に戻ってきたワイズが突然倒れた。
大きな怪我はなかったが、疲労が限界を超えていたのだろう。今もワイズは自室で眠っている。
…いいタイミングだった。
これ以上一緒にいれば次こそ取り返しのつかない事になるかもしれない。
少ない荷物をまとめ終え、屋敷を出た俺は歩きながら次に向かう先を考えていた。
スピア・ローズの目撃情報は各地にあったが、他の三人については情報がほとんどなかった。いくらあの四人に対して無敵に近いスキルがあっても四人を同時に相手にするのは無謀だ。
あいつらは全員がそれぞれの分野でその名を轟かせた人物であり、一人一人の戦闘能力も非常に高い。
四人同時となれば戦いになれば暴走状態の俺でも勝つ可能性はあまりにも低いはずだ。
やはり一対一が望ましい。
そして何より、戦いはスピア・ローズ達以外誰もいない場所でなくてはならない。
ワイズから指摘され自覚したからか、俺はスピア・ローズ達の事を考えても昨日までと違って冷静に思考出来るようになっていた。
だが、本人達を前にした場合、どうなるかは分からない。
俺に【闇魔法】を使うつもりはなくても憎悪に呑まれてしまえば、あの姿になる可能性は十分にある。
そうなった場合、暴走状態をコントロールする事は現状では不可能だ。
ならばコントロールしなくていい状況に持ち込まなくてはならない。
つまり、周囲に被害が及ぶ事がなく、無関係の人間が誰もいない場所だ。
もちろん、それが難しい事は分かっている。
周囲に誰もいない状況など、今いる強欲の森のような危険地帯ぐらいしかない。
そこに相手を引き込んだとしても、逃げられれば終わりだ。
暴走状態の俺は復讐相手であるあの四人をどこまでも追いかけるはずだが、それを逆手に取られ、人のいる集落におびき寄せられれば…
待っているのは最悪の結果だけだ。
そう考えていると俺はある事に気づいた。今まで考え事をしていた為か、それともこの森を歩くのが久しぶりだったからか、俺は見落としていた。
何故モンスターがいないのか?
強欲の森は大きく三つのエリアに分かれる。
ワイズの屋敷のある湖を中心にした【中心エリア】。
その外側の最も広い範囲がモンスターの生息する【危険エリア】。
さらに外側の森の入り口のある【警戒エリア】だ。
【中心エリア】と【警戒エリア】はモンスターがほとんど出現しないのだが、【危険エリア】は数歩歩かない内にモンスターと出会うほど、異常な数のモンスターが存在している。
【危険エリア】に入って時間が経ってはいるのだが、俺はモンスターの姿を見ていない。先日、森に入った時はゴブリンの群れと遭遇したが、あれほどでなくても強欲の森の【危険エリア】なら、すでにモンスターと出会ってなくてはおかしい。
ゴブリン、オーク、ジャイアントボア、スライム、グリードスパイダー…強欲の森の中でも特に個体数が多いとされるモンスターも見えないのは異常だ。
「…仕方ない。」
しゃがみ込み、右手を開いて地面に当てる。
右手に魔力を集め、イメージする。
今から使うのは簡易的な探索魔法だ。
魔力の波動を周囲に薄く広げるように流す事で周囲の生物、物体を感知する。
あくまでも簡易的であり、また魔力の波動を遡られるとこちらの居場所が簡単に分かってしまうからあまり使いたくはないが…
「……」
集めた魔力を波動に変え、地面に―――。
ドクン…!
黒い鎧の騎士は止まらない。
憎悪に支配された騎士は暴走する。
巨大な剣からは赤い液体が流れている。
騎士の足下には血まみれのワイズが――――。
「っ!」
突如脳裏に浮かんだ映像に俺の動きは止まっていた。
探知魔法は起動せず、右手に集めた魔力も霧散している。
「……」
再び探知魔法を使おうとするが、魔力は集まるものの魔法は発動しない。
「まさか…」
探知魔法を止め、風魔法に切り替える。威力をかなり弱めた竜巻のような風を手のひらに再現しようとする。風魔法の使い手が練習として行う基礎の魔法だ。
「……」
だが、魔力は手のひらに集まってはいるものの、竜巻は起きない。そよ風を出す事すら出来ない。
次に光魔法を使ってみる。
殺傷力のない光球を作り出す魔法だ。この魔法は対象に触れるか、術者の意志で発動する。
強い閃光で相手の視界を一時的に封じる魔法だ。
光魔法の中でも魔力の消費が少なく、また加減を間違えた事はあるものの、発動に失敗した事は一度もない魔法だ。
「はあ!」
モンスターの姿が見えない事やさっきから感じている嫌な予感など、全てを無視して俺は自分の使える限りの魔法を試していた。
風魔法、光魔法、魔力を使った身体強化、魔力を使った衝撃波…
森の魔力で使えない次元魔法も発動させようとした。
結果、威力の大小問わず俺が使えたはずの魔法は全て発動しなかった。
俺は魔法を使えなくなっていた。




