出会い
今回は私にとって、とても長い話になりました。
「ここまで描き上げるぞ!」と言ってそこまで書いてみたら、4000字を超えていて、我ながらびっくりしました。
そんなに長いこの「出会い」は、文字通りある重要人物と出会います。
とても重要なので、最後までしっかり読んでいただければと思います。
私は途方に暮れた。これから一体どうすればいいんだ。
とりあえず休むところを探した。
「それにしても綺麗な町並みだなあ」
しばらく歩いていると大きな噴水があった。
噴水の縁には数人座っている人がいた。ただ休むために座っている人もいれば、物を売っている人もいる。
それに習って私も座ることにした。
「はあ~」
自然とため息が出る。
ぐるる~
同時におなかの虫もなく。
「今日、どこで寝よう……」
いままで微塵も気にしていなかったことが現実のものとなって押し寄せてくる。
「腹が減った~」
いよいよ言葉遣いもよくわからないものになってきた。これは危ないな。
「あ、あの……、お腹が空いているならウチ、来ます?」
「ホントッ!!」
私は勢い良く顔を上げた。勢いが良すぎて、声をかけてきた女の子は一歩後ろに下がった。
彼女は女の私が言うのもなんだが、とても可愛かった。白っぽいワンピースに薄いピンク色をした上着を着ている。なんだか守ってあげたくなるような気持ちになる。
「あ、はい……、私の家パン屋なんですけど、毎日品物が余るので、むしろ、食べていただいたほうが私は嬉しいんです」
「え、でも、私お金持ってないよ……?」
さっきは条件反射で喜んでしまったが、よく考えれば無償で食べ物を提供してくれるなんて都合が良すぎる。
「わかってます。だからあなたは『腹が減った~』と叫んでいたのでしょう?」
そう、面と向かって言われると今更ながら恥ずかしくなる。
「それが本当なら、私はタダで晩御飯にありつけるってこと?」
「はい」
彼女はニッコリと笑った。
「なので私の家に行きましょう」
私も笑顔で立ち上がった。
「うん!」
「この噴水広場から近いんですよ、ウチ」
そう言って噴水広場につながる大通りの一つに入った。
「あなたは何処からいらっしゃったんですか? 服装にしても種族にしても、ここらではあまり見ないですし」
「え……」
何処から来た……? そんなのあの森からに決まっている。
「崖の上の森から、だけど?」
彼女は苦笑した。
「あの、そうではなくて、何処の国からいらっしゃったんですか?」
「ああ」
それもそうだ。『どこから来たの?』と聞かれて道のりを答えるバカはいないだろう。
でも、私は起きたらあの森にいたのだ。ただそれだけで、その前の記憶が無い。
私は一体何処から来たんだ……?
「あの、わからない、です……」
自分でもワケがわからなくなって言葉が詰まってしまった。
「本当?」
彼女は柔らかく聞いてくる。おかげで気持ちが少し落ち着いた。
「起きたら森にいたから。それ以上前の記憶が、無い」
彼女が右に曲がったので、私も右に曲がった。
「そう……。あなた、名前は?」
「え?」
名前、自分の名前。なんだろう、思い出せそうなのに欠片も思い出せない。
「それも……」
「じゃあ、名前決めないといけないわね!」
彼女は沈んでいる私を元気づけるかのように明るく言った。
「どんなのがいいかな……。なんかこう、可愛らしい名前……」
一人置いていかれている私は、頑張って名前を考え出そうとしている姿を、ただ見ているしかできない。今声をかけたら邪魔になってしまう。
「あ、これ、これがいい! あなたの名前『レイラ』にしましょう! なかなか可愛い名前でしょう? 花の名前なの。ちっちゃいけど綺麗な花」
「レイラ……」
私にはもったいない名前だ。
「ありがとう……」
「いいえ、どういたしまして」
彼女は笑顔で答えた。
「そっか、先に名乗るべきだったね。私はリペラ・フィール。普通にリペラって呼んでほしいかな」
