表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

 普通の日常を過ごしていた私。

 普通に生活して、普通に高校生活を楽しんで、普通に生きてきた。


 それが今日終わった。



 電車という凶器によって。



 *  *  *



 風が頬を撫でる。葉の隙間から溢れてくる光がキラキラと輝いている。

 私は目を覚ました。まるで一日中眠っていたかのように、体には気だるさが残る。

 もう少し眠っていたかったのだが、風と光がそれを許してくれなかった。もう一度寝ようとしても、頬が風を感じ、瞼の裏に光を見てしまうのだ。

 私は体を起こす。ぼうっとしている頭を起こしながら辺りを見回す。


 目の前には湖があった。その後ろには森。後ろを振り返れば、私を日光から守ってくれた木がある。その後ろにも森。

 湖には白鳥のような鳥もいた。空を見上げれば、種類は分からないが鳥も飛んでいる。湖畔では鹿のような動物が水を飲んでいた。

 湖は日光を浴びて、光をキラキラと反射させている。森は風が吹くたび鳴いている。

「きれい――…」

 そんな感想しか言えない自分が憎く思えた。


 私は立ち上がり湖まで歩いた。しゃがんで湖の中を覗いてみる。

 水はとても澄んでいて、生き物もたくさんいるようだ。

「これなら飲めそう……」

 手で水を少し掬う。水はとても冷たかった。

 少しだけ試しに飲んでみる。……、とても美味しかった。水の本当の味を知ったような気がした。


 周りの景色に慣れてきたせいか、だんだん不安になってきた。

 ここは一体どこなのだろう……? 誰か居れば一番いいけれど、こんな森の中に人がいるとは思えない。

 私は立ち上がった。

 まずはこの森から出よう。そうじゃないと何もできない。

 私は森へ歩き出した。


「どっちへ行けばいいのだろう……。そうだ!」

 私は足元に落ちていた少し長めの枝を拾った。そして―――落とす。

 枝は私が今向いている方向に対して、右斜め後ろに向かって倒れた。

「よし、こっちにしよう」

 私は枝が指す方向の真反対に足を向けた。自分でもだいぶひねくれている性格だと思う。

 私は歩きながら考える。

 この先には何があるのだろう。街があってほしいけれど、そんなにうまくいくとは考えづらい。せめて民家にたどり着ければなあ……。


「それにしても。……お腹が空いてきたな」

 枝を倒して道を決めてから早三十分ぐらいが経った。いつもならアスファルトの歩きやすい道なので十分・十五分で一キロを歩いてしまうが、ここは森の中。足場は木の根があったり、ぬかるんでいたりと最悪だ。こんな調子ではあと二キロも歩けば、ばててしまうかもしれない。

「どうしよう……」

 先のことにネガティブになりながらもどうにか歩みを進める。


 唐突にそれはやって来た。

「ガアァァ!」

「うゎっ!」

 驚きすぎて、ただでさえ短い台詞の途中で、後ろにひっくり返ってしまった。

「な、なに!? なんなの!?」

 混乱しつつもいきなり現れたそれを確認しようとした。

 大きさは私と同じくらいだろうか、クマに似たような、でも心なし色が可愛いような気がする。色から連想されるのは、どこかのクレーンゲームにでてきそうなカッコ可愛いクマだ。

 少し拍子抜けした。見た目は本当にクマのようなのにイマイチ怖くない。

「……でも、やっぱり逃げないと危ないよね」

 私はクマとは違う方向に走りだした。とりあえず全力疾走。もともと私は、クラスの男子にも負けないくらい運動神経がよかったので、結構速かったと思う。


 ふと足音がしていないことに気が付いた。試しに後ろを振り返ってみる。

「あれ、いないじゃない、クマ。全力疾走して損した……」

 スピードを落として歩き始める。

 それにしてもお腹がすいた……。


 不意に視界が開けた。

 一瞬森から出たのかと思ったが、すぐにそうではないことに気が付いた。

 断崖絶壁。その言葉がピッタリなぐらい急傾斜な崖だった。

 下にはまだ森が続いている。そんな一面緑色の中に、カラフルなカタマリが落ちている。

「……街だ。やった、助かる」

 喜んではみたものの、その街まではかなり遠そうだった。しかもこの断崖絶壁を降りなければならないと思うと気が重くなる。

「どうやって降りればいいんだろう……。とりあえず、うまく降りれそうな場所を探すか」

 私は崖にそって歩き出した。


「お、ここなら降りれそう」

 しばらく歩いていると比較的傾斜がなだらかな場所があった。しかも岩がゴツゴツしているので手をかけながら降りられそうだ。

 私は崖の淵で後ろを向いた。地面に手をつき、出っ張りを見つけて右足をかける。崩れないか確認してから体重を乗せる。

 ロッククライミングなんてやったことなかったので正直怖かった。でも、持ち合わせの度胸とバランス感覚を生かしどうにか頑張った。

 かなり時間はかかったが、無事に下まで降りることができた。本当に良かった。


 急に今の時間が知りたくなった。

 もちろん時計など持っていないので、詳しい時間は分からない。でも太陽がある。傾き方からして、おそらく四・五時だろう。

 急がないと暗くなってしまう。さすがに野宿は避けたいからね。


 崖の上から見た時の街の方向は覚えている。太陽を真右に見て正面より少し右だった。崖を降りるのにだいぶ時間を使ったので、太陽はさっきより右にずれていることだろう。つまり、太陽を右に見てまっすぐ進めばいずれ街に着く……はずだ。

 とにかく今は前に進もう。着かなかったらその時はその時だ。



 一時間くらいは歩いただろうか、だいぶ日が傾いてきた。あと一時間くらいで完全に暗くなってしまいそうだ。

 いくら運動しなれている私でも、お腹がすごく空いた状態では体力もそう持たない。

「まだ着かないのかなあ。このままだと野宿、もしかして方向間違えた……、はっ! だめだ、ネガティブになってる」

 テンションもおかしくなってきた。本当にもうだめかもしれない。


 道を間違えたかと不安になり始めた頃、森の音に紛れてかすかな音が聞こえてきた。

 ハッとして前を見ると、光が見えるような気がする。

「まさか、街……?」

 ついつい走ってしまった。でもこの時走って正解だったかもしれない。喜びを早く感じることができたから。


「やっと着いた……。一体どれだけかかったことか……」

 街に入った私は、早速自分の腹に入れるものを探し始めた。

 空は赤く染まってきていて、店の明かりがとても綺麗に見える。


 通りの途中に屋台が出ていた。私は何を売っているのか気になって、正面に回り込んだ。

 パン? みたいな感じだけど、なんだろう。でも美味しそうだな。

 食べてみたいとそこまで考えて私は気が付いた。

「あ……、私お金持ってない……」

 絶望というものをほんとうの意味で始めて知った瞬間だった。


 これから私はどうすればいいのだろう……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