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朝、流れ星を見たんだ  作者: 瀬田
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もうあの頃に戻ることはできないと知る

「…。」


 夕方の公園を、異様な雰囲気をまとって歩いている中学生ぐらいの少年がいた。筋肉質なすらりとした身体を、黒いTシャツと黒いジーンズで包んでいる。どこか遠くを見るような目つきをしていて、心ここにあらずといった感じだ。歩き方もふらふらしていて、今にも倒れそうだった。


 少年は、遊具で遊ぶ小さな子供たちを、どんよりとした目で見た。皆楽しそうに、きゃっきゃと笑いながら遊んでいる。足を止めてしばらく子供たちを見つめていたが、すぐにまたゆっくりと歩きだした。その足は、自然とブランコで遊ぶ小さな子供の方へと向かっていた。


 地面に足がつかない、小さくで可愛らしい男の子だ。その男の子の背中を、後ろから母親が押している。子供はもっともっとと歓声を上げ、母親はそれに答えるようににこやかに笑った。その近くで、それをじっと見ているのは父親だろうか、口元には笑顔が浮かんでいて、子供が愛しくてたまらないというように、目を細めていた。


 その微笑ましい光景を、少年は濁った目で見つめていた。魂の抜けたような、生気のないその姿はまるで幽霊のようで、ベンチに座っていた、彼と同じぐらいの歳の二、三人の少女たちが、少年を横目でチラチラと見ながら、怪訝そうな顔でひそひそ話を始めた。


「…。」


 少年は、何かにとりつかれたように、ゆっくりと歩を進めていく。その間に、白いパーカーを羽織った、女性のような顔立ちをした少年が公園に飛び込んで来た。その少年は遊具などには目もくれず、まっすぐに黒服の少年のもとに駆け寄ると、そのがっしりとした肩をつかんだ。


「修也!」


 その少年は修也の肩をぐいっと引き、自分の方に身体を向けさせた。少年が修也を見上げ、修也が少年を見下ろす。


「大翔か…。」

「聞いたよ。修也のお父さんとお母さん、交通事故で…。」


 うつむく大翔。長いまつげが、その顔に影を落とす。


「…それがどうした?」


 その声に、大翔はもともと大きな目をさらに見開いて、はっと顔を上げた。修也の声はまるで機械のようで、感情が一切こもっていなかったからだ。


 修也はたしかに感情の起伏が乏しい。しかしここまで無感情な声は、聞いたことがなかった。その声は、大翔の知る修也の声ではなかった。


 親が死んだのに、素っ気なく「それがどうした?」なんて言う人間がいるはずがない。感情がおかしくなるほど、彼はショックを受けたのだろう。それを思うと、大翔は胸が詰まる思いがした。


「修也…。」


 大翔はゆっくりと修也の名を呼ぶと、ふわりと包み込むように修也を抱きしめた。大翔は修也より頭一つ分小さいので、大翔の小柄さが、よく分かる。


「離せ。」


 大翔の肩を両手でつかみ、修也はその身体を引き剥がそうとする。それでも大翔は修也の背中に腕を回し、頑として離そうとはしなかった。そのビクともしない力強さに、修也は少々たじろぐ。せなかに回された華奢な腕は、恐ろしいほどの力がこめられていて、体格でも力でも大翔に勝っているはずの修也が、彼の身体を動かすことはできなかった。


「…修也。」


 柔らかいその声とともに、腕の力がふっと緩む。抜け出せる、と修也の足が一歩後ろに引いた時、背中を優しくポン、と叩かれた。その途端に、修也の足が止まる。

 大翔が、背中を叩いているのだ。リズムよく、ポン、ポン、とまるで赤子をあやすかのように、叩いているのだ。


「我慢なんかしちゃダメ。でもね、一人で抱え込むのは、もっとやっちゃダメなんだよ。」


 大翔の声が、修也の脳内に心地よく響く。その昼寝をしている猫のように、ふわふわとのんきそうな声は、修也の心にぽっかりと開いた穴を、塞いでくれた気がした。


「…うっ。」


 修也がしゃくりあげる。目から、大量の涙がこぼれ落ちた。透き通った涙は大翔の頭に落ち、それらは髪を伝ってさらに落ちて、大翔の服を濡らした。


「あぁ…うあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 普段の強気な態度と一変して、修也は子供のように声を上げて泣きじゃくり始めた。プライドの塊のような、あの冷たい雰囲気はどこにもない。相当うるさいはずだが、大翔は顔に聖女のような微笑みをたたえたまま、修也の背中を優しく叩き続けた。

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