噴水広場からリペラの家までは本当に近くて、今は家の中だ。一階がパン屋になっている可愛らしい家だった。中も白がベースで清潔感があふれている。
家に入って、まずは二階のリビングに通された。
「じゃあ私はパン取ってくるね」
リペラは薄いピンク色をした上着を、椅子の背もたれにかけた。廊下に出て階段を降りていく。
すぐにリペラは戻ってきた。トレーに山になるほどパンをのせて。
「どうぞ。好きなだけ食べていいから。もっと欲しかったらまだあるしね」
「ありがとう。いただきまーす!」
私は一番上に乗っていたパンを手にとって食べた。
「っ! おいしい!」
「ありがとう。改めて言われるとちょっと恥ずかしいね……」
リペラは照れ笑いをした。
私は夢中になってパンを食べた。
「私のお父さんとお母さんはまだお店で片付けをしているから、あとで紹介するね。レイラのこと話したらパンを早く持って行ってやりなさいって言ってくれてね。私たちレイラのこと歓迎しているから」
「うん、ありがとう……」
私はしばらく無言でパンを食べた。
ある程度の量をお腹に収めたころ、思い切って聞いてみた。
「私、さっきも言ったとおり記憶が無いから、この世界のこともよくわからないのだけど、良かったらいろいろ教えてくれないかな?」
「ああ、うん。話、長くなるけど大丈夫?」
「ぜ~んぜん大丈夫」
リペラは話し始めた。
「まず、さっきも言っていた種族についてなんだけど。
この国、ミゼラート国はロクゼル族が基本的一般市民、つまり、この国はロクゼル族しかいないってこと。そして、この国に一番近いレニヴ国。そこにはリシュラール族が住んでいる。昔はこの国にもリシュラール族が住んでいたらしいのだけど、最近はレニヴ国と戦争の休戦中で……。目立った戦いこそ無いものの、ずっとピリピリしているんだ。
でね、私たちロクゼル族は生まれつき持てる魔力量がとても少ないの。でも、レニヴ国のリシュラール族は魔力をたくさん使える。私たちも多くの人が集まってたくさんの魔力を集めれば、使えなくもないけど……、効率は悪いし、人数が必要だし、人数の割にできることのスケールが小さすぎるし。いいことが全くなくてね、この国ではあまりやらないかな。
あと、見た目の違いも少しあるんだよね。私たちはリシュラール族に比べて平均身長が低くて、でも代わりに体力は無駄にあるんだよね。
他にも国や種族はいっぱいあるんだけど、別に生活していく上ではいらない知識だから、あまり覚えてないんだ……」
「……」
私の頭のなかはパンク寸前だ。
「大丈夫?」
「へ!? あ、まあ、大丈夫だと思う……。要はあれでしょ、この国に住んでいる人たちは魔法が使えなくて、隣の国は使えるってことでしょ?」
「だいぶ要約したね。まあ、それだけ理解していれば大丈夫でしょう」
私はお腹がいっぱいになったので、食べるのをやめた。
「……本当に何も覚えていないんだね。こんな基礎的なこともわからないなんて……」
「えへへ……なんかごめん」
リペラは慌てて手を振った。
「ううん、別に迷惑がって言ったわけじゃないの。むしろ、私は人に何か教えるのが好きだから気にしないで」
リペラは笑った。私もつられて笑った。
「あと私が話せること……、あなたが来たっていう森はどう?」
私は目を輝かせた。
「聞きたい! 私びっくりしたよ。あんなに綺麗な森があったんだね」
「あそこの辺りはここらで一番古い森って言われていてね、正式な名前は無いのだけれど、みんなは『始まりの森』って呼んでる」
「? 森の名前にしては変な名前だね。どうしてそんな名前がついたの?」
「私もよく知らないんだけど、生き物の始まりはそこだとか、魔力が生まれたのはそこだとか、いろいろ唱えられているんだよ。あの森は異様に魔力に満ち溢れているから」
「だからあんなに綺麗に見えたんだね」
私は今日の始まりに見た綺麗な森を思い出す。
不意に眠気が襲ってきた。
「ふあ~ぁ……ねむ……」
それに気付き笑顔で声をかけてくるリペラ。
