私がヒロインなんておこがましい!
「ねえねえ、なんで?」
神サマ、助けて下さい。
私は今まで、大層な生き方はしてきませんでした。能力も根性も小市民レベルだし、久しぶりに穿いたジーンズのポケットに千円札を見つけて喜んじゃうような、そんな無害で平凡な少女なんです。
目の前の美少女は、そんな私の気持ちなんてお構いなしに、詰め寄ってくる。うわあ、近くで見ると、くりっとした瞳を縁取るまつ毛が、瞬きの度に音がしそうなほど。肌のきめも細かいよー、色白だよー。なんていうか、ヒロイン。ザ、アイドル。
「なんで、あなたは自分がヒロインだと思ったの?」
お願いします、これ以上私を表舞台に上げるのは勘弁してください!あなたの無邪気な視線が痛いです!
「さゆり。野口さんが困ってるだろ」
私は、山口です。確かに髪型似てるかもしれないけど。ちゃんと美容院で軽めに梳いてもらってるからね!これは一応マッシュボブですよ!ちょっと伸びて来てるけど!クール系イケメンだと思って調子に乗らないでください!
「えー、ここは追及の手を緩めたらだめなとこでしょ」
「さっきからあー、とかうー、とかまともな言葉を発してないぞ」
ああ、すみませんね。だって極度の人見知りだし、コミュニケーション能力低いしね。基本、TVかPCの画面と仲良しこよしですから。今、久しぶりに家族以外の人間と会話したよ。
「相川、失礼なこと言わないの!怒ってるじゃん」
とんでもない!いや、ちょっとは恨めしい目で見たかもしれないけど、怒ってはいないからね?私、あなた達みたいなキラキラした人種に喧嘩売るような真似、できません。そもそも、ついさっき顔合わせたばっかりのクラスメイトには、なるべく良い印象でいたい。
ていうか、実はここが前にやったことのある乙女ゲームの舞台で、しかも私がそのヒロインです、なんて言えるわけないじゃないですか!さっきは、攻略対象の人たちと立て続けに出逢いイベントがあったから、動揺してたの!だからついうっかり、私ヒロインになっちゃった、なんて独り言を……!
どうしよう、どうやってごまかしたらいい?私、できれば静かに生きていきたいんですけど……
高校に入学して、面白い友だちができた。黒髪おかっぱの、ぶっちゃけ根暗そうな雰囲気を漂わせた子だ。名前は山口とも子。私は親しみを込めて、山ちゃんと呼んでいる。
私は、派手な顔立ちの上、それに似合う派手な格好が好きで、友達も自然とそんな感じの子ばっかりだった。でもファッションの話題では盛り上がれるけど、気が許せる親友って感じはしなかった。
だって、みんなの話ってなんかファッションと男の子の話ばっかり。私はもっと違う話がしたいんだ。男の子同士がするみたいな趣味の熱い語りあいとか。映画とかもさ、感動したー、泣ける―、だけじゃなくて、もっと深読みして1時間2時間語ったりとかしたい。
私は男の子の気を引きたいんじゃなくて、私自身を着飾って、磨いて、美の追求をすることが好きなだけなのだ。ナルシストと呼ぶなら呼べ。
私たち、パッと見ちぐはぐだけど、実はとっても気が合うと思う。先月の映画も、楽しかったなあ。
だがしかし、服のダサさはやばい。この間なんて、パジャマみたいな恰好をしてきた。彼女は、肌触り一点主義だそうだ。流行以前の問題で、色の組み合わせや肌移りの良さとか、全く頓着しない。冗談じゃなく、鏡見たことなさそう。
まあ、その時は私の着ていたアウターを無理やり着せた。袖口があたる…とかぶつぶつ言ってたけど、無視。ダサイはいいけど、みっともないのは駄目だ。しかし、おかげで私は風邪をひきかけた。
そんな山ちゃんは、意外と乙女だったりする。私は男子って正直どーでもいいけど。あんまり免疫ないぶん憧れあるのかな。時々、夢みたいなこと言ってる。そして、妄想は結構エロい。
「確かに、野口の方がお前よりエロさはあるな」
「山口だから。いい加減覚えようよ」
もうあだ名みたいなもんだよ、と相川は言う。ていうか私、今日はセクシー系なつもりなんですけど。
「さゆりのはファッションだけだから。上辺だけ」
「本当のことを言われると傷つく!」
私は持っていたクッションを振り回してやった。しかし、奴にあっさり取り上げられてしまった。
相川の言うことはいちいち的を得ていて、むかつく。しかもこの間、ダーツでもど真ん中高得点連発していた。真ん中狙うのは、案外簡単だ、だって。なんだよ、クールぶっちゃって。
むくれていると、ほっぺたを引っ張られた。
「はい、休憩終わり。次は数学な」
「はーい……」
最近、山ちゃんと遊び倒したツケで、私はただ今、追試の勉強中。相川はそんな私に付き合ってくれているのだ。あーあ、今日は初めて舞台を見に行く予定だったんだけどな……ごめん山ちゃん。
はい、昨夜いきなりドタキャンされた山口とも子です。あ、何か、さーちゃんの謝る声が聞こえた気がする。うん、気にしてないよ。ちょっと最近遊び過ぎたもんね。私も化学は危なかったなあ、うん。
「山口さん、偶然だね」
わああああ、突然の出会い!攻略対象だよ!生徒会長先輩!いっちばん他女子の嫉妬がきついルートだよ!なんで?ばっちり変装したのに!ニット帽にマスク、黒ジャージ。うん、知り合いだと分かってても、声かけたくない恰好だよ!
