第1話 御子優輔
ある昼下がり。蒼空が広がり、上着は必要ない位に気候も穏やか。ジャケットを脱ぎ、シャツになって街を吹き抜ける風を感じる。
地方都市といった感じの街中心部で、御子優輔は広場中央にある噴水に腰掛け、周囲をそっと見渡していた。
眼前には、白亜の壁と見事な蔓の彫刻が美しい柱が形作る、巨大な神殿が聳え立つ。噴水を中心に放射線状に石畳の道が綺麗に整備され、イメージとしては中世ヨーロッパのような石やレンガ造りの家々が規則正しく建ち並ぶ。街の中心部だからか、宿屋や役所のような比較的規模の大きな施設が目につく。
所謂ホームレスや孤児のような人々は見当たらない。治安は良いことが伺えた。優輔は「施政者が余程優れているのか?」と思ったが、それは今の状況だけでは分からなかった。
そんな状況でも、彼にも一つだけ分かることがあった。
(なんで、こいつは俺を見下ろしているんだろう・・・。しかも仁王立ち)
「ユウ。今日から君は私の『世話係り』だ!異議は認めない!!というかもう契約済みだから解除はできない!!!」
ビシッ!っと音がしそうな勢いで右人差し指を頭の上から振り下ろし、優輔の鼻先で止める。目の前
で仁王立ちする金髪痩身の人物は、高らかにそう宣言した。
・・・公衆の面前。人々が遠巻きに、そして何か可哀想なものを見るように視線を投げかけてくる。
(うん。宣言するのは別にいいんだけどね。・・・ちょっと場所とか考えて欲しかったなぁ。あと、別にやるとは言っていないけど・・・まぁ死にたくないならやるしかないか)
優輔は、半ば諦めにも似た表情を浮かべることとなった。
「・・・はぁ。よろしく」
御子優輔は目の前の人物と握手を行い、この瞬間『勇者の世話係り』に任命された。
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時間は少し遡る。
御子優輔は17歳。その名の通り、日本人の高校生である・・・あった、という方が正しい。
外見は濡れ羽色の髪に、黒檀のような瞳。染めるのが面倒という理由で、一度も染めたことはない。身長は175cmと大きくもなく小さくもなく。鍛えているかと聞かれれば、一般高校生として恥ずかしくない程度に鍛えている、と答える程度。勉強もそこそこ。当然喧嘩の腕も並。むしろ、そんな状況に陥ったら全力で逃げる。お陰で持久力は高く、中学・高校と陸上部の長距離選手として活動している。ただしこちらも、目立つ成績を出しているわけではない。とにかく能力の殆どが中の中なのである。
だが、彼にも人より抜きんでた部分がある。人柄である。一言で言えば「ザ・お人好し」。知人、学友、先生、家族もろもろ100人に聞いて99人はそう答えるほどである。
例えば、休んだ友達にノートを渡してあげたり、お昼のパンを友達の代わりに学食に買いに行ったり、バイトの代行を引き受けたりする。家では料理下手な母親に代わり中学の頃から食事の支度とお弁当の用意。料理だけでなく、料理に使う家庭菜園も管理。洗濯掃除なんでもござれ、妹の髪結いまでできるほどである。
そんな優輔のあだ名は「スーパー主夫」。誠に残念なあだ名だが、最初のあだ名は「おかん」であった。流石に学校で呼ばれるのは恥ずかしく、猛抗議した結果「スーパー主夫」に落ち着いた。
ここまでくるとパシリのような扱いに見えるが、友人も家族も意地悪をしているわけではない。別に虐められているわけでもない。ついつい頼んでしまう・・・それは「御子 優輔」という人柄故か。
優輔本人も、迷惑ではなくむしろ楽しんでやっていた。人の役に立つことは好きだし、友人や家族に囲まれての平凡な日々に不満もなかった。
ある日の夕方、部活が終わり学校から家に帰る途中、優輔は今日の夕ご飯のことを考えていた。
(今日も母さん遅いって言ってたっけ。昨日・・・生姜焼きだったから、今日は煮魚にするか?)
通学路の途中にあるスーパーで材料を買って帰ろうと、買い物リストを頭の中で考えていると右手に児童公園が見えてきた。
優輔も小さい頃よく遊びに来ていた場所である。さほど大きい公園ではないが、遊具の種類は多く、子どもが遊ぶには十分な広さの広場もあり、目を向けると数人の小学生がドッチボールで遊んでいた。
懐かしいなぁ、と優輔は思ったが、そのまま公園を過ぎた所にあるスーパーに向けて歩みを速めた。夕方には安くなる鮮魚を確実にゲットするために。
と、ふいに優輔の目の前を赤いモノが横切った。よく見ると先ほど小学生達が遊んでいたボールが目の前を転がっていき道路に飛び出ていった。すぐ後に小学校低学年と思われる小学生も公園の入り口から飛び出してきた。
「あ~。追い付けなかった。でもなくならなくて良かったぁ」
小学生はそう言いながら、道路の中央車線付近に転がったボールに近づき手を伸ばした。
(道路に飛び出して、危ないなぁ。んっ?!)
その時、後ろからスピードを落とさず走ってくるトラックが優輔の目に飛び込んできた。どうやら運転手は携帯を操作していて前を見ていない。
「おまっ。車来てるぞ!逃げろ!」
逃げるよう促したが、小学生は車の方に視線を向けると、突然のことに足が動かないらしく、道路のど真ん中でボールを抱えて呆然としている。優輔は無意識に持っていたスクールバックを放り投げて駆け出した。間一髪、小学生をトラックの前から公園とは逆の歩道に向け、突き飛ばすことに成功した。
ドンッ
次の瞬間、身体中に今まで感じたことがない衝撃を受け、そのまま意識は途絶えた。
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(俺、何してるんだ・・・?)
暗闇の中にいる。それだけは分かった。
眠っているのかもしれない。死んでいるのかもしれない。
数分。
数時間。
数日。
数年。
・・・それとも永遠。
そもそも自分に身体はあるのか。
意識はあるのに、声を出すことも、指先をピクリとも動かすことができなかった。
自分がどんな状態なのかも解らない。
永久に続いているように感じられた。
(・・・)
その時、気配を感じた。
目を開けられなかったが、自分の「感覚」を気配の方に向けた。
目は開いていないが、変わらず暗闇は続いていることは分かった。
チカッ
次の瞬間、糸のように細く弱々しいが「ヒカリ」を感じた。
その方向に意識を向けると、徐々にヒカリは強く熱く拡がっていくのを「感覚」で感じた。
眩しい位の光量が辺りを包み込み、次いで、温かいような、身体がふわりと浮くような、幸せな「感覚」を身体全体で感じる。
(このままでいたい。この幸せな時間をずっと感じていたい)
そう思うほど、心地良い。
だが、その心地良さは長くは続かなかった。
意識を強制的に引き戻されるような「力」と「声」。
「xxxxxxxx!」
誰かに意識を揺すられ、呼びかけられる。
「・・・」
自分を呼ぶ「声」に導かれ、優輔はゆっくり目を開いた。
短いような長いような、不思議な眠りから目覚る。
目の前で、何故か金髪痩身の人物が仁王立ちで自分を覗き込んでいた。
(うん。まだ夢続いているのかもしれない・・・)
お読みいただきありがとうございました。
執筆は遅いと思いますので、気長にお待ちください。