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朝、流れ星を見たんだ  作者: 瀬田
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そして今

 まだ早朝で、霊園には人が少なく、いるとしてもお年寄りばかりだ。そんな中、一人の背の高い少年が、色鮮やかな花束とスポーツバッグを持って、急ぎ足で歩いているのが目立った。


 高校生か大学生であろうその少年は、黒いTシャツにジーンズというシンプルな格好だが、あまりにあっさりしているため、それが彼のきりっとした凛々しく、綺麗な顔立ちをより引き立てていた。しかしその顔にはなんの表情も浮かんでおらず、たえず何かを睨んでいるような目をしている。美しい顔立ちのせいもあり、見ている者にややキツい印象を与える少年だ。


 その少年――――修也は、他の墓や人には目もくれず、ただ一点を見つめて、そこに向かってまっすぐ歩いていた。歩調が速いのは、昔からのくせだ。

 修也は墓の奥の方まで行くと、新しい墓の前で足を止めた。そこには「南雲家之墓」と彫ってある。


 まず修也は足元にスポーツバッグを下ろし、花瓶に花を入れた。次に、スポーツバッグの中をごそごそと探り、中から三本の線香と、ライターを取り出す。

 ライターで線香に火をつけ、静かに線香皿の上に置く。立ち上がると頭を垂れ、両手を合わせた。


 閉じた目から涙が、朝日を浴びて光りながら、頬を伝っていった。


 目を閉じると、あの時のことが鮮明に蘇ってくる――――。


 最初に霊安室に到着したのは、ほかでもない修也だった。大翔の両親は海外で仕事をしているので、日本に来ることができなかったのだ。


 修也は、死に装束を着て真っ白な顔をして目を閉じている大翔を見たとき、ショックで動くことも、泣くこともできずにいた。


「大翔…?」


 声をかけても、返事はない。それでも修也は、彼の名を呼び続けながら、大翔のもとに歩み寄った。


「大翔…俺だよ、修也だ。わかるか? イギリスから、戻って来たんだ…。」


 大翔の手を握った瞬間、修也は悲鳴を上げそうになった。その手にはもう、ぬくもりなんてない。今までに感じたことのないほどの冷たさ。

 いくら強く大翔の手を握ったところで、握り返してはくれない。もう、二度と――――。


「大翔!」


 ようやく事実を飲み込んだ修也の目から、大粒の涙があふれ出てきた。いつもの修也なら、泣きたくても、泣くなんてことは自分のプライドが許さないと、必死にこらえただろう。でも今はそんな事を言っていられない。


 ――――俺が死んでも、泣かないで。


 頭の中に、大翔の声が蘇った。二週間前、大翔とそう約束した。


「無理に、決まってんだ、ろ…! 親友が死んでっ…、泣かないヤツ、なんかっ…いな、い…!」


 大粒の涙は、修也の顔を濡らし、服を濡らし、足元を濡らした。そんな中でも、大翔の顔は涙でぼやけることなく、はっきりと見えた。


 血の気のない顔は、白いを通り越して透明といった感じだ。生きていた時の明るさ、あどけなさ、華やかさはどこにもないが、水分のない乾いた唇には、うっすらと笑みが浮かんでいた。それは苦しいのをごまかす時に修也に見せた作り笑いではなく、楽しい夢でも見ているかのような、ささやかな笑顔。不思議な透明感と小さな笑顔もあって、彼の死に顔は今まで見たどんな人間の顔よりも、美しかった。


「大翔…約束はどうしたんだよ! 俺が戻って来るまで死なないって…約束、した、だろ…っ!」


 大翔の肩をいくら揺さぶっても、大翔は反応しない。ただ顔に、天使のような微笑みを浮かべているだけだ。


 もう大翔は、修也の手を握ることも、修也と話すことも、修也とケンカすることも…目を開けることもできない。


「お願いだから…戻って、来て…。戻って来いよ…っ!」


 大翔を抱きしめ、何度その名を呼ぼうと、大翔はピクリとも動かなかった。修也は号泣しながら、大翔の亡骸を抱きしめていた。そうしていれば、生き返ってくれるとでもいうように――――。


 修也は目を開けて、合わせていた手を静かに下ろす。あの時のように、まだ涙が止まらなかった。それと同時に、激しく後悔していた。


 なんで病気の大翔を置いて、イギリスに行ったのか。

 なんで自分を優先したのか。

 俺に人の心はないのか。

 こうなることを分かっていたのに…。


 ――――俺はまいたいつか、生まれ変わった別の姿になって、この世界に戻って来るよ。

 大翔の手紙には、そう書いてあった。でも分かっている。


 大翔はもう二度と、俺と会うことなんてできない。

 大翔はもう二度と、笑うことなんてできない。

 大翔はもう二度と、泣くことなんてできない。

 大翔はもう二度と、声を出すことなんてできない。

 でも――――。


「会いたい。」


 その言葉を現実にしたいと願えば願うほど、涙はどんどん流れた。止まることを知らない滝のように――――。


「会いたい、からっ…。俺、信じるよ…。」


 生まれ変わってまた会うなんて、できるはずがない。それは分かっているが、会えると信じている自分も、どこかにいた。


「最後、の…約束。また、この世界、でっ…。会おう…。」

「修也。」


 高いところから、誰かに名前を呼ばれた気がした。思わず竜也は涙を拭い、空を見上げる。だだっ広い空は青一色で、太陽以外雲も何もない晴天だ。修也の名を呼べるものなど、何もない。


 次の瞬間、キラリと光るものが、素早く青空を横切った。一瞬で消えてしまったその光は、どこか儚げだったが、力強くもあった。


「流れ星…?」


 そんなことがあるわけがない。今は早朝だ。星といえば太陽しかない。

 それでも修也は見たのだ。青空を切り裂くように白く光り輝く、美しい流れ星を。幻覚ではない。たしかに、見たのだ。


 ――――俺は星になって、修也を応援してあげるね。昼でも、夜でもだよ。


「大翔…!」


 どっと涙があふれ、視界が涙でぼやける。今どんなひどい顔になっていようと、構わない。プライドなんてどうでもいい。ただ唯一の親友のために、涙を流し続けた。


 お前のこと、忘れはしない。

 だからお前も、忘れるな。


 俺は大翔の、親友だよ。

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