ここは華麗にスルーしなければ。ああ偶然ですね、私も偶然ここを通りかかったんですよ。ほんと偶然ですね。では私、用事があるので、失礼します。
「山口さんも、この舞台見に来たんだ?いいよね、ここの劇団」
「はい…」
そうですね、チケット持ってるからわかっちゃいますよね。私、大好きなんです。今までDVDで我慢してたけど、高校入学を機に、ついに劇場デビューです。
「今日の再演、人気あるからチケット取れてラッキーだったよね。一人で観に来たの?」
「いえ、私、友達と約束してて…」
よし言えたぞ。一応、嘘じゃない。余計なことを言ってないだけ。これでフェードアウトを狙うのだ。
「開演時間もうすぐだし、早く合流した方がいいよ。それじゃあね」
よっしゃー成功!とりあえず、トイレに行って時間を置いとこう。イベントスルーするのも、楽じゃないぜ。
と、思ってたのに。
「いや、山口さんがこんなに話せるなんて、思ってもみなかったよ」
どうして、私は、にこにこ生徒会長先輩と仲良くお話してるんでしょう?イン、ファミレス。
なぜ、私が生徒会長先輩と談笑しているのか。それは、客席が隣だったからである。ゲーム内で観劇中の描写がないから、油断してました。はい、すみません。
おそらくは社交辞令で誘われたであろう喫茶店、無難に断る事が出来たら、それはもう私ではない。コミュ障でなくなったら、普通の人だよ!そして流されるままに二人でお洒落なカフェへ。そして、初めて身近に仲間を見つけて浮かれていた私は、語りだしたら止まらなかった。それは先輩も、同じく。演劇話に花が咲く。時を忘れ、河岸を替えて、非常に楽しい時間を過ごしてしまいました。
「今度、一緒に見に行こうよ。チケット取るの協力してさ」
満面の笑顔。先輩、眩しすぎます。不肖、山口とも子にはもったいないです。さあ、断るんだ。
しかし、変な間が開いたため、先輩の顔に影が差す。無言のプレッシャー。うう、そんな顔をされると困る。
「はい、是非…」
とりあえず頷くしかないではないか、と私は内心言い訳するのであった。
そしてその後も、私は次から次へと攻略対象の方たちと関わることになってしまったのです。
私のコミュニケーション能力の無さでは、イベントを成功させられる訳ない。そう思っていた頃もありました。
しかしこのゲーム、自己投影系だったんです。主人公の個性がない、ほとんどはい、いいえとか癖のない選択肢で進めるやつです。私の曖昧な返答が自動的に正解選択肢へと導いている……それに気づいてしまった時、愕然としました。このままでは危険です。けれどこんな私が一人で考えていたって、泥沼に沈んでいくだけです。
「山ちゃんて、どーでもいい事はべらべら語るのに、自分の気持ち言うの苦手だよね」
「さーちゃん…」
「その上、誤解や勘違いもそのままにするしさー、チーズケーキとかさー」
「その節は、どうもすみません」
「ホントだよー。楽しくお茶してると思ったら、いきなり青くなってトイレ行っちゃうし」
「汚い話で、本当にすみません」
「話ずれてないか?」
放課後、三人が囲んでいる机の上の、プリントの裏。それには、こう書かれている。
『山ちゃん好かれ過ぎ問題』『山ちゃん流され過ぎ問題』
そう、私は何だかんだ乙女ゲームヒロインの道を邁進中です。しかもこれ、逆ハーレムじゃね?的な状況なのである。これはゆゆしき問題である。今はまだ、それぞれのフィールドで展開してるからいいけど、今後攻略対象同士でエンカウントしたらどうなってしまうのか。考えたくない。だが、考えねばならない。そのための、緊急会議です。
紙に書いて、文章として、現在の状況を明確にしていく。やんちゃなクラスメイト、同じ委員の高校球児、生徒会長先輩、よく行く本屋で出会った不登校の元モデル、そして、担任。私は、彼らとのイベントを順調に進めていた。さゆりちゃんや、相川君にも何度か目撃されてます。好感度も、ばっちり上がっているみたい。数値化はされてないけど、見てれば何となくわかってしまうよね?
