騎士の訪問
夢をみた。
電車が目の前を通り過ぎていく。
私はイヤホンで音楽を聞いている。大好きなアーティストの、特に私が気に入っている曲だ。
『電車が来ます。ご注意ください』
放送後、遠くから電車の走る音が聞こえ始めた。
音楽がサビに入り、気分も乗ってくる。それでも、これから通勤電車に乗るとなると、どうしても気がなえる。
不意に肩になにか触れた。
ドンッ
眼の前に迫る線路と電車。最後に見たのは――……。
ブラックアウト
目が覚めた。
ぼうっとする頭で、なんとか首を傾けた。傾けた先には誰もいない。
(あれ……、リペラ、は……?)
私は重い体を思い切って起こした。それでもまだ、ぼうっとしている。
そのままの状態で、またうとうとし始める。
(ああ、ねむい。……でも、起きなきゃな……)
私はうでを上げ、思いっ切り伸ばす。
「うーん」
やっと覚醒し始めた私は、下を見た。すると見えたのは、見覚えのない淡い蒼のネグリジェだった。
(? あ、思い出した。昨日、半分寝ながらも、リペラに催促されて着替えたんだった)
私はベットから降り、リビングへ向かった。
リビングに入ると、リペラが座っていた。何やら、温かそうな飲み物が入ったコップを手に持っている。
「あ、おはよう。今丁度起こしに行こうと思っていたところだよ」
「うん……、おはよ。まだ、だいぶ眠いけど……」
「フフッ、お茶があるけど冷たい方がいい? 暖かいほうがいい?」
私はリペラの向かいの席に座った。
「ん、目が覚めるから、冷たいほうがいい」
「わかった。ちょっと待ってて」
リペラは席を立ち、キッチンの方へ歩いて行った。
(さすがに、歩いたから眠気もなくなってきたなあ。でも、いつもならスパッと起きれるのに……)
不意に頭のなかを何かが横切った。
(そういえば、今日夢を見たような気がするけど、どんな内容だったけ? なんか、妙にリアルじみていたような気はするけど)
リペラが戻ってきて椅子に座った。手に持っているコップにはお茶入っているようだ。
「はいどうぞ」
「ありがとう」
コップはひんやりと冷たくて気持ちよかった。
どんなお茶なのか分からなかったけれど、とりあえず飲んでみる。
「! おいしい、これ。私、このお茶好きだなあ」
「気に入ってくれて嬉しいよ。このお茶はこのミゼラート国の南部でとれたお茶なんだって。癖がなくて飲みやすいから、ウチはいつもこれなんだ」
(私は紅茶とかが好きだったけどな。……あれ、紅茶ってどんな味だったっけ?)
深く考える暇もなくリペラが話しかけてきた。
「私たちはもう朝ごはんを食べたんだけど、レイラも食べる?」
「え? あれ、今って一体何時なの?」
「うーんと……、たしか、十一時半ぐらいだったかな? この部屋には時計を置いていないから」
言われてみれば、この部屋には時計と思しき物がない。
「私、そんなに寝ていたんだ……」
「よっぽど疲れていたんだろうね。それで、朝食は食べる? 食べないで出かけて、早めのお昼でもいいけど」
「えっと、正直どっちでもいいんだけど……。朝食っていうのは、もう出来てるって感じの? それとも今から作る方?」
「もう出来てる」
リペラはずっと笑顔だ。逆に怒っているみたいで怖い。
「じゃあ、ここで食べるよ」
「わかった。じゃ、持ってくるから少し待っていて」
私は頷いた。
程なくしてリペラが朝食を持って戻ってきた。
「どーぞ」
お皿の上にはパンと見たことのないフルーツが乗っている。
「わ、おいしそう。いっただっきまーす!」
私はパンにかぶりついた。
「おお! うまっ! りへら、これおいひい|(リペラ、これおいしい)」
「そう、良かった。ま、昨日の残ったパンだけどね」
「残りでこんなに美味しいって逆にすごいよね」
「そんなに褒めてもらったの、初めてだよ。ありがとう」
私はあっという間にパンを食べ終えてしまった。
「これはどうやって食べればいいの?」
皿の端においてある果物を指さした。
「普通、皮を剥いて食べるんだよ。皮は柔らかいから何処からでもすぐ剥けると思うけど」
私は言われたとおり、果物の表面にツメを立ててみた。すると、すぐに亀裂が走りペリペリと剥けるようになった。
「おお、なにこれ面白い」
皮を剥き終わると、一回り小さくなった果物を一度眺めてから、口に放りこんだ。
「! うわ、酸っぱ。あー、でも、おいしい」
そういえば、さっきからずっとリペラは笑顔のままだ。
「? な、なんでそんなに笑っているの?」
「え~? レイラの反応が面白いから」
思わず苦笑。それ以外なんと返せばいいのかわからない。
「そういえば、昨日は色々あって話が途中になっちゃったけど、その続き、話そうか?」
「うーん……。それより早く出かけたいかな。昨日はまともに町並みを見れなかったから」
リペラは、ニッコリと笑った。
「そう。じゃあ、歩きながら話そうね」
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした。じゃ、これ、片付けてくるから待ってて」
そう告げ、リペラは、向こうへ行ってしまう。
周りを見渡しながら、ある重大なことに気がついた。
(私、まだパジャマじゃん!)