「ちょっと早いけどもう寝る?」
「え! そんな、タダ飯にベットまでなんて、さすがに甘えられないよ」
リペラは断られると思っていなかったのだろう、少し困ったような顔をして目を逸らす。不意に何を思いついたのか、不敵に笑いながらこちらを向いた。
「そうね。じゃあ、レイラは寝る場所を探して一晩街をさまよい歩くと。タダでご飯とベットが用意されるなんて珍しいのに」
「え、あ……あの、リペラ」
リペラの方をチラチラと見て様子をうかがう。
「なんでしょう」
「ご、ごめんなさい……。潔く甘えることにします」
リペラはいつもの笑顔に戻った。
「分かればよし。それに、女の子をこんな夜に出歩かせることになる私たちの気持ちにもなってよ」
いまいち恥ずかしくなって目を逸らす。きっと顔は赤くなっているだろう。
「心配しないで、お父さんもお母さんも賛成だから大丈夫」
「ありがとう……」
寝る場所も確保でき安心したのか、さっきよりも強い睡魔に襲われた。
タイミングを図っていたかのようにドアが開いた。
「あ、お父さん、お母さん。仕事はもう終わったの?」
「まだ残っているけど、先に可愛いお客様に挨拶をしておこうと思ってね」
「はじめまして、レイラちゃん」
「あ、はじめまして。食べ物とベット、ありがとうございます。なんとお礼を言っていいのか……」
つい緊張してしまう。それを察したのか、優しい声をかけてくれた。
「ここが自分の家だと思って生活していいのよ。さっき、リペラから少し話を聞いたのだけど、大変そうね。少なくともこの一週間は生活を保証するわ。もちろん一ヶ月いてもいいのよ」
「本当にありがとうございます……」
下を向いてもじもじしている私を見てリペラが笑った。
「な、なんで笑うの!?」
リペラはいよいよ声を上げて笑い出した。
「フフッ、いや、なんか改めてそんな挨拶してるから面白くなっちゃって、ハハッ」
「だから、笑わないでって~!」
リペラのお父さんとお母さんは、じゃれあっている二人の姿を見て、微笑んだ。
「これなら大丈夫そうね」
お父さんは黙って頷いた。
そのうち、本格的に眠くなってきたので、リペラに頼んでベットの場所を案内してもらった。
さすがに、すぐに私用のベットが用意できるわけがなく、今日だけはリペラと一緒に同じベットで寝ることになった。
「明日はレイラ用の簡易ベットを買いに行こうね」
私は渋い顔をした。
「うんって言いたいところだけど、ろくに食事代も払っていない私にそんな気を使わなくていいんだよ? いくら簡易って言っても高いだろうに……」
「ふーん。じゃあ、レイラがいる間ずっとひとつのベットに二人寝ることになるね。ただでさえ狭いベットを二人で使うとなると、さらに半分かあ」
デジャヴ。
「あ、ああ……」
動揺しすぎて言葉になっていない。
「別に気にしないよ、私は。レイラも気にしていないみたいだし」
「あ、ああ、うん、そうだね。明日は一緒にベットを買いに行こうか。ね、リペラ?」
リペラはやっと本当の笑顔を向けてくれた。
「うん! じゃあ、ベット代はレイラの出世払いということで!」
満面の笑み。なんだろう、このいじられているような、いないような変な感覚……。
私はさっきのやり取りでかいた冷や汗をふきふき、曖昧な笑顔で返した。
「お風呂は入らずに寝るでいいの?」
そう聞かれて、私は一瞬迷った。
このまま寝たい。でも女子として、お風呂に入らずに寝るのはどうかと思う。
結果、私の脳内乱闘は睡魔の勝利だった。
「もう眠いから、すぐ寝たい……」
眠すぎて、最早ろれつがまわっていない。
「じゃあ、これに着替えてね」
差し出されたのは、淡い蒼のネグリジェと下着だった。
もうほとんど思考停止状態なので、私は言われるがままに着替えた。
「じゃあ、おやすみ。ゆっくり休んでね」
私はのろのろとベットに寝転がった。
「あっ、ちゃんと私の寝れる場所、開けておいてよね」
私は体を頑張って横にずらした。
その数秒後、私は深い眠りに落ちた。