死神さんとわたし
20☓☓年 11月19日 晴れ
お母さんが8才のたんじょう日に日記ちょうをくれた。
赤いチェックの日記ちょう。さっそく今日から日記をつけようと思った。
ごはんは私のだいすきなハンバーグだった。お母さんが作ってくれるハンバーグ、だいすき。
お父さんは青いワンピースをくれた。すごくかわいいやつ。
今日はとてもすてきな日だった。
20☓☓年 11月21日 雨
お母さんとお父さんがいなくなった。
おばあちゃんとおじいちゃんがたくさんないてた。おばさんもないていた。
車がぶつかっていなくなった。
20☓☓年 11月22日 くもり
お母さんとお父さんがやかれた。やめてっていってもかなしそうに首をふられた。
お母さんとお父さんがいたがってるよ。おばあちゃんも止めてよ。
いやになってそこからとびだした。だれも気づいてくれなかった。
どうろで黒い服をきた人とぶつかった。
ごめんなさい、っていうとだいじょうぶって言われた。
その人はとても大きいけど、やさしかった。その人はしにがみってなのった。
20☓☓年 11月23日 晴れ
しにがみさんはだれにも気づかれなかった。
すっごくまっ黒な服だから目立つはずなのに、だれもしにがみさんを見ない。
だいじょうぶ?、って聞いたらありがとうって言われた。
わたしはしにがみさんに何もしてないのに。
20☓☓年 11月25日 くもり
おばあちゃんちでくらすことになった。家をはなれるのはさみしいし、友だちとも会えなくなる。
でもしにがみさんはいっしょに来てくれた。しにがみさんはやっぱりやさしいなぁ。
しにがみさんはへやのかたづけを手伝ってくれた。おかげですぐおわった。
わたしの今の友だちはしにがみさんだけ。
20☓☓年 11月26日 表記なし
お母さんもお父さんもどこにもいない。もう会えない。
かなしくなってないてたら、しにがみさんがだきしめてくれた。少しひんやりしてた。
だいじょうぶってしにがみさんが言うからだいじょうぶっておもった。
きょうはたくさんないた。
20☓☓年 11月27日 くもり
新しい学校に行った。しらない人ばっかりだけどしにがみさんがいるからだいじょうぶ。
さやちゃんっていう友だちもできた。しにがみさんもよろこんでくれた。
おばあちゃんたちもよろこんでくれた。わたしもうれしかった。
また友だちできるといいな。
20☓☓年 11月28日 晴れ
りょうすけくんっていうとなりの子とお話した。
てれ屋さんでやさしい男の子。カレーがだいすきなんだって、わたしといっしょだね。
さやちゃんもいっしょに話した。さやちゃんもわらってた。
しにがみさんはちょっとこまったようなかおをしてた。
気をつけるってなににかな?
20☓☓年 11月29日 雨
かさをわすれてた。
きょうはさやちゃんもりょうすけくんもお休みだった。きょうしつでお昼ねしてたらいつのまにかまっくら。
雨はざーざーふってて、出て行くのがすこしこわかった。
でもしにがみさんがむかえにきてくれた。ぬれなかった。
しにがみさんはあさのテレビに出てくるヒーローみたいで、かっこいい。
20☓☓年 12月5日 雪
しばらくお休みしてた。いけない、ちゃんと書かなくちゃ。
きょうははじめて雪がふった。白くてつめたくてきれい。
しにがみさんは雪をかなしそうに見てた。たぶんさむかったのかな?
だからわたしは手をぎゅっとにぎった。しにがみさんはおどろいてた。
しにがみさんの手はつめたかった。だけどなんでだろうね、ホッとしたの。
20☓☓年 12月6日 雪
さやちゃんがマンガをかしてくれた。
かっこいい男の子とかわいい女の子が出てきた。ドキドキした。
でもかっこいい男の子よりもしにがみさんのほうがかっこいい。
それを話すと少しうれしそうだった。しにがみさんもりょうすけくんといっしょでてれ屋さん。
20☓☓年 12月7日 晴れ
きょうは雪がふらなかったからさやちゃんとあそんだ。
りょうすけくんともいっしょ。雪がっせんをした。つめたかった。
でも楽しかった。しにがみさんもいっしょにやれればいいのに。
しにがみさんのことはわたしだけのひみつみたいな感じがした。
それがしにがみさんのおねがいのような気がするから、話さない。
20☓☓年 12月8日 雪
きょうは雪だった。おばあちゃんたちが雪かきをしてたから、お手伝いした。
しにがみさんがえらい、ってなでてくれた。うれしかったなぁ。
しにがみさんはどんなことでもほめてくれる。テストで100点をとったとき、かけっこで一番をとったとき、お手伝いをしたとき。
だからわたしはがんばろうっておもえるの。しにがみさんがいてくれてよかった。
20☓☓年 12月9日 くもり
先生が一番だいじな人のことを作文にしてかいてきてくださいって言った。
一番、一番なんてきめれないなぁ。
さやちゃんとりょうすけくんは友だち、おばあちゃんとおじいちゃんはかぞく。
お母さんとお父さんは、ふたりは
20☓☓年 12月10日 くもり
どうしたらいいのかな、あさってまでに出さなきゃいけないのに。
そうだんしようとしてお母さん、って言ったらおばあちゃんたちがかなしそうにした。
二人はもういないのに、なんでだろうね。
しにがみさん、なんでだとおもう?