なんだか、急に恥ずかしくなってきた。
リペラが戻ってきた。
「リペラ、私、今日何を着ればいいのかな……?」
「ああ、大丈夫、心配しないで。私のを着てもらうわ。あなたの服は洗っているからね。レイラに似合う可愛いのだから大丈夫♪」
リペラは楽しそうに笑った。
「とにかく、私の部屋に行きましょう」
出してくれたのは、昨日リペラが着ていたようなワンピースだった。
「リペラって、ワンピース以外持っていなさそうだよね……」
「え、そんなこと無いよ」
あっさりした答えだったので、図星だったのかな、とも考えたが、追求するのはやめておいた。
「あー、でも私、そういうワンピースってあんまり好きじゃないんだよね……」
言ってはみたが、なんとなく気まずくなって、つい目をそらしてしまう。
「じゃあ、下にズボンはく?」
そう言いながら引っ張り出してきたのはジーンズのようなズボンだった。
「うーん、それならいいかも」
早速着替えてみた。
「かわいいっ! 似合うじゃない。それがそんなに似合うなら他のも似合いそう……」
放っておくと、私で着せ替え遊びを始めそうだったので、私は話を逸らした。
「ね、リペラ。早く街に出ようよ。楽しみでしょうがない」
「え、あ、そうだね。じゃあ、お金たくさん持っていかなきゃ」
(何を買うつもりなんだ!)
私は心の中で叫んだ。
「お母さんと少し話してから出かけたいのだけど、それでもいい?」
「別にいいよ」
二人は店に向かった。
リペラのお母さんはレジの所で暇そうに立っていた。店内を見るとお客はいないようだ。
「お母さん」
「あら、店に降りてくるなんて珍しいわね」
私はリペラの後ろについていった。
「! レイラちゃん、似合っているわ、それ」
リペラのお母さんは満足そうに笑った。
「あ、ありがとうございます」
「ねえ、お母さん。今日は思いっきりお金を使いたいのだけど、いい?」
「いいけど、別に使わないものとかは買わないでよ」
「わかってるよ」
リペラはおもむろに、ポケットからメモ用紙を取り出した。
「今日買うものはね~、まずベットでしょ。洋服でしょ。パジャマ、コップ……」
「わかった、わかった。リペラは、本当にレイラが好きなのね」
「うん!」
チリーン
店のドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
ドアを開けたのは、どうも普通のお客ではなさそうだ。
「いきなり押しかけてきてしまい、申し訳ありません。私は女王直属第四憲兵団長のダイエル・レドラートと申します。外で馬を引いているのは部下のカシル・メニラエです」
「憲兵さんですか。何か事件でもあったのですか?」
ダイエルはニッコリと笑った。
「いいえ。心配せずとも、ミゼラート国は今日も平和ですよ。実は、今日はある少女を探すために来たのです。見たことのない少女がいた、不審な動きをしていたのを見た、ということはありませんでしたか? 話を聞いた、というのでも構いません」
「……」
なんとなく自分のことを言われているような気がするのは気のせいだろうか。
「あの、その女の子について、もう少し詳しい情報はありませんか?」
リペラも同じことを考えていたらしく、ダイエルにそう質問した。
「ありますよ。女王様によれば、その少女は『始まりの森』から来ているはずだ、ということだそうです。心当たりでもありましたか?」
今のところ、全て一致している。
「これは、言っていいものなんだよね?」
「むしろ、言わなきゃダメでしょ」
リペラの言葉に後押しされるようにダイエルに言う。
「あの、それ、私のことかもしれません。私は、昨日、気づいたら始まりの森にいたんです。そこからやっとの思いでここについて、なにもできずにいたところをリペラに救われました」
ダイエルは一瞬驚いた表情になったが、すぐに真顔になり、静かに問うた。
「本当ですか?」
ダイエルの周りの空気は、触れれば切れてしまいそうなほど、張り詰めている。
「……はい」
私はダイエルの空気が少し怖かったが、目を見てきっぱりと言った。
それを図るように見ていたダイエルだったが、不意に笑顔に戻った。
「そうですか。女王様が会いたがっています。早速お城に来て頂きたいのですが、よろしいですか?」
「はい」
「では、後ほど馬車をこちらに寄越します。それでお城までおいでください」
「分かりました」
ダイエルは最後にもう一度笑った。
「お城でお待ちしております」
そう言ってダイエルは店から出ていった。