こうしてみると、逆ハーというか、これは単なる五股ではないか?ゲーム的観点で見過ぎていたよ!あああ私、優柔不断なすっげえ嫌な女だよ。でもだって、今だにコミュ障っぽい対応しかできないんだもんよおおお!恋愛って何?友達以上恋人未満?勘違いが止まらない!生まれてきてすみません!
「改めて確認するとなかなか……けど野口も反省してるみたいだな」
山口です、山口。いや、もうそれでいい。私は野口さんになりたい。ふふふ。
「現実逃避しなーい」
「もういっそ逃げたい。私、不登校児になる」
「今それをやると、逆に修羅場じゃないか?」
相川君の言う事はもっともだ。心配して、自宅を訪れる攻略対象たち…想像するだに恐ろしい。
プリントの裏にまとめた情報を見ていると、出会いから始まって、綺麗に段階を踏んで好感度が上がっているのがわかる。やっぱりこういうところはゲームっぽい。私にとっては現実だけど。
このままいくと、たぶん次の次あたりで生徒会長先輩に絡んで、女子のイジメイベントが起こる。割と派手なイベントなので、起こってしまったら、確実に身の破滅だ。
「そういや野口の本命って誰だ。一番に書いてある奴か」
ほんめい?虚を突かれた私はぽかんと口を開けた。相川君の頬が引きつる。そして心底呆れたようにため息をついた。
「最悪だな」
「山ちゃんだってそんな事わかってるよ、だから相談してるんでしょ」
さーちゃん、それってフォローなの?でも、そうだよね、私って最悪な奴だよ…
「いや、状況がな。本命がいれば、話早かったんだけど」
珍しく、相川君がフォローしてくれた。
「そっかー、じゃあ、てきとーに決めちゃう?」
「さーちゃん、それはアカン、アカンでぇ」
ついつい怪しい関西弁になってしまった。適当って、それは酷すぎる。でも本命かあ、確かにそれなら、無駄にイベントを起こさずにすむかも。一途になれば、断る事だって簡単にできるはず。たぶん、きっと。
「まあ、無理に決めても仕方ないし、保留で」
早くも行き詰ってしまった。しばらく重い沈黙が続いた後、次に言葉を発したのは、さゆりちゃんだった。
「そういえば、本当にみんな何も知らないの?」
え?
「確かにな。少なくとも、この人は全員と面識あるはずだしな」
この人、と相川君は担任の名前を指さした。声に出して、万が一誰かに聞かれたら困るしね。
「え、でも普通、他に相手がいたら、諦めない?」
ぶっちゃけ、私は五人全員に対して俺に気があるのかも?と勘違いさせている状況だし。他にも同じよう人がいたら、引くよね?私ならすぐゴーバックする。
「普通じゃないかもしれない」
「横一線なら、自分に自信ある奴は諦めないんじゃないか?」
さーちゃん、さっきから酷くない?何ていうか、恋愛に対して雑、だよね。今日、改めて相川君を凄いと思った。本命のいない私が言う事じゃないけど、頑張って…
「ごめん、ちょっとトイレ」
わー、見事に話の腰を折ったね。うん、相川君、ほんと頑張れ。
さゆりちゃんがいなくなると、急に静かになってしまった。実は相川君とサシで話したことないんだよね。うー、意識すると余計に緊張する。何とかこの沈黙を突破せねば。
「相川君」
とりあえず、ノープランで名前を呼んでみた。あーどうしよ。普通に振り返ってくれたけど、見つめ合ってるみたいで恥ずかしいよ。とりあえず笑ってごまかそう、ごめん。あれ、相川君、驚いてる?何か後ろに見つけたのかな、と思って振り返る。特に何もない。
「野口ってさ」
何でしょう?