ここできいてもいみないんだけど、ちょくせつきいたらいやがられそう。
20☓☓年 12月11日 表記なし
そういえばしにがみさんにさいきん会ってない。まえはまいにち会ってたのに。
どこに行っちゃったのかな?ききたいこともあるのに。
作文はおばあちゃんのことをかいた。心が少しもやもやする。
うそついてるときの苦しさがぐるぐるしてて、気もちわるい。
これもしにがみさんならわかるんだろうな。
20☓☓年 12月12日 晴れ
きょうはお日さまが出てた。少しうれしい。
でもとなりにしにがみさんはいない。いっしょにキラキラした雪を見たかった。
どこにいっちゃったのかな。さびしいよ。
しにがみさんもわたしを置いてったのかな。
いやだよ、いやだよ、おいてかないで、やだ、ひとりはもう、や
(日記の一部に何かが滲んだあとがある)
20☓☓年 12月13日 くもり
さやちゃんとりょうすけくんがだいじょうぶ、って。
だいじょうぶだよ、だいじょうぶに見えるでしょ。
さみしくないよ、くるしくないよ、わたしはだいじょうぶ。
だいすきなしんぱいのことば。しにがみさんのくちぐせ。
しにがみさんこえで、口で、だいじょうぶが聞きたいの。
20☓☓年 12月16日 晴れ
きょうは三人でいっしょにとうこう。車にひかれそうになった。
二人がぐいって体をひっぱってくれた。すこしおこられた。
でもね、いっしゅんだけ車のちかくに黒いものを見た気がするの。
ねぇ、しにがみさん。きこえているならわたしに会いに来てよ。
20☓☓年 12月17日 くもり
しにがみさんはまだ会いに来てくれない。でもたすけてくれてるのかもしれない。
わすれたはずのしゅくだいも、かいだんからおちそうになったときも。
わたしにはいつだって黒いものが見えてるの。しにがみさんだよね。
たすけてくれなくていいよ、わたしと少しでいいからお話してよ。
それが一番わたしにとって幸せなこと。
20☓☓年 12月18日 晴れ
あいたい
20☓☓年 12月19日 表記なし
あいたいよ、しにがみさん
**
一人の少女が舗装されていない道なき山道を登っていく。
その目はうつろで、まるでこの世に絶望したような歳にはあわないその表情。
ぶつぶつとまるで呪いでも唱えるかのように繰り返す一つの言葉。
「しにがみさん、しにがみさん、しにがみさん」
彼女にとってその人物は唯一だった。
親が亡くなり、預けられたのは優しい祖父祖母のもと。
それでも彼女の深層心理には二人に遠慮がある。そしてそれは老夫婦も一緒だった。
幼き彼女には似合わない暗い感情。それを抑えていたのはしにがみという人物。
両親がいなくなった日、まるで代わりのように現れたその人物。
どこまでも優しく、まるで壊れ物に触れるかのようにその人物は少女にどこまでも広く深い愛情を向ける。
それは愛と呼ぶには美しすぎるような、そんなものだけれども。
二人の間にあるのは紛れも無く最高峰の愛情だった。
けれども「しにがみさん」はいなくなってしまった。
彼女の前から突如姿を消した。最初から自分なんていなかったとでもいわんばかりに。
いともたやすく彼女の心は崩壊した。最後の防波堤が崩れ落ちた。
少女の視界は徐々に開かれていく。
木々を超えたその先にあるのはこの街の全貌。白に覆われた冬の街。
うつろなまま、少女は微笑んだ。
「さよなら」
ふわりと空をとぶように少女の体は崖から投げ出される。
しかし空を飛べるわけもなく、重力に逆らうことなんてなくそのまま落下する。
風を少女の身が切り裂いていく。
『自殺をしてはいけない』
『え?』
『地獄に堕ちてしまう。そしたら私はお前を迎えに行けない』
『ええー!そんなのやだよ』
『絶対にするな』
『うん!』
ほんのすこし前の約束は少女の絶望に打ち勝つことはできなかった。
仮に打ち勝ったのだとしても、彼女は別の手段で死のうとするだろう。
(約束破っちゃってごめんなさい。でもね、むりだったの)
(しにがみさんと会ったのは少し前。たくさん一緒にいたわけじゃなかった)
(だけどね、なんでかな)
「しにがみさんがいない世界はわたしにとって地獄だったの」
「だからといって本当の地獄に行こうとするな!」
岩にぶつかる寸前、少女の体は受け止められた。
え、と目を見開く少女の目に映るのは何よりも渇望していた姿。
怒ったように眉を顰め、ぎゅっと少女の体を抱きしめる。
「だいじょうぶか?」
「・・・しにがみさんだぁ、」
その言葉は紛れもない少女にとって大切な存在の言葉。
ふにゃりと力が抜けたように少女は笑った。
歳相応の、明るい笑顔。
さっきまでの雰囲気なんてなかったかのように。
「おねがい、いなくならないでしにがみさん」
「・・・今回で懲りた。安心しろ、一生離れない」
「ほんとに!?」
まるであの日の雪のように少女の笑顔は輝く。
それをこまったように見つめる死神。ふと手に目を向ける。
たくさんの切り傷が手首にはあった。
唇には噛みきったような跡があった。
爪はズタボロに噛まれたような状態。
包み込むように少女を抱きしめる死神と、安心した笑顔の少女。
これは守ることを決意したとある死神と、ただただ一緒にいたいと願った少女の物語。
最初の最初にしか、過ぎないけれども。