第二章 ティア
マナの顔がだんだんと強張っていく。
「お前、女!?!?」
「これだから男の子っていうのは困るわ。ティーちゃんはどこから見ても女の子よ?」
ねぇ、そうよね?とベルがティアに尋ねる。
否定しようがない。
それよりも気になることがある。
「ティーちゃんって……?」
「あら、お気に召さないかしら? 可愛いと思ったのに。」
どうやら呼び名らしい。
ちゃん付けで呼ばれたのは生まれて初めてかもしれない。
今まで戦場で怯えて生きてきたから、自分が女だとは誰も思っていなかっただろう。
もちろん、そんなの気にしていなかった。
戦場で男も女も関係ない。
殺し合うのみを目的として、その場に立つ。
誰もが敵。誰もが殺し合う相手。
「ありがとう、ベルさん。」
「ベルでいいわ。」
「そっか! ベル……。ありがとう。」
女の子として接してくれたことが、何より新鮮で嬉しかった。
ベルは満足そうに、微笑んで見せた。
そして、視線はマナへと向く。
「マナったら、本当失礼しちゃうわ。私がティーちゃんだったらその場で切り刻んでやるわ。」
「ベル、それだけは勘弁……。」
「ティーちゃんに感謝しなさい?」
思いがけないベルの言葉に絶句した。
可愛い顔をして言う事が残酷だ。
驚きが隠せないでいるティアを見て、ベルが笑いかける。
「大丈夫。私は女の子には優しいの。それに本職は救護と援助だからね!」
「救護と援助?」
「そう。マナみたいな攻撃が本職の人達をサポートしたり、介護したりするの。ティーちゃん、怪我してるでしょう?」
「え……?」
何も言葉を発していないのに、ベルは怪我のことを察していた。
「靴がなくなったから、俺が連れてきた。」
「デリカシーないわね。」
「え? は!? 優しいだろ、普通。」
「全くよ。あら、結構深くまで突き刺さってるみたいね。」
ベルが優しく足に触れる。
破片が突き刺さっていた。
硝子か何かだと思われる、鋭い破片だ。
無理をして歩いていたからもっと奥に突き刺さってしまったのだろう。
痛みの原因はこれだったらしい。
「よく耐えられたわね。これは結構重症よ。」
「あまり下を見ないから……。」
「「そういう問題かよっ!!!」」
二人の息の合った突っ込みだった。
「え、あれ、違うんですか?」
「相当な鈍感なのか、天然なのか。ただのバカなのか。」
マナが溜め息をつきながら、独り言のように呟いた。
ベルは笑いを堪えている。
「とにかく早急に治療するわよ。」
「ベル、頼むぞ。」
えぇ、とマナに合図をしてからベルに手を引かれる。
「どこに行くの?」
「中に治療室があるわ。ここで治療しようにも、道具がないから。」
とにかく着いてきて、と言いながらベルが手を引いた。
大丈夫だろうと思い、ベルに身を任せた。
建物の中に足を運び入れる。
とても質素な造りをしている。
あまり頑丈には作られていないようだ。
「ここにずっといる訳じゃないの?」
「同じところにいて、襲撃されたらここは終わりよ。いつでも移動出来るように軽い造りになってるの。私たちの本拠地は他にあるのよ。」
ベルの言う事が本当ならば、見ず知らずの人間にこの場所を知られても大丈夫なのだろうか。
例えば、私に。
「どうして私をここに連れてきてくれたんだろう。私がどんな人間かも分からないのに。」
「アルカナが教えてくれたの。ティーちゃんは悪い人じゃないって。」
「アルカナ?」
そう尋ねた私に、ベルはある一方を指した。
そこに目を向けると、小さな箱があった。
「アルカナ、おいで。」
ベルの優しい声に反応したように、箱が独りでに開いた。
その光景にギョッとする。
「驚かないで。アルカナは何もしないわ。」
「まだ眠たいノ。」
「ごめんね、ちょっと手を貸してくれない?」
「ベルのお願いなら仕方ないノ。」
小さな箱から出てきた羽の生えた小さな人間。
いや、これは人間ではない。
俗に言う、妖精だ。
妖精の羽がパタパタと動く度に、キラキラとした粉が舞う。
その光景はまるで神秘だ。
「これは重症なノ。アルカナの魔法で治してあげるノ。」
「ありがとう、助かるわ。」
アルカナ、とはこの妖精の女の子のことだったのか。
そう理解した瞬間に、アルカナが足の周りをゆらゆらと飛び回った。
「どうなノ?」
「あれ……。」
もう足に痛みはなかった。
アルカナの魔法は本物だ。
「ありがとう、凄い……。」
「アルカナは妖精の仲でも治癒魔法を専門に勉強していたの。」
「このくらいならベルでも治せたはずなノ。どうしてわざわざアルカナを呼ぶノ。」
アルカナは不機嫌そうに小さな口を尖らせる。
それに反応したように、ベルが顔の前に手を合わせた。
「ごめんなさい! どうしてもティーちゃんにアルカナに会ってほしかったの。」
「え……?」
「アルカナ、調べてくれた?」