「腕のいい狙撃手みたいな笑顔するよな」
「ゴ○ゴ?」
そんな悪そうな感じの笑顔してたの?好意的に見積もっても、渋いとか、およそ普通の女子からはほど遠い表現しか思いつかない。これは酷い。何気に今日一番のショックですよ。
「ごめん、表現が悪かった。ただ、今ちょっとだけ、5人の男をおとした理由を理解できた気がする」
じゃあ今までは全然信じられなかったんだね。まあ、私だって半信半疑ですけど。
「さよですか。それにしても、さゆりちゃん遅くないですかね」
「たぶん来客用のウォシュレットまで行ってる」
「それってちょっとじゃないね。さゆりちゃん、そんなこだわりが…」
すると、バタバタと足音が聞こえてくる。走って戻ってきてくれたんだ。いや、これは複数の足音か。お調子者の男子が遊んでるのかな。すぐに私たちのいる教室の前まで近づいてくる。そして突然、乱暴にドアが開いた。
入ってきたのは、見覚えあり過ぎるほどある、それぞれ魅力的な男子たちだった。
突然の、攻略対象全員による来襲。いや、一人いない?……あ、先生ー廊下側は擦りガラスなので、白衣姿がうっすらしっかりと見えてます。一応隠れてるつもりですか?ていうか、何で勢揃いしてるの、引きこもり君まで。嫌な予感しかしません。なにかいいたそうに、こちらをみつめています。
ぐっさん、ヤマ、山口さん、トモコ、山口。皆で同時に呼ばれても、私はどこに返事したらいいんだ?
「どうしたんですか?」
さすがの相川君、冷静ですね。そして前に出たるは、生徒会長先輩。伊達じゃないですね。
「最初に聞いておきたいんだけど、相川君はどういう立ち位置なのかな?」
「俺は、先輩たちの仲間でもなければ、敵でもないです。ただ、一応山口の味方です」
よかった、とりあえず見放されなくてよかった。そして初めて山口って呼ばれた。しかし相川君に近寄ったら、その分距離を取られた。ええ、味方じゃないの?
「お互い、身の安全は確保すべきだから」
はあ。私別に狙撃したりしないよ?
「相川君がわかってくれているみたいで良かった。できれば僕たちはこれから彼女と話をしたいと思ってるんだけど、一旦席を外してくれないかな?」
その提案、危険な臭いしかしません!立会人を要求します!
「ああそれなら、俺たちもその話してたところなんです」
ありがとう!
「どういうことだよ?」
え、引きこもり君、キレかかってますか?あ、先生が出てきて抑えてくれました。
「相川、どういう話だったか聞いてもいいか?」
「の、山口が5股かけてるけどどうしようって相談に乗ってました」
清々しいほど、端的な説明です。改めて聞くと、胃に鉛を呑みこんだような重圧が…でも悲しいかな、これって現実なのよね。ははは、みんな苦笑い。先生が取り繕うように咳払いしてます。
「そうか、話が早いな。それでだ、彼女と付き合う権利を、少なくともこの5人で確保したい、と思っている」
「そういうことですか」
「まだ彼女の気持ちも準備できてないっていうのも理解してるんだ。その上で、僕たちに平等にチャンスが欲しい」
「これから先、まだ色々出会いがあるかもしれないけど、それでも俺、いや俺たちを選んでほしいっ!」
「ヤマ。頼む」
「オレ…お前と一緒なら、高校生活、楽しめる気がする…」
「絶対、悪いようにはしない」
先輩、ヤンチャ君、高校球児、引きこもり君、先生。錚々たる面子が私の答えを待っている。皆、真剣だ。ヤンチャ君なんて、お見合い番組みたいなポーズだよ。ああ、空気が張り詰めている。正直……吐きそう。
「わかりました」
あああ相川君?!何を勝手に返事してるんですか!
「俺とさゆりで出来る限りフォローするので、頑張ってください」
「そーいう事なら仕方ないなあ!先生、成績サービスしてね」
さーちゃんいつの間に!え、そんな、やったね!みたいにウインクされても!
あれ、皆もほっと息ついちゃったりして、何だか話がついたような雰囲気になっちゃってる?
「あ、相川君、本気で言ってるの?この状況、おかしいと思わないの?」
唯一ちゃんと話を聞いてくれそうな人に、最後の望みをかける。
「理解できないし、したくない。だけど、本人がいいって言ってるんだから」
しょうがないよー、とさゆりちゃんがかるーく肩を叩いてきた。
本人って、本人って、私の気持ちは?
「ちゃんと相川と一緒に見てるからね?幸せなエンドロールを迎えられるように祈ってるよ」
……もう、諦めるしかないらしい。さーちゃん、不束者ですけど、こんな私のフォローよろしくお願いしますよ、マジで。
「皆、野口の中途半端なところも理解してくれてるみたいだしな」
「「「「「「「大丈夫」」」」」」」
面白がってる人、無責任な人、真面目な人、楽しそうな人、色んな人たちで大合唱。何だろう、自業自得なんだけど、腑に落ちない。だけど皆、いい笑顔してるなあ。
だからせめて、私も笑顔でよろしくお願いします、と言った。
私にとってのベストエンドって、どこにあるのかなあ……
何だか無性に、旅に出たくなりました。
とも子の笑顔は某有名アイドルグループの元メンバーをイメージしています