嫌いになんて
思いつきです
楽しんでいただけると嬉しいです
ふと窓の外を見た時だった
私の席は教室の窓際1番後ろで、冷房や暖房が届かないのが難点だけど、冬は窓からの日差しが暖かく、夏は窓からの風が涼しい、それなりに快適な席だった
ある日の授業中
ふと窓の外へ目を向けると、外のグラウンドで走る人影が見えた。見ているとその人影は走り高跳びの練習をしているらしかった。走っては跳び、走っては跳びを繰り返す。それだけの動きが何故だか特別なものに見えた
(…3年生…かな)
今は2月の中旬。センター試験が終わって、3年生が自由登校に切り替わった頃である。まず平日のこんな時間にグラウンドにいるのは3年生だろう。恐らくスポーツ推薦でもう進学先が決まったのか、二次試験の練習かどちらかだろう
人影は男子生徒らしかった。遠目だが、短く刈り上げた髪と練習着に包まれたがっしりとした体が見えた
頑張ってるなぁ…
ふいにそう思った
それと同時に忌まわしい記憶
まだ私が小学生の頃
私はミニバスの少年団に所属していた
初めは友達に誘われて何となくで始めたバスケ。いつしか私にとってバスケはかけがえのない大好きなものになっていた
ボールがネットをくぐり抜ける音も、バッシュが床を擦る音も、皮のボールの独特の匂いも、手からボールを放つ瞬間のあの感じも。バスケの全てが大好きだった
毎日毎日にボールに触り、週3で入る練習日を心待ちにしていた
けれど私のバスケはいとも簡単に崩壊した
私の後から入ってきた子達
彼女達が私のバスケを壊した
今の私なら彼女達を許せるかもしれない。でも当時の私にそんなことはできなかった
彼女達は気の強い子達で、よくいるタイプのおしゃべりやオシャレの好きな子達だった
私の何かが彼女達は気に入らなかったのだろう
気の弱かった私はあっという間にターゲットにされた
彼女達が来てから、私のバスケはなにもかも狂ってしまった
あんなに好きだった練習は、いつしか行くことを考えただけで胃が痛くなるようになった。あんなに行くのが好きだった体育館は、恐ろしい場所と化した
私はいつも1人で、ミニゲームになってもボールは回してもらえない。ディフェンスもつかない。何も知らないコーチが私がノーマークだ、と声を上げる
シュートを外せば笑われ、あからさまに陰口を叩かれ。小学生の私の心は限界を迎えた
私は少年団を去った
辞める時に、全員からのメッセージと写真を貼り付けたカードをもらった。しばらく飾っていたけど、見てもメッセージは薄っぺらいものにしか見えなかった。写真はしばらく前に少年団の紹介文を作るために撮ったもので、その写真の中で私だけ、私だけが笑っていなかった
すぐに捨てた
その時にウェアとも、バッシュとも、ボールとも、バッグとも
お別れした
その忌まわしい記憶を封じ込めるように生きて、今に至る
外では相変わらず彼が跳び続けている
ぱたり、と瞬きをすると、涙が一筋こぼれ落ちた。あの記憶は思い出す度に私を苦しめる
それ以上涙を流さないように瞬きを繰り返していると、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った
お昼休みのざわざわと騒がしい教室で、私の耳はある会話を捕らえた
「ね、新太先輩だよね、あれ」
「あ?あ、マヂだ」
「すごいよねー、××大のスポーツ推薦でしょ?」
「らしいな。すごいよなー」
会話の主は、少し離れた所にいる女子と男子。確かあの2人は陸上部のはずだ。2人はグラウンドを見下ろしながら話していた
(新太先輩…っていうんだ…)
私も同じようにグラウンドを見下ろす。彼は跳び続けていた
私はお弁当を食べ終えると、ぱたぱたと廊下を歩いていた。職員室に用事があったから
早くしないとお昼休みが終わってしまう。そう思って足を速める
渡り廊下を渡って…。渡り廊下はグラウンドに面していて、つい、グラウンドに目をやった。その瞬間
「うわっ!?」
「うおっ!?」
驚いた
渡り廊下の壁にもたれかかるように座ってお弁当を食べている人がいた。ただの人じゃなかった。さっきまで跳んでいた彼だった
「うわ…すいません…」
「いや驚かせちゃったのこっちだし。悪いな」
思わず謝ると、彼はへにゃりと笑って軽く手を振った
「1年?」
「へ、あ、はい」
「そっかそっか、名前は?」
「え、と…中宮…です…」
「下の名前は?」
「あ…と…紬です」
「ふーん紬ちゃん、ね。俺、多久西新太。3年」
……なんで自己紹介してんだろ……
そう思いつつも、にこにこしながら私を見る新太先輩を見る
2つも年上なのに、笑顔が無邪気でかわいい。笑うと見える八重歯がまたかわいい
ドキドキする胸を抑え込みながら、口を開いた
「あ、の…先輩、さっき走り高跳びの練習してました…よ、ね」
「あーうん。見えてたんだ。うん、スポーツ推薦だから練習しなくちゃって思ってさ」
「すごい…ですね」
そう言うと、新太先輩はまたへにゃりと笑った
「すごくないって。ただ好きでがむしゃらにやってきただけ」
新太先輩の言葉に、小学生の頃の自分が浮かんだ
「先輩は…」
「ん?」
「陸上を…嫌いになったことがありますか…?」
「あるよ」
即座に返ってきた答えに、思わず目を瞬かせた
「あるよーそれくらい」
新太先輩はけらけらと笑うと、少し自嘲気味な笑みを浮かべた。その笑みが今までの無邪気な笑みと全然違うから、どきりと胸が跳ねた
「でもな、どんなに嫌いだって思っても心の奥底では大好きなんだよ。だから辞められなかった」
その言葉は、私の胸を貫いた
大好き。だから辞められなかった
私は…?
ぼろりと涙が溢れた
「うわ!?ちょっ、紬ちゃ、なんで泣くんだ!?」
新太先輩が慌てるけど涙は止まらない
私、私…
やっぱりバスケが好きだ
大好きだ
嫌いになんてなれない
新太先輩は慌ててバッグから出したタオルで、私の涙を拭いてくれた
「…ありがとー…ございます…」
「ん。…なんか思い詰めてたんだろ?」
「はい…。でも…もう大丈夫です。先輩のおかげです」
「俺?俺なんもしてないよ」
「いえ、先輩のおかげです。…ありがとうございます」
私の言葉に、新太先輩は照れたように頬をかきながらそっぽを向いた
その時、私達の頭上にお昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた
慌てて先輩と別れて教室へダッシュで向かう。心が軽くなったせいか、足も軽くなっていて。今ならどこまででも走っていけそうな気がした
…あとで職員室に来なかったことを先生に怒られたけども
午後の授業中も、新太先輩はまた跳び続けていた
私はそれを眺めていた
放課後
いつもなら真っ直ぐ帰るはずの私は、体育館の前に立っていた。片手には1枚の紙
大丈夫、大丈夫、と自分の胸に言い聞かせる。新太先輩の笑顔が後押ししてくれているような気がした
私はそっと体育館の扉を開けた
このあと
私ががむしゃらに練習して。2年後、新太先輩を追いかけてスポーツ推薦をもらい、大学で再会した新太先輩と恋をするのは
また別の話
前書きでも言いましたが、思いつきです
ちなみに、授業中にグラウンドで走り高跳びの練習をしている3年生を見たのは本当です
ぼへーっと見てました(笑)
もう少しで連載の続きを更新したいと思います
頑張りますのでよろしくお願いします!!