第2話 涙目
(うん。ちょっと待とう。一体どうした!良くわからないけど!?)
心地よい風が吹き抜ける昼下がり。天から注がれる少し強めの光。直接浴びれば少し暑いくらいの光も、大樹が優しく受けとめ、広範囲に柔らかい陰影を作り出している。
心なしか空気も澄んでいるように感じられるが、それは「場所」によるものだ。
しかし、そこに爽やかさと真逆の光景が広がっていた。
優輔は焦っていた。混乱していた。否、命の危機を感じていた。
シャキッ
目覚めて訳が解らない間に、金属の擦れる甲高い音が辺り一体に響き渡り、次いで目にも止まらぬ速さで、鼻先に剣の切っ先が突き付けられた。髪の毛1本程の少しでも動けば無事では済まない距離に。
(殺られる!?)
優輔は生まれて初めて、回らない頭で生きる道を必死に考えた。ただ、金髪の人物に日本語が通じるのか解らず、何も言えず、かといって動けず、固まり見つめるのみに至った。
すると、金髪の人物は優輔が何も反応を見せないことに苛立ちを覚えたのか、やや怒気を含んだ声で呼び掛けてきた。
「おいっ」
「はいっっっ!!」
急に話し掛けられた優輔は反射的に返事を返した。
そこでふと気付く。
(んん?!言葉解る?!な、何を言ったらいいんだろ。えーっと。えーっと)
「お前何処から来た?」
優輔は状況が整理出来ず必死に考えていた。だが金髪の人物は、返事以外返してこないことに業を煮やし質問を降らせてきた。降ってきたのは、優輔は大樹の幹を背に座り込んでおり、目の前の金髪の人物は仁王立ちで左手に剣を握って優輔に突き付けているからである。
(うーんと。これは出身地聞かれてるのか?そもそもここ何処だ?)
未だ正常運転とはいかない頭を必死に動かし回答を探す優輔。だが、結局。
(うん。わからない!とりあえず・・・)
「えーっと。に、日本から・・・?」
答えたは良いものの、自信はなかった。自分のことなのに何故か疑問系になってしまう。理由は明白。
(明らかに俺は地球にいない・・・)
優輔は頭の片隅では理解していた。少なくても日本ではない。日本に剣を振り回すやつはいない。更に目の前の人物は、優輔がゲームかコスプレ(しかも雑誌の写真)でしか見たことのない鎧のようなものを身に付けていた。
「ニホン?何処だ、そこは?!お前は侵略者か?それとも他国のスパイか?」
薄々優輔が気付いていた通り、金髪の人物は日本に対して知識の無い様子を見せ、苛立ちをより一層強めた。言葉と共に、剣が少し押し出され肌に少し食い込む。血が出ないギリギリの絶妙な力加減。
(って関心してる場合じゃないっ!死ぬっ!死にたくない!!)
優輔は唯一動かせる「目」で、自分は必死に侵略者やスパイではないことをアピールした。
アピールといっても、恐怖で涙目になっている。むしろ泣き顔になっている自信が優輔にはあった。
「っ!?」
金髪の人物は優輔の泣き顔に驚きを見せた。しばらく思案するような様子を見せた後、警戒は解かないままに剣を優輔の鼻先からは遠ざけた。
「あっ・・・た、助かった・・・?」
一先ず命の危機は去ったことに力が抜け、考える間もなく先の台詞が口から溢れ出た。
「言葉は通じるようだな。もう一度聞く。何処から来た?」
「え、えーっと。日本なんだけど・・・そもそもここは何処ですか?」
優輔は嘘を付くのは逆効果だと考え、正直に回答し、更に質問をぶつけた。
「ここが何処か、だと?そんなことも知らないのか?世界一の大国を?」
「あー・・・。はい。全く」
「・・・」
再度、金髪の人物は優輔を見つめると思案顔となり黙ってしまった。
(うーん。返答間違えたか?でも、嘘ついてバレるのもな・・・)
優輔は変わらず動けぬままではあったが、自分の状況を考えていた。だが、そんな思考も相手次第で中断となる。
「おい。お前の名前は?」
「えっ?な、名前は御子優輔です」
「ミコユウスケ・・・変わった名前だな?」
「あ、えーっと」
(あー。やっぱり外国っぽい感じなのかな?確かに高校にいた留学生もこんな反応だったなぁ)
「普段は、優って呼ばれてます」
優輔は友人から呼ばれているあだ名を伝えた。呼ぶのも、覚え易いのも留学生に好評?!だった。
「ユウか。わかった。ユウ。私はお前のことをスパイや侵略者で無いと信じた訳ではない。そんななりで怪しいとは言え、私は無闇やたらに切る趣味はない。だから、お前を『視る』ことに決めた」
「『視る』?」
金髪の人物は質問には答えず優輔の腕を引き立たせると、腕を後ろで一纏まりに拘束し背後に回って押し出すように歩き出した。
「前に歩け。下手な動きをすれば・・・解っているな?」
(そ、そんなに見せ付けなくても・・・)
金髪の人物は剣を軽く振って牽制するのは忘れない。優輔は何かしようという考えはなかったが、好奇心はあった。
「あ、あの。貴方の名前は?」
「・・・」
「や、やっぱり教えてはもらえませんよね・・・」
優輔はダメ元で聞いたので口調は落ち込んだ風であったが、実際はあまり落ち込んではいなかった。
だが、すぐに後に、この短時間で優輔にとって何度目かの意外なことが起きた。
「・・・ルイだ」
「えっ?!ル、ルイさん?」
「そうだ」
金髪の人物、もといルイがぶっきらぼうに名を名乗ったのだ。ずっと不安だった優輔は目覚めてから初めて少し笑うことができた。
「ありがとう!ルイさん!!」
「何故、礼を言う?」
「いや、嬉しかったから」
「変なやつだな。お前」
「だって、名前解らないと不便だし失礼ですよね」
「・・・それもそうか?」
ルイは納得したような、呆れたような言葉を返してきた。それでも優輔は嬉しかった。
「よろしくお願いしますね。ルイさん!」
「よろしくと言われても困るが、暴れなければ痛くはしないつもりだ」
「うん。それでも、よろしくお願いします」
「・・・お前変なやつだな」
「変って言われても、嬉しくないんですけど」
「とりあえず黙って歩け」
「あー。はい。すみません」
(仲良くなるには時間がかかりそうだなぁ)
優輔は仲良くなる方法を歩きながら考え始めるのであった。